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第5話 彼女と友人と中学時代


けっきょく、その日は、自分から質問したのに、あまりにお兄ちゃんからの追及がひどくて、なのに、なにも参考になる言葉もなく、私は、自室に戻った。


うちのお兄ちゃんは、やっぱりシスコンだと思う。


でも数少ない、私の心強い味方。


ー春馬くんとお兄ちゃんを比べることは、できないけど。


お兄ちゃんは、もう三十路をむかえるのに、結婚のけの字もない。


いまは、実家をはなれて、他県に住んでいる。


私が妹だとは、周囲に言ってないみたいで、少し寂しいけれど、安心もしている。


身内に芸能人がいたら、有名になればなるほど、面倒くさい人間関係が増えるに、きまっている。


とくに社会人として、働くお兄ちゃんには。


お姉ちゃんは、コロナ前に、大学を休学して留学していて、去年大学に復学したけれど、そのまま大学院に、すすんでいる。


地元にいるから、私の姉だとみんなしっているけれど、私を溺愛してくれているので、特に問題もない。


あのキスを告白した時も、単純に面白がっていたし、いまも春馬くんとの仲を、応援してくれている。


べつに、お兄ちゃんが悪いとかでは、なくて、そこはやっぱり、姉妹だからかなあ?


「おもしろい彼を選んだね」


って、真央と同じく、お姉ちゃんは、大笑いしていたなあ。


確かに。


私から意味不明ないつものやりとりに腹が立ったから、勢いに任せて、してしまったファーストキス。


いまでは、たくさんの人と経験済みな私でも、たったひとつ春馬くんに、贈れた、


―私のはじめて。


「わかってるのかなあ?私もはじめて、だったんだよ?」


目の前にいる春馬くんに、ついぼやいてしまう。


だって、ふつうの女の子にとっては、一生に一度の記憶に残る一大イベントだ。


それを、


「えっ?なんか口に、ついていたの?」


って、汚れたユニフォームの裾でごしごしと拭われた私、


ー神城 明日菜。


これでもいま、注目の大人気女優。


中学時代だって、学校どころか近所の人たちは、みんな私の存在を、しっているくらい美少女だった。


そんな私から、キスしたのに。


私のはじめてを、あげたのに。


・・・なんだかムカデと同じ気分になったのは、仕方ないと思う。


ーでも。


私は春馬くんの寝顔をあきもせずに見ながら、自分の唇にそっと触れる。


もう私の唇が知っている感触は、春馬くんだけじゃない。


でも、いつだって、彼らの唇は丁寧にケアされていた。


歯磨き粉やブレスケアや、さわやかな香水の匂いだって、あったと思う。


それは女性として、気遣ってくれた証だし、心証を少しでも、よくしようと下心もあったはず。


スマホやパソコンの画面ごしでは、決してわからない。


ーでも私が鮮明に覚えているのは、春馬くんとのキスだった。


カサカサの唇で、汗まみれで、何とも言えない野球部の匂いと、ムカデのお墓がある部室で、私は春馬くんと「はじめて」を経験した。


そっと手をのばして、春馬くんの前から、彼のマグカップを手に取る。


私の目の前にあるマグカップの中身は、コーヒーだけど、春馬くんのマグカップには、日本酒がはいっている。


マグカップに、なみなみと注がれていて、けっこうな量が、まだのこっていた。


春馬くんに、あまりお酒をのむイメージがない。


真央が飲み会でも、真央を送るために飲ませないと、言っていたけど、


ー真央?春馬くんは、私の彼氏だよ?


真央の酒癖の悪さは、想像できるから、春馬くんがいてくれた方が、確かに安心だけど。


真央は私の大好きな信頼できる大親友のはずなのに、なんか心がモヤモヤする。


こんなの嫌だなあ。


そもそも真央には、私から春馬くんのことを、お願いしているのに。


真央に言わせると、私の嫉妬心はかなり強いらしい。


そういえば、あの時も真央に指摘されたんだっけ。


私が東京に転校する前に、真央の家に遊びに行ったことがあった。





真央の家は、老舗の和菓子メーカーの経営者らしく、とても立派なおうちだった。


和菓子メーカーらしい、おおきな日本家屋の中で、真央の部屋は、洋風のつくりになっていた。


「だって、いまどき畳なんかいやだよ?もしかしたら、ムカデとかでてくるかもしれないし?」


真央がにやりと、人の悪い笑みを浮かべる。


「もう!からかわないでよ、真央」


私は頬をふくらませて、真央に抗議した。


真央は、けらけらと軽く笑い飛ばす。


「まさか明日菜からのキスを、そんな雑にあつかうとはね。さすが村上」


ひとしきり笑うと、真央はでもやさしい目で私をみつめた。


「これで明日菜も、心残りはなくなった?」


この友人にだけは、私はファーストキスを演技ですることは、嫌だと伝えていた。


でも、その時は、まだ春馬くんとつきあったばかりで、いまだって、正直なところ、つきあっているのか、どうかよくわからない関係なんだけど。


だって春馬くんと会話していると、いつも予想外の展開に、なっていくんだもん。


最近、なんか慣れてる自分がいるけど。


なんでかな?


