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第7話  彼女と彼氏のあいうえお。


いろいろとあった修学旅行の二日目の夜。


偶然、春馬くんとお風呂の時間が、一緒だった。


正確には、お風呂上がりだけど。


当たり前だよね。修学旅行が混浴なわけがない。


私はまだ目を真っ赤にしたままの真央に春馬くんを人目のつかない旅館の庭園に呼び出してもらった。


というか、真央が気をきかせて呼んでくれた。


本当に真央は、すごいなあと思う。


失恋の直後に、しかも彼氏の一方的な心変わりを、目の前でみていて、心変わり先の私の恋を、応援してくれるなんて、かなりレアなポ〇モンみたいだ。


ーって、この発想も春馬くんの影響だよね?


私は苦笑して、自分のマグカップのコーヒーを飲んだ。


お酒は飲めないわけじゃないけれど、飲まないようにはしている。


二十歳になった時に、マネージャーから、


「自衛のためにも、自分の体質をしっておきなさい。そして、お酒の味やにおい、種類をおぼえるのよ?もう嫌になるほどしっているだろうけれど、貴方は特別なんだから」


そう言って、毎晩のように、少しずつ色々なお酒を飲まされては、そのお酒の特徴を教えてくれた。


特に青系のお酒は絶対にダメだと言われて、私は春馬くんの好きな色だったから少し残念だったのを覚えている。


そういうとマネージャーさんは、真央や春馬くんとの家で飲むことは許してくれたけど。


でも、私はお酒をあまり飲まないようにしている。


成人してすぐに、コロナ騒ぎになったし、そういう打ち上げもなくなって、仕事がおわるとすぐに、帰宅している。


そういう意味では、変な話、私はこの世界的なパンデミックをひきおこしているウィルスに、助けられていた。


ー真央。大丈夫かなあ?


私の友人は、頭はいいけど、かなり自由奔放な性格をしている。


もしかしたら、ううん、もしかしなくても、真央は私よりも、キスした人数はきっと多い。


ーだって、ファッションでしょ?


さっきの純子さんの言葉が、頭に響く。


真央もそういう考え方の持ち主だとわかっている。それでも、私は真央が大好きなんだけど。


私には理解できない感覚だし、それは、きっと春馬くんもそうだと思う。


ーそうだよね?


大人気女優の私が、平凡なサラリーマンの春馬くんとつきあっているだけで、全国を騒然とさせちゃうだろう。


私は美談や清純なイメージがあがるだろうけど、春馬くんは、周囲に心配されるかもしれない。


これが大人から始まった遠距離恋愛だったら、なにか世の中の感想も違う気もするけど。


私たちがはじまったのは、13歳から。


中学生の、しかもたった3か月しか付き合っていなかったカップルが、遠距離恋愛を続けて、10年目になります。


ロマンティックにきこえるけれど、恋愛体験が豊富な寮の高校生にも「おままごとみたい」って言われた私と春馬くん。


「おままごとかあ」


コーヒーの苦みが、口の中をみたす。


13歳の私はコーヒーを砂糖やミルクをいれても苦手だった。


それがいまでは、ブラックでも平気になっている。


「春馬くんは相変わらず、砂糖もミルクもいれるよね」


バイトと卒論に明け暮れて、眠くないのに、眠れないという春馬くんに、真央が、


「砂糖とミルクなしにしたら?」


って、アドバイスしたらしいけど胃を壊すって、返答だったらしい。


それなら車なんて、買わなければいいのにとも言っていたけど、もともと春馬くんは胃が弱い。


あんな性格で胃が弱いって、言っても誰が信じるのって、真央は呆れていたけど。


春馬くんは、とても繊細だと思う。


無意識のうちに、とても他人に優しくしちゃう人だ。


でも、まわりは無意識って、いうけれど、そんなことはないと思う。


きちんと周囲をみているからこそ、些細な出来事に、気づいちゃう。


そして、春馬くんは、それこそ無自覚に、助けちゃうんだろう。


ー冬の寒空の中で、屋上に閉め出されていた私を、助けてくれたように。


彼は、誰にでもやさしい。


でも、私には、ううん、真央にもきっとできない。


ほんとうに数少ないそういう気遣いを、空気のように当たり前に、できちゃう人。


春馬くん以外にも、そういう気遣いができる人がいることは、知っている。


芸能界で私がとても信頼していて、何かと心配もしてくれる大女優さんや、ベテランの俳優さんに、寮母さん。


なんならマネージャーだって、そうだけど・・・。


ううん、私のマネージャーは、少しぬけているから、ちょっと違うかな?


