竜生②
「あれ?春馬?」
塾に行く途中のコンビニに寄って、炭酸飲料を買って外にでたら、
ー春馬がラッシーと、爆走していった、
ラッシーより、速いって、なんだよ?
相変わらず、アイツは、なんなんだ?
「あれ?いまの、竜生の弟じゃね?」
「犬を引きずって、走ってないか?かなり、足が速いぞ?なんで、陸上部じゃなく、野球なんだ?」
ー俺が野球にしろって、言ったからだよ。
胸の内で、毒づいたら、
「どうせ、陸上部に入ったって、マジメにやんねーよ?アイツ。デタラメだぞ?」
野球部のやつが言う。
ーちげーよ。
俺はぐっと両手を、にぎりしめる。
春馬は、真面目にやってる。
それだけ、は、わかる。
わかるけど、
ー春馬がナニを、どう考えているか、俺には、まったくわかない。
…どうして、いま、ラッシーを、追いこしてまで、走っているのか?
春馬は、あまり走らない。
サッカーでも走らずに、ただ、追いつけないなら、
ー次にボールがくる、だろう、って位置にいた。
そうして、シュートコースにいる俺に、
ーチャンスをあたえてくる。
ただ、アイツはすべてをみて、ただ、ほかの指示通りには、動かないから。
ー反抗的。
そう言われても、あいつは、ナニも言い返さない。
ーだって、効率化なら、そうなる。
あいつには、ムキになる?一生懸命になる?
そういう気持ちが、ないんだと、思ってたのに。
ーその春馬が、走ってる?
「わるい、先に塾に行ってくれ。俺、忘れ物した。先生にも言っといてくれ」
「あっ、おい?」
「頼むな?」
って、お気に入りの白いスポーツサイクルに、またがる。
母さんにねだって、買ってもらったスポーツサイクルだ。塾につかう。早くいきたい。前のはもう小さい。
ーいろんな理由つけたけど、もう子供用の自転車が時代遅れにみえて、新しい自転車が、欲しかっただけだ。
ついでに、親父は、春馬にママチャリみたいなカゴつきの自転車を、選ばせていた。
母さんは春馬にも、俺と同じものをと言っていたけど、親父は春馬には、ママチャリもどきのカジュアル自転車を買った。
俺の自転車より、ずっと、やすくて、性能もとくになく、車体も重い。
それでも文句も言わずに春馬は、その自転車を選んでいた。
文句を最後まで言っていたのは、母さんで、俺だって、
ーなんで、春馬にママチャリなんだよ?春馬?お前もなんでおとなしく言いなりなんだよ?
内心で怒ってたら、親父が首をひねり、ひとことだけ言った。
ーなぜか、春馬は、車にひかれる気がする。
…たしかに。
俺はラッシーと前を行く春馬をスポーツサイクルで追いかけながら、はじめて、
ー正解だよ、親父?
なんでスポーツサイクルを必死にこいでるに、おいつけない?
というか、なんで、春馬はこんなに、走ってるんだ?
もう、いっそ、捕まえて理由きくか?
スポーツサイクルのペダルにぐっと、力をこめた瞬間、春馬が急に止まった。
俺は慌てて、あまりに、あわてすぎて、
ー本日、2回目の転倒危機に、おちいるはめになっていた。
びびった。
そうしたら、春馬がラッシーに、なにかが入ったビニール袋を指差している。
ー?なんだ?
俺は春馬が指差している方向をみて、思わず近くの民家の塀に、スポーツサイクルごと、身を隠した。
まるで不審者だけど、やっぱり、俺らしくずるいけど、
ーなんで、あんな場所に、神城明日菜がいるんだ?
うちの学校どころか、地域中が知っているぞ?
めちゃくちゃ、みんなふられてるぞ?
ついでに、
ー俺は、告白まえからふられたぞ?
神城の視界にすら、俺は入らなくて。
同じように俺を、視界に入れない春馬が、神城を気にしてる?
けど?
なぜか春馬は、ビニールを神城にむかって投げた。
さすがの野球部。ナイスコントロールで、ビニール袋が神城の前にとび、
ーラッシーが追いかけた。
ラッシーを使ってナンパか?
あの春馬が?
あの、ラッシーで?
あの、神城、を?
ー???
俺の頭がわけわかんなくて、混乱していたら、
ーわふ!
ラッシーの声に、とりあえず、また目線がラッシーと神城にうつる。
神城がラッシーから、ビニール袋をうけとり、ラッシーと、
なんだ?クロックス?
なんで?クロックス?
って。思ったけど、そういえば、神城に対するいじめは、有名だ。
というか、その原因に、俺も絡んでる。
俺にはどうしようもない形で。
俺を好きだって、やつらが無意味に、神城を攻撃している。
ー俺は、その時、なんとも思ってないのに。
否定は、逆効果だとわかってからは、放置してる。
知らねーよ?俺のせいじゃないだろ?
ムダに悪目立ちしてる神城が、すべて悪いんだろ?
ー春馬みたいに。
そう思ってたら、神城は驚いたことに、クロックスを手にとってた。
「ありがとう、ストーカーさん」
そう少し弾んだ声がした。
…春馬、ストーカーしてるのか?
春馬が?
けど、春馬は知らないふりしてるし、神城は、ささっと歩き出したぞ?
やべっ?
こっちにくる?俺はますます、塀に身をひそめながら、2人をみていた。
「ラッシーだめだよ?お前は、わすれるぞ?」
そう声がしたのは、神城が俺のすぐ近くにきたときだった。
それまで、まっすぐ、前だけ、を見て歩いていた神城が、ふと足をてめて、
ー春馬を、振り返っていた。
けど、木に隠れた春馬は、よくみえなくて、なのにー。
「ーありがとう」
俺は思わず、一瞬、息を、呼吸を、わすれた。
ーはじめてみる神城の微笑みだったから。
そのやさしい小さな笑みに、ただ、呼吸をわすれていたんだ。




