スカウト 明日菜 ②
ー私、いま、なにを口にしたんだろ?
って不思議に思う暇なく、
「なんで!村上なんだよ!選ぶなら、どう考えても、俺だろ⁈」
たくさん、いままでもきいてきた、のとは、少しだけ違うけど、怒鳴り声とともに、強く腕をつかまれる。
「痛っ⁈」
赤木くんが真っ赤な顔をして、腕をつかんできた。
ーまた、叩かれる?
いつからだろう。もう、あきらめた。力ではかなわないから、抵抗するだけムダだとわかってる。
ただ、次に襲う痛みに身体がこわばったら、
「やめろよ!」
そう声がして、私をつかんでた赤木くんの手を、思いっきらり、はねのけて、私と同じくらいの身長なのに、細いくせに、
ーいまの瞬間まで、動かなかったくせに。
最後の瞬間に、
ーやっぱり、助けてくれた。
やっと、近づいてくれたと思ったら、通り過ぎて、背中が前にあるから、やっぱり、
ー顔が見えない。
けど、それが私の、
ー村上春馬くん、だ。
ふいに胸が熱くなって、視界がぼやける。やっぱり、
ーこの人だ。
たくさんのアシストと、優しさと、けど、拒絶もあった。近づくな。そういつだって、遠回きにみてる。
ー傷つけたくないから、近づかないでくれ。不用意に好奇心だけで近づいて、その期待をぶち壊すから、だから、もう餌はもらうけど、近づかない。
そんな犬みたいな人だ。手をさしのばされたら、もう無意識に警戒して、噛みついてしまうか、逃げる。
だけど、遠巻きにみてるから、
ーいざって時には、追い越して、守ってくれた。
不思議なあのクロックスをくれた犬みたいに。ふざけながら、あそんで、リードをふりきり、自由なくせに、いつも振り返って、気にして、追いかけるのに疲れたら、
ーやっと近づいてくる。尻尾をさげて、近づいてきて、座りこんだら、ごめんなさい?みたいにしょげてる。
そうして、せっかく自由になったのに、
ーイヤだから逃げたんじゃないの?
そう思いながら、またリードをつけてた。首輪を外したら、にげるのかなあ?試したけど、同じだった。
自由になったのは、死ぬ間際。もう歩けないくせに、目も見えないくせに、柵を飛び越えて、
ーいなくなってた。
なんで?いま、いなくなったの?いつだって、
ー柵を飛び越えられたくせに。
いつだって、振り返りながら、距離をとりながら、けど、車がきたら、止まって振り返ってくれていた。
気にかけてくれていた。不思議な優しい犬。ただの雑種。
ーせっかく、学生から卒業して、稼いで獣医さんに連れていけるようになったのに。
やっと、飼育本通りに、自分のお金で面倒みれるようになったのに。
ーいなくなった。
兄弟犬はすべて亡くなってた年齢だとは、わかってたけど。
ーやっと、自分で稼げたんだ。たくさん自由になったんだ。自分のお金で食べさせたかったんだ。
やっと、手に入れたのに。
ーいなくなった。
いつだって逃げれたくせに。
どうして、いま、なの⁈看取らせてくれてもいいじゃないか?
ただ、ずるい。
どこかで優しい人に保護されてるかもしれない。そう希望を捨てられない。けど。
たぶん、きっと、生ゴミみたいに処理された?
1%は、どっちだろう。
99%は、どっちだろう。
ーいま、この瞬間、私はどっちだろう。
お母さんから言われた。1%の鼓動。その儚さに、願いながら、どこかでわかってた。そう言うんだ。
1%は,だけど、0をカウントしないから、果てしない0が、ただ悔しくて、願って、けど、残酷すぎて。
1より、0がいい、って思うのかもしれない。
彼は、どっちだろう?
だって、いまも、背を向けてるくせに、顔が見えないのに。
ーなんで、守ろうとしてくれるんだろ?
どうして?いま、なんだろう。
ーずるい、よ?
顔をみせてよ?そう思って、その背中に手をのばしたら、違う声がきこえて、私は驚いて、その手を止めたんだ。




