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第4話 彼女と兄妹

春馬くんとのファーストキスを思い出しながら、


「ーなんで、ファーストキスの思い出に、ムカデがいるの?・・・」


私はかるく眉をしかめて、寝ている春馬くんをみる。


あいかわらず、ぐっすりと眠っている。


そういえば以前、電話で真央が、よく大学のリモート授業で、春馬くんが居眠りをしていると言ってたなあ。


大学で一緒にいるならともかく、リモートだと起こせないと。


「でもさあ、そこは村上だよね。要領がいいのか、運かいいのか、村上のことをよく知っている教授に、あたるのよね」


日頃の行動が、功をなすというか。


コロナ騒動が起きるまで、大学でも積極的に教授の雑用を引き受けたり、ほとんど、さぼることなく、授業をうけていた春馬くん。


コロナで苦学生にも、いろいろと配慮されていた大学で、バイトでやつれていた春馬くんは、見過ごされるケースが多かったそうだ。


「卒論も期日内に間に合わせていたし、なにかで授業を欠席したりしたら、教授にしつこく質問していたしね」


そういう真央は、地元では有名な老舗和菓子店の社長令嬢だ。


本人は、ただの自営業といっているけど、工場をもち全国展開してるのだから、かなりの資産家の娘だと思う。


そもそも実家の和菓子を世界に広げたいって理由で、外資系の会社を選んでいたし。


お取り寄せグルメとして、全国からの注文が殺到し、逆に利益をあげた会社でもある。


そんな実家をもっていたから、とくに真央はバイトをすることもなく、余裕で卒論をかきあげたらしい。


まあ、真央の場合、天才的に頭がいいので、バイトを三つくらいハードにしても、なんなく課題をこなしていきそうだけど。


そんな真央と仲良くなったのは、あの修学旅行の出来事があったから。


失恋に泣きじゃくりながらも、絶対に私は悪くないから謝るなと、謝罪をしかけた私を涙でまっかになった目をして、でもまっすぐに、私をみてきた、私の大切な親友。


―柴原 真央。


「悪いと思ってるなら、ひとつだけお願いしてもいい?」


そう言って、


「私のことは、名前を呼び捨てで呼んでほしい」


とても真剣なまなざしで、お願いされた。


私は女友達が「明日菜」と呼び捨てにすることは許していたけど(ことわるとお高く留まってるとかで、またいじめにあう)、私から誰かを名前呼びしたことはなかった。


異性でも同性でも、教師でも、私の見た目でチャホヤしてきて、私が自分の思い通りにならないとわかると、勝手に幻滅して去っていく。


女子は特にひどかった。


私が所属する演劇部は、姉の親友の部長が守ってくれていたけど、そのほかとなると、先輩って理由だけで、後輩はおもちゃのように、扱われることもある。


告白してくる男子よりも、ずっと同性の方が気を使った。


それでも真冬の屋上に閉じ込められたり、大雨の日に傘がなくなったりしていた。


しかも折り畳み傘まで。


体操服まで無くなった時は、さすがに親から、学校に対策をもとめてもらったけど。


だっていったいなんの目的で、ナニに利用されるか、わからなかったから。


でも真央は、きちんと私自身をみてくれた。


私を私としてみてくれる、私の大切な、親友。


男子たちのなんとも言えない、においが充満した部室で、そばにムカデのお墓もある中でした、私にとっては大切なファーストキス。


いまでも真央には、大爆笑されている。


当の本人の私だって、どうかしていたって、思うくらいムードがない。


男嫌いの私でも、一応思春期の女子だったから、それなりに、一生に一度のファーストキスには、憧れを持っていたし、もっとロマンティックなものだとおもっていたし。


たまに高1のお姉ちゃんの趣味の少女漫画や、大学生のお兄ちゃんの青年漫画も読んでいた。


お兄ちゃんの、


「いゃあ、美少女の妹が青年漫画をみている姿って、こんなにそそるんだなー」


という発言は、


「キモイ!!シスコン、まじで死ね!」


というお姉ちゃんの言葉で、なくなったけど。


「私もそれ以上言うなら、もうお兄ちゃんと、口きかないから」


「妹たちが俺に厳しい。俺もラノベにでてくるような、やさしい美少女の妹がほしい」


ー私はこんなことで泣きまねしない、ふつうのお兄ちゃんがほしい。


「もう、うっとおしいなあ!私はともかく明日菜は、文句なく美少女の妹でしょう?!」


「血がつながってるじゃないか」


「血がつながらなくても、警察にいこうか?お兄ちゃん」


お姉ちゃんがうっすらと笑って、低い声をだす。


「めっそうもございません!」


とブルブルふるえるお兄ちゃんは、今度は雑誌をみている私に不思議そうにきいてきた。