地味に、あの言葉遊びが嬉しい事に、ダメージうけてしまうんだ。


いいことのはずなのになあ。


「ねぇ、春馬くんって、どんな人?」


「おっ、名前、よび?」


また真央が、ニヤニヤする。


私は真央を、にらみ返した。


「べつにいいでしょ?彼女なんだし」


「いまは、でしょ?」


「ーう、ん」


春馬くんとは、転校するまでの約束で、つきあってもらっている。


期間限定の、彼氏と彼女の私たち。


もうすぐ、夏休みがおわる。


そして、私たちもー。


「村上は、それでいいって、言ったんでしょう?ただの男除けで、明日菜のファーストキスをもらったんなら、村上だって、悪い気はしないよ」


真央が、まだニヤニヤして、言葉を続ける。


ーでもさ。


「汚れたユニフォームで、ゴシゴシされても?」


私はその時のなんともいえない気持ちと、奇妙なさびしさを、思い出して、複雑になる。


そんな私を、面白そうに、真央はみていた。


「ーされた明日菜が、嫌だったんでしょ?」


「えっ?キスしたのは、私からだよ?」


「ちがうよ。村上に拒否られたことが、ショックだったんじゃないの?」


「・・・拒否は、されてないよ?」


「なんで?話だけ、聴いていると村上は、明日菜のキスを、嫌がってたように思うけど?」


「ちがうよ。自分が誰かとキスするなんて、思ってなかったから、びっくりしたって、言ってたしー。春馬くんだし?」


私がムキになって、そう言ったら、ますます真央は、面白そうに、わらった。


反対に私は、座っていたクッションとは別に、ひろい真央のお部屋にあったくたっとしたセンチくらいのシロクマのぬいぐるみを、だきしめる。


くったりシリーズって、かいてあるそのシロクマは、ほんとうに、くたっとしいて、抱き心地がいいのか悪いのか?いまひとつわからない。そういう意味では、絶妙な品物だった。


「かわいいでしょ?この間、バスケ部のみんなとゲーセンに、行ったときにあってさあ。かわいいとおもったから、ネットでぽちっとね」


「えっ?クレーンケームの景品を、買ったの?」


「だってさあ、ぜったいに、買った方が安いじゃない」


「でもあのゲームって、自分でとるから楽しいし、うれしいんじゃないの?」


「そして、無駄遣いを後悔するまでがセットだよ?だって、ほとんどのモノが買った方が安いし、いざとったら、いらないって、思うものも多いし」


「相変わらずだね」


頭のいい真央は、とても合理的な考えをする。


「餞別にあげようか?そのシロクマ」


「えっ?悪いからいいよ。それにまだ寮の部屋が、どれくらいの大きさかわからないし」


私はシロクマを、床にもどす。


餞別って言葉に、寂しくなっちゃったのは内緒だ。


すると真央は、今度はスマホを取り出した。


「なあに?まだ東京の寮の住所は、わからないよ?」


「違う、違う。ほら、見てみ?」


スマホの画面を差し出してきて、その表示された画面に、私はかたまってしまう。


そこには春馬くんの後ろから、彼の首に腕をまわして、抱きついてる真央と、驚いた顔の春馬くんのツーショットが、写っていた。


どうして真央と春馬くんが?


しかも真央近づきすぎっていうか、なんで、抱きついてるの⁈


「あははは、明日菜ってば、顔がすごいことに、なってるよ?」


真央が爆笑しているけど、私は全然笑えないんだけど?


「・・・私でも、こんなこと、したことないのに」


おもわずつぶやく。


あれ?


