第4話
まったく、なにをやってるんだか。
私は、あきれながら、春馬を見つめる。
相変わらず、我が子ながら、春馬は、よくわからない。
竜生は、わかりやすいというか、いわゆる言葉をきちんと、裏まで理解できる子だけど、春馬は違う。
あまりに違う発達に、戸惑って、なんども、注意ばかりして育てていた。
かなりキツイ言葉も、吐いた。
ーどうしてこんな簡単なことに、悩まないといけないの?
ーなんど言っても、言葉が通じない。
竜生には、一言ですむのに、春馬は声が枯れるくらい怒っても、通じない。
いっそ、手を上げてしまったほうが?
身体に、覚えさせた方が?
何度も踏み止まって、
踏みとどまれない時もあった。
ー危ないときは、手がでた。
死なれるよりマシで、その度に、私は捕まってもいい。
目の前で事故で死なれるより、数倍もマシだ。
まわりの言葉でいいきかせられる子育てに、何度、憧れ、自分を罵り、春馬と距離ができていった。
私より義父に春馬は懐いて、旦那にも懐いて、私には、竜生しかいないと、思ってた。
思ってる、ふり、をした。
いつだって、目線は、つい春馬を追って、小言ばかり言っていた。
ーだって、目をはなしたら、なにをするかわからない。
言葉が通じない。なんどもそう思ったのに、
私はそれでも、春馬は、ふつうの子だと自分に言い聞かせてた。
私が春馬から療育をうける権利を奪ってしまった。
そこまで、春馬に特性はなかった。
言葉が遅く、独特の身体の使い方、過集中は、みられたし、癇癪は竜生よりすごかったけど、
ー私が、認めたくなかった。
あやしたら、逆効果で、それは春馬にしかわからない刺激で、ただわからない理由を、はなれた場所で、床に寝そべり喚く春馬を、そっと見守るは、あった。
小さな春馬を店の片隅に置いて、床に仰向けになり、暴れ泣き叫ぶ。車に一緒に乗せて、ただ耳を塞いで、春馬のパニックが治まるまでまつ。
ものすごい絶叫マシンで、車が壊れそうになる。
いまから、考えると、私も子育てに疲れ果てていた。
春馬を冷静にみれば、おかしな行動ばかりで、母子手帳のチェック項目とは、違う発達をしていた。
ー春馬は、いつから、私と目があったのかしら?
幼い春馬を、手のかかる春馬を、世話してくれたのは、義父だった。
私は年子の竜生を育てるうちに、春馬から、目を背けていた。
ー言葉が通じない子育てより、素直に言葉が通じる竜生が楽だった。
いつか、私が取り返しがつかないほど、春馬を傷つける。
そう思いながら、義父と春馬を、遠く見ていた。
義父は春馬がなにを考えてるかわかっていたみたいだ。
私は、わからなかった。
何度も繰り返しよんだ。
ー育児本。
まったく違う発達をしていく竜生と春馬。
私の前では、笑わない春馬が、義父には、無邪気な笑顔で甘えー、は、しなかった。
甘えては、いなかったような気がする。
けど、好奇心に、目を輝かせ、
ー義父はイタズラばかり春馬としていた。
私はハラハラして、よく旦那に愚痴を言っていた。
春馬は義父にべったりな子で、義父さえいれば、私たち家族は、いなくてもいい、そんな子だった。
いつから、私は春馬の視界に入れたのだろう。
いつから、私の言葉があの子に通じた?
いや、
いつから、私の言葉を、言葉だと理解してくれた?
いつだって、私の想いは、春馬には一方通行だった。
春馬の視界に、私はいなかった。
それは反抗期とも違う。そもそもが、存在自体を春馬が理解してなかった。
春馬が必要としなかった。
ー春馬には、私以上に、信じられる義父がいた。
もしも、義父がいなかったら、あの子はどう育ってたのだろう。
あの子の不思議をただうけとめて、あの子に、たくさんのことを教えていった義父。
それなのに、義父の葬儀では、春馬は淡々としていた。
むしろ、葬儀まで淡々としていた竜生の方が泣いた。
あまりに対象的で、春馬の暗く沈んだ瞳に、私は言葉がなかった。
唯一の救いが、なくなってしまったように。
あきらめたように、けど、青空を見つめていた姿が頼りなく、いまにもそのまま空気に、なってしまいそうだった。
その春馬がいま、いろんな表情を見せてくれる。
ーなにやってるんだか。
相変わらず不思議な我が子に、
ーでも、お義父さん?
いま、春馬は笑ってますよ。
相変わらず、不思議な子は、
やっぱり私の子で、私と同じちょっと茶色の瞳で、
ーなぜか焦ってる。




