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第28話 彼氏と彼女の知らない話


ーピピッと、軽い電子音がなる。


ふと時計をみるともう次の日になっていた。


「もうこんな時間か…。明日菜は朝も始発で、はやかったんだし、疲れたよな?もう寝ようか?」


俺は、さっきちょっと寝てしまったけど。


泣き疲れて眠るとか、凜ちゃんみたいだな。


しかも一尉と軍曹の前でだし?


ーん?


なんか大事なことを、忘れているような?


「…春馬くんは、お風呂は?」


「こんな時間だと、さすがにシャワーは迷惑だろ?」


「きょうはお風呂わいてるよ」


「あっ、そっか。じゃあ、入ろうかな?明日菜は先に寝てていいよ」


「…ありがとう」


明日菜が俺をじっと見てくる。


「なに?そんな真剣な顔をして?」


「ううん。やっぱり春馬くんは、春馬くんだなあって、思っただけ」


「逆にききたい。俺が俺じゃなきゃ、誰なんだ?」


「私のいちばん大切な人」


そう言うと、明日菜が俺の首に両腕を絡めてもう一度キスしてきた。


俺も抱きしめようと腕をのばしたら、猫みたいに、スルリと腕から逃げられた。


ーなんで?


「お湯さめてると思うから、忘れずに追い炊きしてね?」


「追い抱き?」


追いかけて、抱きしめろってこと?


「違うよ。追い炊きー、ちなみに甥っ子を抱っこすることじゃないよ?」


「エスパーかよ」


なんでわかったんだ?


俺の疑問が顔にでたんだろう。


明日菜がとてもうれしそうに笑った。


「わかるよ?春馬くんだから」


また、かるくキスしてくるくせに、俺には、触れさせてくれない。


そして、またじっと真剣な顔で、俺をみてきた。


俺は両手をあげて、素直に降参する。


「俺には、明日菜の考えることが、さっぱりわかんねーけど」


正直にいうと、また明日菜はうれしそうに笑った。


「いいよ?私にも、私がよくわかんないから」


「へっ?」


「春馬くんが春馬くんをわかってないのと、同じだよ?」


「そうなの?」


「そうだよ」


「ああ、そう」


「うん」


あれ?


なんだろう?


いつもの会話みたいで、なにかが違う気がする。


よくわからない違和感に、戸惑っていたら、明日菜がまたキスをしてきた。


ほんとうに、なんなんだ?


まるで、いままで明日菜が他の(ヤツ)とした分を、とりもどそうとしているかのように、キスをしてくる。


でも俺からは、触らせてくれない。


絶対的な壁みたいなようなものがある。


もう一度、こんどはまた俺の首に両手を、まわしてきた。


またキスかな?


こんどこそ捕まえてやるって、目をとじて、待ち構えていたら、


「ーっ!?」


耳をかじられて、驚いた。


こんなことを明日菜からするシーンなんて、見たことがない。


さっき舌がはいってきた時以上の衝撃が俺を襲う。


だって、さっきの深いキスを、俺は知っていたから。


だって、俺は観ていたから。


いつも逃げ回って、けっきょく逃げ切れずに、俺は明日菜を忘れられずに、忘れることを許さない柴原に、ヒールで脛を蹴られながら、涙でにじむ視界に、しっかりと焼き付けていた。


ー他の男と明日菜のキスシーンを。


いつか明日菜に、俺が!俺から!キスをできるように。


手慣れた男たちに負けないように。


明日菜がずっと俺にドキドキしてくれるように。


ーいつか俺から、明日菜にキスをしたくて。


頭の中では、俺と明日菜のキスシーンに変換して、やっと、明日菜に電話がかけれるように、なるんだ。


下唇を前歯で噛んで、滲んた血が明日菜に見えないように舌でなめて、ようやく俺は、明日菜に笑えるんだ。


九州の片田舎からたったひとりで、あんな世界でがんばっている明日菜がこれ以上泣かないように、俺なんかで悲しまないように。


映画のヒロインだとわかっていても、明日菜が泣くのは嫌だった。


たった一回みただけで、俺は全部のドラマや映画を、完璧に覚えていた。


明日菜が気を使って送ってこない仲のいい対談を書いている雑誌の小さな記事だって、何ページにもおよぶ少女漫画の特集だって、ぜんぶ、結局は柴原をあきれさせるくらい完璧に、覚えていた。


いつかは、観覧席からスクリーンに、俺がとびこんで、明日菜とキスをしたかった。


俺が、村上春馬が、神城明日菜の恋人だって、言えるようになりたくて。


ーすべてのシーンを、覚えている。


はず、だった。


「えっ?


戸惑いを隠せない俺を、明日菜はみあげて、ふいに泣きそうな顔になった。


「あすー」


問いかける俺をさえぎるように、明日菜の目から、耐えきれずに涙かこぼれおちる。

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