―彼は雰囲気が零さんに、そっくりだ。


そう言ってお酒をのんで、優しく笑っていた純子さんの姿を、私は思い出す。


どんなに愛していても、どんなに会いたくても、もう絶対に触れることはできない存在。


ほんとうの、


―遠距離恋愛。


それは、絶対に嫌だ。


純子さんには、萌ちゃんがいる。


でもいまの私には、春馬くんを失ったら、春馬くんの代わりになる人は、だれもいない。


もし、春馬くんとそういう関係になれて、結婚できても子供ができないかもしれない。


私に萌ちゃんは、現れないかもしれない。


春馬くんがこの世界からいなくなっちゃったら、私はどうしたらいいんだろう?


家族が、真央が、事務所のみんなや、ファンだって、私を支えてくれるから、きっと仕事を続けているんだろうけれど、


私はものすごくわがままだから、絶対にあとを追うなんて、しないだろうけれど。


ーでも私の心は、死んでしまうよ?


凍えてしまうよ?


春馬くんの釣り針についた餌以外は、絶対に食べないから、海底の岩場にかくれて、そのままずーっと、餓死するまで、感動もなく生きていく。


餌が目の前にきたら、とりあえずなにも考えずにパクンと、食いついていた魚なのに、きっと何も食べられなくなる。


ただ、淡々と、日々を生きていくんだろう。


春馬くんがいない私の世界は、きっと、海底の岩場より暗くて、でも色々な鮮やかな魚にかこまれて、


ーでも、きっとなにも味がしない。


塩辛い海水の味すら、しないんだよ?


私は、ますます岩場の奥に


隠れちゃうんだ。


美少女だってだけで、理不尽ないじめにあっていた中学時代のように。




あの日、真央から人気のない中庭の片隅に呼び出された春馬くんは、戸惑った顔をしていた。


私にきづくと、キョロキョロとあたりをみまわした。


そして困惑気味に、首をかしげると口をひらいた。


「あ?」


「灯り?」


じぃーっと私でなく私の脇にある小さな灯りをみる春馬くん。


視線をおってみるけれど、足元をライトアップする小さな灯りに、とくに変わりはないけれど?


「い?」


「石?」


こんどは足元の石に、視線をうつす春馬くん。


「う?」


「鵜飼?」


指さした方向には、遠くにたしかに鵜飼の屋形船があるけれど?


「え?」


「絵?」


中庭からみえる廊下には、古風な日本画が壁に飾ってある。


「お?」


「…お風呂は、入ったよ?」


ご丁寧に温泉マークを指さされて、この流れなら、もう私でもわかる。


真央ほどではないけれど、私の成績は悪くない。


だって、この容姿でバカだと、またいろいろと面倒なことになるから。


私は常に予習復習をやっている真面目な中学生だった。


でも、


「ブブッー。残念、ハズレだ」


春馬くんに、ダメ出しされた。


「えっ?なんで⁈いまの流れなら、お風呂であってるよね⁈」


負けず嫌いの私が、つい顔をだす。


春馬くんは、イタズラが成功した子供のような笑顔に、なった。


古びた旅館の薄暗い中庭の片隅で、足元のささやかな灯りに照らされた。


ー春馬くんの私にむけられたはじめての笑顔。


私の胸がドキンとはねる。


なに?いまの?


「…正解は?」


自分の反応に、戸惑いながら問う私に、


「おおっ!すごいな、神成さん」


ニカッと嬉しそうに、わらった春馬くん。


いまでも鮮明に、覚えている。


だって、それが私たちが、はじめてまともにした会話?だった。


はじめて彼氏彼女に、なったのに、


ーなんで、あいうえお作文?!


いまだによくわからない会話も、もう10年目になる。


ちなみにいまなら最初の「あ」から、あいうえお作文だと、すぐわかるくらいなじんでしまってるけど。


13歳の私は、ごっそり疲れた気分になったことも、よく覚えている。


ーなんなの?このひと。


それが春馬くんの第二印象。


ほんとうに、ふたりだけでしたはじめての会話。


ー「あ?」


たしかに、50音の一番最初の文字だけど。


ー春馬くんらしいけれど。


はじめての彼氏の口からでる単語じゃないよね?


「あいうえお」作文から、はじまった、私と春馬くんの恋物語。


ーはじめから、春馬くんは、春馬くんだった。


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