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第26話

ーけっきょく、釣れなかった。


なんでだ?!


あの日釣った魚は、どこに行った?!


・・・加納さんの胃袋の中だ。


そもそも俺がリリースしてもあいつまた誰かに釣られてそうだしな。


こういう大事な時には、釣れないのが、マジで俺だし、


ーこういう時に、なんで釣れないんだ。


タイムアップだ。


ため息をついていたら、


「よっ?兄ちゃん、今日は、きれいな奥さんはいないのかい?」


「あっ、おはようございます」


たまに会話するおっちゃんだ。


マスクに帽子、偏光グラスでお互いに顔はわからないけど、乗ってる車や釣り方でなんとなくわかる。


おっちゃんは少し年代物の四駆にのっている。


「きょうは仕事に行ってます。俺もいまから用事があるんで、ここまでです」


「釣れた?」


「リリースばかりでした」


「まあ。今日は潮がなあ」


「釣れました?」


俺の言葉におっちゃんは、ニヤッと笑って、得意げにクーラーボックスをみせてくれて。


「好きなの持って帰っていいぞ?」


クーラーボックスいっぱいに、たくさんの魚がいた。


しかも、まだ生きてる。


俺は、嬉々としてお礼をいって、


「ーこのいちばんでっかいの下さい!」


って、でっかい声でいっていた。



鼻歌交じりで俺はタントをとある場所にとめる。


おっちゃんのおかけで、魚屋によらずにすんだから、まだ少し余裕があるはずだよな?


クーラーを手に、建物の裏口からはいる。


「あっ、きたきた村上くん」


じかにきく声ははじめてだな?


そう思いながら振り返ると、俺のメル友の寮母さんが割烹着姿でいた。


「はじめまして?村上です」


俺の言葉に後ろにいた高校生くらいの三人組がおもいっきり吹き出しやがった。


ーはじめてあうだろ?


「寮母さんの格好より、そっちなんだ」


「・・・あってはいるよ?」


「たしかに?」


「まあまあ。はじめまして。村上くん。実物は、ほんとうにいい男ねえ。明日菜ちゃんが惚れるのもわかるわ」


「・・・明日菜とあった時は、明日菜よりちびで、坊主でしたけど」


「そういえば、そうだったわね。大きくなったわねー」


しみじみと言われて苦笑する。そういや、明日菜を13歳から知っている寮母さんは、俺のことも13歳から知っているわけだ。


「それで、釣れたの?」


「そこは、俺ですよ?」


俺は胸をはる。


「じゃあ、釣れたのね?」


期待に目を輝かせる寮母さん。


あれ?


「釣れたおっちゃんが、くれました」


奇妙な沈黙がおちる。なんで?


明日菜の後輩たちが、ため息をつきやがった。


「ーさすが先輩の彼氏さん」


「いまは旦那さんだよ?」


「釣れないんだね」


しみじみというなよ?初対面だぞ?


ウシ様ミュージック隊。


「ウシ様ミュージック隊?」


「・・・センスないね」


「あれを歌う?」


「・・・俺が悪かったです。あの歌はやめてください」


素直にあやまる。


なぜか勝てる気がしない。


「とりあえず、厨房は、かりたから、私は、これをもっていくわね」


「あっ、重いですから俺が運びますよ」


「あら?そう。頼むわ」


魚だけならかるいけど。中には氷もはいっている。


俺はもう一度クーラーボックスをしっかり手にとる。


「じゃあ、またあとでね?」


寮母さんが三人娘にいって、俺もとりあえず頭をさげて寮母さんのあとをついていく。


なんていうかあの年齢苦手かもしれない。


と、思っていたら、


「お久しぶりです!寮母さん」


そう息を切らした声がした。俺にはもう聴きなじんだ声だけど、寮母さんの肩がびくっと大きく上がった。


ゆっくりと、振り返る寮母さんとおなじように、振り返ると、鈴木さんがいた。


「・・・おひさしぶりです。鈴木優菜です」


一言一言、ゆっくりと嚙みしめるように鈴木さんがいう。


寮母さんの目から、涙がこぼれおちる。


声をだそうと口をひらくも、声にはならなくて、


震える手だけが鈴木さんに、差し伸べられた。


鈴木さんはいつものやさしい笑顔に、涙をすこし浮かべて、でもしっかりとその手をにぎりしめた。


「・・・あたたかい」


そう寮母さんが言葉をようやくだして。


「ーごめんね、守れなくて」


鈴木さんの手を握りしめながら、床に力がぬけたようにしゃがみこんだ。


震える声に、鈴木さんは、そっとその背をつつみこむ。


10年という時間が、寮母さんの手にしわをおおくしていた。


きっと、鈴木さんの思い出にある姿ともちがうんだろうけど。


「寮母さんは、守ってくれましたよ?だから、私はいまいます。ありがとうございます」


そうはっきりと、鈴木さんが言った。


いつもの優しさだけでなく、強い意志でそういった。


ただ、


「もうだいじょうぶです」


あのとき、ちゃんと、


「私も明日菜も成長しました。守ってくれてありがとうごさいます」


そう泣き崩れる寮母さんのちいさな身体を鈴木さんが抱きしめていた。


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