最終話 彼氏と彼女のラストシーン。
まるで、いつかみた映画のラストシーンのように、明日菜が静かに泣いている。
俺のせいで、泣いている。
ー最悪だ。
最悪な、はずだった。
なのに、どうしてだろう?
俺は動揺することもなく、ただ、黙って、泣く明日菜を見つめていた。
それくらい、明日菜の涙は、きれいだった。
俺を想って、俺だけのために泣く明日菜。
見慣れた俺の殺風景な部屋で。
凛ちゃんのヨダレ染みが残る座布団がある部屋で。
洒落た部屋でもなんでもない部屋で。
俺の知っている、俺だけが知っている明日菜の泣き顔で、
ー明日菜が、泣いてる。
絶対に、泣かせたくないって、思ってた。
ただのサラリーマンの俺と大人気女優の明日菜が、自主制作したようなちっぽけな物語で、
ーたったひとり、柴原だけが観客で。
でも誰よりも輝いていた大切な、俺のたったひとりのヒロイン。
それが今日だけで、もう2回も明日菜を、泣かせてる。
でもあのトイレの時より、マシだよな?
いま思うと、さすがに、アレはないよな?
トイレに行くたびに思い出す黒歴史に、絶対になるよな?
俺がつい思いだして顔をしかめるのと、明日菜が泣きながらクスッと笑ったタイミングは、同じだった。
明日菜は、クスクス笑いながら涙をぬぐう。
「トイレのドアをみる度に、思い出しちゃいそうだね?こんど番宣とかで、トーク番組にでることがあったら、話そうかな?」
「ー鬼かよ」
「春馬くんの可愛い恋人です」
「えっ?」
「えっ?」
「へっ?」
「へっ?」
「んんっ?」
「ー絶対、カ行もタ行もいわないからね?」
なんでわかったんだ?
「春馬くんだし?」
「そんなもんか?」
「そりゃあ。そうだよ?もう10年つきあってるんだよ?」
「それもそうか」
「うん」
ーそっか。
今度はストンと、腑に落ちた。
じゃあ、いいのかな?
俺は、明日菜を見下ろす。
そういえば、俺と明日菜って、身長差だけでみれば、理想に近いんだよな?
1センチ、足りないけど。
足りなければ、俺が背伸びをすれば良い。
ほんの少し勇気をだせば、いつだって明日菜は、俺の前で、ちょっとあきれたように、笑ってる。
俺が、明日菜を笑わせてる。
どんなに明日菜が泣いたって、笑わせてやる。
俺にはきっと、一生をかけたって、明日菜のことを、100%どころかその半分すら、怪しい数値でしか理解できないかもしれない。
けど、いまの俺は理解できてる。
だって、それは明日菜ものぞんでいるんだって、素直に思えたから。
俺は明日菜を力強く腕の中に、抱きしめる。
久しぶりにあったのに、キスするくらい近づいてきてたのに、
俺はようやく、明日菜に自分から、触れた。
華奢な身体を、つよく抱きしめる。
「ー痛いよ?春馬くん」
「いや?」
「いや?」
俺の視線と明日菜の視線がきれいにかみあう。
俺が口を開く前に、明日菜が眉をひそめた。
「ねえ、春馬くん。春馬くんが春馬くんだってことは、私がいちばん、よくわかってるんだけど、無理なお願いをひとつだけしてもいい?」
「ー俺にできることなら?」
さすがに擬音は、こらえたけど、
「ー春馬くんからのファーストキスくらいは、ロマンティックに、決めてほしい」
明日菜が上目遣いに、俺を見上げてくる、
めちゃくちゃ絵に、なるんだけど、
「ごめん、俺にはムリ」
「ーだよね。春馬くんだし?」
明日菜はいつものように、呆れた顔で笑って、ちょっと、恥ずかしそうに目を閉じてくれた。
皆様のおかげでようやく一段落まで書けました。ここまで読んで面白いと思っていただけましたら、
どうかお星様評価ください。
なにとぞ、よろしくお願いします。