第9話
明日菜が離れない。
そうはっきり言ってくれた。その真剣な黒い瞳があの夏に重なる。
あれから、俺たちは、どれくらい月日を重ねたたんだろう?
どれだけ、明日菜と俺は、一緒にー、
ーいたのは、柴原だよな?
明日菜じゃないのは、たしかだよな?
俺って、どうよ?
いや、柴原って、どうなんだ?
ー俺の国宝だよな。
あの日、アイツじゃないヤツが職員室にいたら、どうなってたかな。
きっと、俺が教師、無視して、助けに行ってー。
それきり、だったはず?
柴原ってノットがなければ、俺と明日菜のリーダーと、PEラインは、結ばれてない。
けど、いま接着剤あるんだよなあ。
あれ、便利だけど、もちろん、便利なんだけど。
ー切れないと、あぶないラインもあるんだよなあ、
たしかに俺たち釣り人が釣り糸を海に、放置してるは、ある意味、たしかだろうな。
無理に巻いて、ロッドが折れる心配もたしかにあるけど、それよりあぶないのは、反動で跳ね返るライン、針、ルアーetc。
無理に外さず、ラインを切るときがある。海底だから回収できない、は、たしかだ。
自分に跳ね返りがあれば、まだマシだけど。
キャスティングする時に、後ろや周りを見てない釣り人いたら、近づかない方がいい。
釣り針には、釣れた魚を逃さない工夫で針には、工夫がある。
ーかえし、がある。
洋服とかに釣り針がささり、とれない理由だ。
あれは、マジな話しで皮膚を貫通したら、とれない。
たしかカツオの一本釣りとかには、ないのかなあ?
釣り人はわりとつぶすしな。逃す確率は上がるけど、ヒットする確率もあがるし、根掛かりの時、少しはマシになる。
俺にソフトルアーを教えてくれた先輩は、夜や早朝、人がいない広い場所で、ルアーのキャスティングを教えてくれた。
先輩のキャスティングは、すごい音がする。
風をきる音だ。
一日中、キャスティングして、腱鞘炎になる人たちもいる。
ルアーはひたすら、投げる。
わりと体力いる。
あとは運と根気は、釣り全体に言えるよなあ。
俺はソルトルアーだけど、先輩は、淡水でも渓流でも、船でも釣りをしていた。
ー釣具屋にいくとあるんだ。
カエルのルアー。
ソルトで試したことないけど。ワーム系おなじだし、ウシ様なみに口でかいしなあ?
アコウ。
俺は腕の中にいる明日菜をみつめる。素直にかわいいと思う。
きれいだと思う。
思いながら、どうだろう?
ほんとうに、明日菜はむりしてないか?あの日から、ずっと俺を追いかけてくれた。
明日菜が修学旅行の2日目に、強引なまで視界に入ってきた。
ひとり深海を漂ってたような俺が、はじめて明日菜と直接会話した時にみた、
ー鮮やかなブルー。
は、たんに空色で。
ーそういえば、あの時も明日菜って!怒ってたよな?
なんで俺、怒られたんだ?
俺はじっと明日菜を見つめる。やっぱり、
「明日菜って、短気だよなあ?」
「はっ?」
「歯並びは、きれいだと思うけど?」
「はっ?」
「ハイテンションには、あまりならないけど?」
「はっ?」
「歯には、たしかに、餅だからくっつきやすいけどさあ」
「はっ?」
「走って買ってきたのに、あれは、ないよなあ?」
しみじみと言ったら、明日菜がきれいな眉をひそめた。
そして、低い声でもう一度、言う。
「ーはっ?」
「はじめて、会話した時だよ?」
「ーはっ?」
「はじめての場所なのに、梅ヶ枝餅を買いに行ってたんだぞ?」
「ーはっ?」
「犯人は、柴原だけどさあ」
「はっ?」
「履いてるパンツが空色なんか、知らなかったよ」
満員電車の痴漢の冤罪って、絶対に多いよなあ?
やってるヤツらマジで犯罪だぞ?
