スカウト 明日菜 ③
ね?
顔がみたいよ?
村上春馬、くん。
そう思って、つい背中に手を伸ばしたけど、
「あんたは私の彼氏でしょ⁈」
鋭く声がして、バシッっ音ともに、赤木くんの顔が横をむいた。
ーえっ?
私は村上くんに伸ばしていた手が止まってしまう。だって、いま、赤木くんが受けた痛みは、村上くんが止めてくれなかったら、私が体験したはずの痛みで、力ではかなわないから、もうあきらめた怒りで。
ーなんで、私は女に生まれたんだろ?
って、思うけど、同性の先輩たちからうけたあの冬の屋上の寒さや虚しさ、どうしようもない、疲労感が、私をただつつむんだ。
男でも、女でも、きっと、もう、
ーどっちでも関係ない。ムリだよ?
そうあきらめていたのに、また、
ー人の彼をとった。
柴原さんにも、そう罵られ、周囲の、いまの友人、をひきつれて去ってく。そう思ってたのに?
叩かれるなら、私だって思ってたのに、柴原さんが,赤木くんをにらんでた。
「あんたみたいな、最低野郎より、村上の方が何倍も明日菜にお似合いのイケメンだよ!」
って言いすてながら、赤木くんから私をみる。思わず身体がこわばってしまう私の前から、村上くんがちょっとだけ、横に移動した。
いつでも私を守れてたのに。けど、柴原さんはだいじょぶだ。そうつたえてくる不思議なニ歩。
柴原さんが、私に飛びつくように、抱きついてきた。
「大丈夫?明日菜⁈ケガしなかった⁈」
心配そうに、赤木くんに掴まれた腕をみる。
「ーえっ?」
「赤木、バカみたいに力強いから、怖くなかった?ごめんね?私の最低の元カレが。ほんとうに、ごめんね?大丈夫?」
って柴原さんは、言いながら、最後の方は、声が震えた。
ー柴原さんは、ちがう、の?
柴原さんは、まだ、私を友だちと思ってくれてるの?
戸惑ってたら、
「あんな最低野郎が初恋なんて、見る目ないよね?怖がらせて、ごめんね?明日菜?明日菜は悪くない!」
って私に抱きつきながら、柴原さんが泣き出した。私はそっと震えるその背に手をまわす。
「柴原さんは、悪くないよ?」
…人を見る目は、たしかに、ないけど?
とは、思った。だって、いいの?私だよ?みんな、私が悪いって言うよ?
ーだいじょぶ?
そう心配に少しなるけど、私たちを振り返って、ようやく近くで、守ってくれた村上くんは、不思議な眼差しで、私をみつめてくる。
少し茶色がかった瞳が静かに、私と柴原さんを見てる。
ーだいじょぶだよ?
ただ、そう見てる。不思議な眼差しで、穏やかさで、けど、さびしそうに、
私に抱きついて泣く柴原さんを、みてる?私じゃない?
「やめなさい。痛がってるでしょ?」
戸惑ってる私に、もうひとりの声がする。そうだ、たったひとり大人がこの場にいた。
さっき会ったばかりの,すごく、強引な力強さをもつ人がいた。
「赤木、サイテーだな?」
黄原くんが妙に冷静な声でいうと、班の子たちが、一斉に赤木くんを黙ってみていた。
赤木くんが、怒りに満ちた眼差しで、私と村上くんを睨んでわめいた。
「だけど、どう考えても、俺だろ!村上より、ずっと神城に似合ってるの!」
私の意思は、どこにあるの?どうして村上くんまで言われるんだろ?村上くんの方がー。
「いまのお前をみていたら、どう考えても、春馬が上だな」
黄原くんが私より先に口にしてくれた。
「さすがに、真央がかわいそうだよ?」
「赤木、サイテー」
クレープ屋さんの時とは、正反対のことを班の子達が言うから、少し複雑な気分になる。似たようなこと、言ってたよね?
って、つい思うんだ。
「なに?修羅場?」
「修羅場ってより、サイテーじゃん?」
なりゆきを見ていた周囲から、そう声が聞こえて、赤木くんは、舌打ちをした。
「くそ!覚えてろよ?村上!先に集合場所に帰る!」
「あっ、待てよ!」
逃げ去るように走り出した赤木くんを、赤木くんの取り巻きの二人組が追っていく。
私に抱きついて泣いていた柴原さんが、それを見ながら、ため息をついた。
ー?泣いてない?
ううん?泣いてたよね?でも、ふつうに村上くんと話し出した。
「班行動が基本なのに。あー、どうしよう?」
って村上くんに言って、
「俺と黄原がラッパのマークに、お世話になりました?」
村上くんがこたえた。ラッパのマークの正露◯。
虫歯にも効くらしいラッパのマーク。へんなにおいが苦手だから、私はあまり飲まないけど、そもそも私は食が細いだけで、胃腸はよわくない。
お兄ちゃんがよく胃が痛いって言うから、男性の方が弱いのかなあ?
「まて!俺まで、それに巻き込むな!」
黄原くんが止めたけど、
「それも、あり、かあ」
柴原さんが思案顔になった。
「柴原⁈」
「赤木たちをラッパにするから、だいじょうぶ。トイレに行っていなくなったってする」
そういうと、柴原さんが、スマホで教師に連絡をとるために、輪から離れる。
「神城、だいじょぶか?」
「明日菜、怪我しなかった?」
「あそこまで最低だとは、思ってなかったんだ、ごめんね?明日菜」
口々に言いながら,黄原くんや班の子達が心配してくれた。それに応えながら、視界の隅で連絡を終えた柴原さんと村上くんが、スカウトの人と何か話してる。
ーなんだろう?
私は赤木くんや柴原さんにびっくりして、自分の発言を忘れてたんだ。




