明日菜 ③
「ただいま」
そう言って、私は家の玄関の扉をあける。
家の中はしーンと、しずまりかえってーは、なかった。
「ああ、もうなんで、こういうバカがよって、くるのかなあ」
「モテるわが子をほめるべきか、相手をほめるべきか」
「感心してないで、学校と警察だよ?お母さん」
なんだか、居間からにぎやかな声が、きこえてくる。
ー?
私は一度、二階の部屋にある勉強机に、鞄をおいて、居間をのぞく。
新聞紙をひろげて、お姉ちゃんとお母さんかいた。新聞紙の上は、
ーやぶれて、ポロポロになった私の体操服と、着替えている時の隠し撮りの写真なんかもあって、ナイフが写真に、写りこんでいる。
・・・またかあ。
写真の陽射しを計算してなかったみたいで、写している人数とスカートのシルエットが映りこんでいる。
影だからって、油断したのかなあ?アニメや映像の見過ぎじゃないのかなあ?
あれは、現実じゃないから、スルーパスされるんだよ?
当たり前にお母さんが警察に相談するよ?
そうしたら、あっという間に、人生はかわる。
恐ろしいくらいに、残酷だ。
「あっ、明日菜、お帰り?」
お姉ちゃんが笑って、さりげなく、新聞紙をまるめる。
ーもう見えちゃったよ?
お母さんが取り繕うように、優しい笑みを浮かべた。
「手を洗っといで、今日はいろんな、おやつがあるのよ?」
「明日菜の好きなカキ氷あるよ?そと暑かったでしょ?修学旅行の自由行動どこー、って、明日菜?その靴下どうしたの?」
あっ、脱ぐのを忘れてた。
もう日常茶飯事すぎて、隠すこともなく私は言う。
「なんか汚されて、履くの嫌だったから、途中まで靴下で帰ってきた」
「また?だれよ?私がしめてやるから、連れてきなさい!ーん?途中まで?」
「うん。犬がクロックスくれた」
私がそういうと、お姉ちゃんが、私の額に手を当ててくる。
「…熱なんかないよ?」
「そうみたいだね?で、誰がクロックスをかしてくれたの?」
「…犬」
「明日菜?あれほど、動物から、物をもらっては、いけませんって、教えたよね?」
「…人じゃなかった?」
「人間も何もかもが、動物です!痛っ!お母さん、なんで、いま私をたたいたの⁈」
「あまり、変なことばかり、明日菜に教えないで?それで、明日菜、犬の飼い主さんは、知り合いだったの?」
頭を押さえているお姉ちゃんの隣で、お母さんが私から靴下を受け取ってくれた。
ーと、いうよりケガがないか脱がされた。
小石を踏んだ足は、けど、靴下が守ってくれた。
私は規定を守って、白い生地の丈夫なスクールソックスをはいていた。
柴原さんやお洒落な子たちは、靴下にもお洒落だけど、私がしたら、また呼び出しになる。
ー上級生に。
会いに行かないと、私に伝言を伝える子まで、まきこんでしまう。
ーあんたが行かないから!
ズタボロになったユニフォームを前に、数人に責められて、けど、
ー神城さんは、悪くないよ!
必死にまわりをとめていた子。
すぐに転校しちゃった子。
私はぎゅっと手を握り締める。
もうあんな想いは、嫌だ。
ー見るのは、いやだ。
ただ、いやなんだ、
「明日菜?」
お母さんの心配そうな声に、我にかえった。
「クロックスをくれたのは、誰?」
「犬だよ?」
私はベンチで座っていたら、犬がクロックスを持ってきたことを説明した。
「へぇー。不思議な犬だね?」
「…朝陽、知らない動物について行ってはダメよ?」
「なんで私に言うのよ⁈」
「「…ついていきそうだから?」」
私とお母さんの声がかぶって、お姉ちゃんがソファにひっくり返って、ふて寝した。
「どうせ、私は明日菜みたいに、賢くないですよ?」
「お姉ちゃんの方が成績いいよ?」
お姉ちゃんは頭がいい。このあたりでは、いちばんいい高校に通っている。
そういえば、私が最近、告白されて、断ったことになってる先輩は、お姉ちゃんの行ってる学校を志望するくらい頭がいいって、いわれたなあ。
ーあんたなんかじゃ、先輩と釣り合わないのに!
あの日、屋上にしめだされた日。
あの言葉は、誰に言いたい言葉だったのかな?
ただ、寒くて、運動部すら、練習を控えるくらい寒くて、フェンスを握る手もつめたくて、さ?
ーこのフェンスには、電流は流れてないんだ。
って、思ってた。
あの有名な場所で、絶望した女性や少女たちが夜になると、そのフェンス前に立ったという。
私は、あの日にー。
「明日菜?」
もう一度、お母さんが私をよんだ。
「飼い主は、たぶん傘の人だから、大丈夫だよ?」
「ああ!あのカエルかあ?」
ソファからびょんと、お姉ちゃんがおきだした。
ーカエル。
お姉ちゃんは、あの傘をそう呼ぶ。
雨の日に元気に現れる。
ーカエル。
「こんどはカエル見れた?」
「ううん。木の影で見れなかった」
「カエルは木登りもうまいからねー痛っ!なんでお母さん、つねるの?」
「明日菜の恩人に、バカなあだ名をつけるからでしょ?」
「お母さんだって、最初はストーカーを心配していたくせに?」
「いまは、違うわよ。それで、明日菜、このクロックスはどうするの?」
「ー空色のシューズ袋にいれて、また落とし物いれにいれとく」
「お礼は?」
「ーあったら、する」
「ーカエルって、何食べるのかなあ?」
お姉ちゃんが首を傾げて、またお母さんから怒られていた。
私は、つぶやく。
「お礼が、いるのかな?」
もし、彼があの時の私みたいに、
ーただ、自分が見たくない、だけなら。
「お礼なんかいらないよ?」
だって、それは、
ーただの、自己保身だ。
そして、
わかって、生きていくのと、
わからないで、生きていくのと、
それでも、信じて、生きていくのと、
もう、つかれきって、あの時、私は屋上で、ふとフェンスを握ってたけど。
寒さに、凍えた指は感覚がなくて、フェンスと自分の体温の差すら、
「ーわかんないよ、もう」
ただ、鉛のような気持ちに、お母さんが洗ってかえそうとクロックスを手に取ったから、
「私が洗うよ?」
気がついたら、奪うように、お母さんの手からもらってた。
白地に空色の蛍光ペン、が、
ー消えるのは、嫌だったんた。