中2でまなんだぞ?あれ。
ただ明日菜が、驚いて振り落とした梅ヶ枝餅をキャッチしただけなのに。
見上げた明日菜の見たことない髪型と空の色がきれいで。
ただ、
ーきれいだと思ったんだ。
そうしたら、明日菜は、、、。
「俺、あれで、明日菜には、あの日、近づかないって、決めたぞ?」
「ーだから、必要以上に、距離とってきたの?」
「まあ、いきなり、痴漢扱いされたら、近づかないだろ?」
「ーほんとうに、見えてなかったの?」
「あの頃の俺が、女子の下着に、興味持つと思うか?」
「ー春馬くんを、そこまで、知らなかったよ?」
「ーだよな」
そういわれたら、そうだよなあ。納得する俺に、明日菜はクスクス笑う。
中2の明日菜は、こんなふうに笑ってたかなあ?
いつも、俺には、怒ってたような気がするけど。
明日菜がはじめて弱さをだしたのは、いつだったかな?
俺はサラサラしてる明日菜のきれいな黒髪に触れる。
「あの時の髪型、俺の前で、あんまりしないよな?」
「うん。あの時は真央がセットしてくれたし、役づくりでよくした髪型だし、春馬くんは嫌かなあって」
まあ、明日菜は、ファッション誌のモデルもしていた。
女子むけだけど。萌ちゃんがみてるよな。そっか、萌ちゃんの年齢でもう明日菜は、東京にいたのか。
俺と柴原は、受験勉強をして、中体連を頑張って、俺は後輩からひたすらしごかれて?
相変わらず部室の掃除してたよなあ。
ー俺の中学時代と、明日菜の中学生時代、めちゃくちゃ違う気がする。
「それに寮の先輩たち、みんなきれいだったし、優菜もいたし。ファッションは好きだけど、仕事になると、また違うっていうか」
寮母さんの雰囲気もあって、わりとのんびりだったと明日菜は笑う。
「千夏さんも第一印象とは、違って、のんびり見守ってくれたし。高校卒業したら、春馬くんや真央のいる福岡に行く、くらいしか、考えてなかったよ?」
いま思うと、子供すぎるよね?って、明日菜が笑う。
「先輩が言ってたんだ、前に。その先輩は、22歳までは好きなことするって、自分で決めてたみたい」
「22?」
「うん、大学生が卒業して社会人になる年だよ?先輩は進学校にいたから、みんな進学したんだって。でも友達も社会人になるから、22歳を一区切りにするって言って、本当にモデルやめて、地元で正社員になってた」
雰囲気が真央に似ていた?かなあ。って明日菜は言うけど、
「いまもあの言葉があるかも」
「俺や柴原は、違うかなあ」
俺たちの大学は浪人組も多いし、まあはねをのばしすぎて、留年もあるしなあ。
大学院で学び博士課程にすすむ人たちもいる。
そうなると、22歳は微妙だ。
幼馴染の数人は専門の高校をえらんで、俺より先に社会にでて、あの成人式ではビックリした。
素直に俺たち学生とは、違うなんかがあった。
ー赤木は、どうだったかな?
一よくわかんないけど、騒いでたような?
柴原の実家から、紅白饅頭が配られたような?
あの日、懐かしい顔触れがあり、けど、
ー俺、女子、ほとんどわからなかった。
野郎すら怪しかった。
俺と柴原が行ってた高校は、地域が違うから、別に集まってたな。
俺は変わらず柴原のフンとして、ついて行ってた。
柴原が渡せなかった俺から明日菜へのプレゼント。
アイツがフラッシュに怯えて、渡せなくて、
ー悔し泣きしていた。
どうして、こんなことが怖いかわからない。
そう泣いた。
たくさんの刺激が俺たちの五感をただ刺激していく。
耳を塞いで、目を閉じて、違う痛みで誤魔化したって、
ー克服できない。
わからないんだ。ほんとうに。どうにかしたいんだ。
困らせたいわけじゃない。叫びたいわけじゃない。キレてるわけじゃない。
だけど、
「春馬くん?」
気遣わしげに、心配そうに、俺を見上げてくる明日菜に。
「うん、明日菜に逢えてよかったよ?俺も柴原も」
「だから、なんで真央⁈」
「ーあきらめてくれ、もはやもう柴原は、俺のこだわりだ」
「ウシガエルと真央は?」
「ーえっ?」
ーどっち⁈
明日菜がクスクス笑って、
「私も大好きだよ?春馬くん、も、真央も」
たくさんの、であいが、タイミングが、時代が、ただ、時間が、
大切なものを苦しめて、けど、つつんで、ただ、いま生きてる。
それなら、さ?
「ウシガエルより、柴原だな」
「そこは、私じゃないの⁈」
相変わらず短気な明日菜に、俺は笑ったんだ。