いま、私、なんて口にした


「うらやましい?」


ニヤニヤをやめて、真央がこんどは静かに、きいてた。


「うらやましい?」


「そんな顔を、しているよ?明日菜」


「えっ?ーって、お返しは、いらないから」


つい口が滑った私に、真央は不思議そうな顔になる。


「なに?お返しって?」


心底不思議そうな真央に、私はほっと息をつく。


そうして、うれしくなった。


真央の反応で、わかってしまった。


春馬くんのあの独特のやりとりは、きっと私以外の女子とは、してないんだ。


でないと私の切り返しを、真央が不思議がるわけがない。


そう思うと自然と、微笑んでいた。


「なに?急に。さっきは視線でひとを射殺しそうだったくせして」


真央が訝しそうに、私を見るけど、失礼な。


「そんなこと、してないよ」


「はいはい。村上も苦労しそうだなね」


「どうして?」


あのやりとりに苦労しているのは、私の方だ。


「だって、明日菜って、嫉妬深いし、独占力のかたまりでしょ?」


真央が呆れたように、私をみる。


嫉妬深くて、独占欲がつよいってー。


「私が?」


私は誰かの所有欲をそそる存在かもれないけれど、真央が言ったことは、真逆だ。


真央は、おおきく頷いた。


「そうだよ。さっきスマホの写真みせた時の顔とか、ものすごく怖かったもの」


本気で怖かったと、眉をよせるけれど、私には自覚がない。


そりゃあ、なんで私じゃなくて、真央が春馬くんに、抱きついているんだろうとは、思ったけど。


「えっ?そんなに?ーってお返しはいらないよ?」


「・・・それも村上に、へんな調教されているでしょ?」


あきれたように真央はいうけれど、調教って言い方はないと思う。


押し黙った私に、真央は真剣な顔で言った。


「ねぇ明日菜、わかってる?」


真央は主語は、言わなかったけれど、


「わかってるよ」


私は真央から、目をそらす。


「いいの?」


「だって、私は東京に、行くんだし」


いいも悪いもそもそもないと、その頃の私は、思っていた。


ーだって。


「・・・中学生だよ?」


「そうだね」


「・・・続くわけないよ」


「そう?」


「だって、私は東京で、芸能人になるかもしれないんだよ?」


「なるかも、じゃなくて明日菜なら、すぐに人気者になるよね」


「私は、ただの田舎の女子中学生だよ?」


そりゃあ、九州なら通用するかもしれないけれど、所詮はその程度のレベルだってことは、自分でもわかっている。


真央は首を傾げた。


「そうかな?たしかに明日菜レベルの容姿の人は、日本中にたくさんいるとおもうけれど、明日菜はちょっとちがうと思うよ?スカウトの人も、そういってたじゃない?」


「・・・真央。まちがってもスカウトホイホイに、入っちゃだめだよ?」


「明日菜、本当に村上の影響うけてるね?」


真央があきれたように言ったけれど、私だって、自分でおもった。


ースカウトホイホイって、なによ?


脳裏にムカデ用の殺虫剤を持っていた春馬くんが、浮かぶ。


知らず知らずに、私の口に笑みが浮かんだ。


だっって、絶対に春馬くんなら、その発言も違和感ない。


ーまあ、こういう発言をたまにしちゃうから、芸能界で私は「天然」って、言われるように、なったんだけど。


でも春馬くんの場合、天然って言葉はあてはまらない気もする。


多分、なんとかと天才は紙一重のほうのような?


目のまえにいる真央は、天才だけど。


なんか、赤木くんといいい男運はよくない気もする。


私はわりと本気で、スカウトホイホイを心配していた。


そんな真央は、真央で私のことが、心配らしい。


「村上には、ハッキリ言わないと絶対に伝わらないよ?それに、村上以上に明日菜にふさわしい相手がこれからでてくるかわからないよ?」


「・・・真央の春馬くん評価って、高いんだね」


「まあ、去年から、興味があってみていたから」


肩をすくめる真央に、私は黙ってしまった。どういう意味かわからずに、黙って真央をみつめる。


そんな私を少し意地悪にみて、真央は言った。


「赤木とも別れて、私はいまフリーだし?明日菜は東京に行くまでって、約束でつきあっているんだよね?じゃあ、2学期から、私と村上が付き合ってもなんにも問題ないと思わない?むしろ、傷心者同士でつきあうって、芸能人と遠距離恋愛するよりも、現実的だよね?」


真央の言っていることは、正論だとわかっては、いたけれど、


「ダメだよ。春馬くんは、渡さない」


「だって、明日菜は、村上の横にいないのに?」


「でもダメ」


「東京に行くまでって、約束なんでしょ?」


「・・・約束はやぶるために、あるんだよ」


「優等生の明日菜らしくない、おバカなセリフだね?」


真央はあきれたように私をみて、でも優しく笑った。


ああ、そうか。


私はこの時の真央がすごく印象に残ってたんだ。


私のわがままな、自分勝手な気持ちを、呆れたように、でも優しく笑ってくれた親友みたいに、なりたかったんだ。


だって、真央が自覚させてくれた。


真央が教えてくれた。


私は春馬くんと東京に行っても、遠距離恋愛でも、別れたくないんだって。


ーそうつよく思った。

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