「でも最近どうしたんだ?青年誌なんていやらしい、とか勝手に決めつけて、明日菜は、そういう雑誌いっさい読まなかったのに、急に貸してほしいとか」


「あっ、それはお姉ちゃんも、ききたいなあ」


ふたりとも眼鏡をかけて、すこし丸顔でよくにている。


私だけがまったく違う顔立ちなんだけど、これは単に私が両親どころか、祖父母、曾祖母までさかのぼって、それぞれのいいところだけを、取って生まれてきたからだ。


小さいときに、あまりにも可愛いからDNA検査までしたという親戚中の笑いのネタは、私には、ちっとも笑えない心の傷でもある。


そんな私をなにげなく、いつも守ってくれていたのは、このシスコン気味なお兄ちゃんと優しいお姉ちゃんだった。


そんなふたりともはなれて、東京に私は、もうすぐ行ってしまう。


「どうしたの?明日菜」


心細くなって、黙ってリビングのソファーに座って、漫画を読んでいるお姉ちゃんに、うしろから抱きつく。


お姉ちゃんは、読んでいた漫画をテーブルに置いて、よしよしと頭をなでてくれた。


お姉ちゃんの読んでる少女漫画の表紙には、教室でのキスを、いまからしますって、絵が載っている。


私は、ますます顔をしかめた。


「彼氏となんかあったの?」


あいかわらず優しく頭をなでてくれるお姉ちゃんに対して、


「ええっ!明日菜に彼氏!?」


近所迷惑なほど、大声をだして、お兄ちゃんが寝ころんでいたもうひとつのソファーから、飛び起きた。


「あれ?知らないの?お兄ちゃん」


お姉ちゃんが不思議そうに、お兄ちゃんをみる。


「俺は全く知らないぞ?!」


「まあ、ふだんは、他県にいるもんね」


お姉ちゃんが納得している。


お兄ちゃんはいま他県の大学に通っていて、一人暮らしをしていた。


私が9月から東京に行くので、会いに来てくれていた。


「けど、明日菜に彼氏?!」


心底驚いたように私の顔を、マジマジと見つめてきたかと思うと、丸いひとのよさを表す顔が、クシャっとゆがむ。


「そっかあ。明日菜にも、とうとうそんな奴が現れたかあ」


腕をくみしみじみ頷くその仕草は、所帯じみている。


「お兄ちゃん、今度はお父さんみたいだよ?」


お姉ちゃんのつっこみに、


「俺はシスコンの兄だ!」


「力強く変態宣言しないで」


「どうして一昔前なら妹想いって言葉が、シスコンなんて言葉に、なぞ変換されたんだ!?」


「お兄ちゃんがわざわざそういうキモイ言い方をするからでしょ?」


「・・・妹がつめたい」


ーその発言が、もうシスコンだよね。


私は黙ってお兄ちゃんとお姉ちゃんのやり取りをみていた。


こういう時は、末っ子の私は、口をはさめない。


とくに今年21歳になるお兄ちゃんとは、年齢が8歳も違っていて、お兄ちゃんは、私が小学校の頃に、大学に進学のために、家をでていた。


当時は優しいお兄ちゃんと離れることが嫌で、わんわん声をあげて泣いては、家族をこまらせていた。


兄妹仲は、とてもいいと思う。


「ーで、明日菜は、東京に行くんだろ?」


「うん」


「彼とは?」


「ーわかんない」


「まあ、中学生の遠恋が続くとも思えないしね」


お姉ちゃんがポンポンっと、慰めるように頭をなでてくれたけど、お兄ちゃんは首を傾げた。


「なあに?なんか言いたそうだね?お兄ちゃん」


お姉ちゃんがサラサラの背中まである栗色の髪の毛をゆらして、首を傾げる。


いいなあ。


私もこんな栗色のかみがよかった。


お兄ちゃんも、お母さんもきれいな栗色の髪の毛をしている。


お父さんもナチュラルブラウンだけど、あれは白髪染めだし。


「いや、遠恋だから別れるとも、かぎらないだろ?男嫌いの明日菜が惚れた相手なら」


「いや、そもそも東京に転校するまでって、期間限定でつきあっている時点で、アウトでしょ?」


「えっ?」


お兄ちゃんが、また驚いて私をみる。


丸い眼鏡越しのおおきな茶色の瞳。


私以外の家族は色素が全体的にうすい。この件に関しては、父も茶色の目をしている。


私の黒髪と黒い瞳は、父方の祖母譲りらしいけど。


ふと、春馬くんの好みは、どっちだろうと思った。


リサーチしようにも、私の彼氏は、つかみどころがなさすぎる。


「ねぇ、お兄ちゃん?」


私は身近にいて、なんでも、こたえてくれる相手をみる。


「ん?どうした?」


「女の子からキスされて、唇に食べかすでもついてるのかと思ったって、ゴシゴシ唇をぬぐう人って、どうやったら落とせると思う?」


私の問いに、


「「はっ?」」


お兄ちゃんとお姉ちゃんが、同時に声をあげた。


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