第33話
「ー逢いたいな」
そうぽつりとつぶやく明日菜をみて、わたしはつい口もとがゆるむ。
明日菜はそのキレイな黒色瞳を私にむけて、首を傾げた。
その瞳には、もうあの、カゲ、がない。
あの南九州の片田舎。
南九州の片田舎だから、
ーとても寒い日。
私たちの中学校は、すこし山にあった。
冬になると教室から、稲刈りが終わり休耕地になった場所に、
ー日本猿の群れが、山から降りてきていた。
たまに目にする光景で、たまにだけど、同じ市内だけど、校区はひろくて、猿を見たことがない子もいるから、
ー授業が、たまに、中断する。
教師もぶつぶつ文句を言いながらも、好奇心に勝てなくて、
ー猿、見学がある。
山間の学校だし、休耕田だから、猿を追い払う爆竹はならなかった。
猿のグループは、しばらくしたら、山に帰って行ったし、さすがに猿が山に帰る頃には、授業は再開していた。
都会にある高校で、その話をしたら、かなり驚いていたし、
ー当たり前にわいるよ?
って、子もいた。
私と村上の出身校だとそうなる。
県内から、たくさん集まっていたから、都会だけじゃなく、山も、海もいた。
いないのは、空かなあ?
ー空。かあ。
私たちの出身県にもあるけど、隣県には、全国的に、有名な特攻基地がある。
私は私の子を、何歳になったら、連れて行くんだろ?
ニュースはいまも、爆音と悲鳴に溢れていて、憎しみと哀しみの負の連鎖をとめたのは、
ー圧倒的な力で、国力と科学力をみせつけた2発の爆弾。
一瞬で何もかもを破壊する力をもった。
あの力で、
ー人間兵器をとめた。狂気をとめた。
…とめたのは、ラジオ?
あの放送で、
だけど、すぐには、止まらなかった、負の連鎖。
哀しみの火種はいつだって、つよい怒りを呼び起こす。
私や村上がいちばん、嫌な感情だ。
ー負の気配。
私と村上には、あまり勝ち負けがない。
勝ちには、こだわらない。
村上が長距離が得意なくせに、一位にならない理由。
ー前にだれかいた方が楽。
だって、落とし穴やなんか予測できないことがあっても、
ー先に行く人がなる。
村上がクルマの運転で、わりと道を後続車にゆずる理由。
ー急いでるから、道をゆずるんだよ?だって、パトカーやスピード取り締まりは、なんとなくわかるけど、
ー白バイは、よくわからない。覆面も後ろだとわからない。
たまにバックミラーみて、ビックリするらしい。
というか、村上は、よくあるらしい。
ーあんな車を買うからだよ?
だって、中古車だぞ?カラーリングは選べないぞ?
村上は、運転がすきだから、正規ローンで買っていた。
ー便利なシステムで、まあ、無保険もへる。
よく考えたなあ。
スマホの返却みたい。
「真央?」
明日菜が首を傾げて、少し幼い声で私の名前をよんだ。
ーああ、やっと、明日菜だね?
あの真冬の屋上できいた凍きった声じゃない。
ー明日菜だ。
「ーあいたい?」
私の言葉に明日菜は、素直に、こくんと、頷いた。
素直だなあ。
「私もあいたいから、もう帰るかな?あっ、でも鍵どうしよう?」
明日菜のマネージャーさんからは、鍵を預かっている。
明日菜が心配そうな顔をして、スマホを取り出した。
そして、かける。
「あっ、明日菜です。ーはい、真央も。それで、千夏さん、鍵はー?いえ、いま確認してください?ほんとうに?ーありました?…スマホに地図ください。いえ、必ずもっていきます」
スマホを切って、明日菜がため息をついた。
そして、私に手を差し出して、
「真央、ごめんね?鍵をくれる?」
「加納さん、鍵を持っていかなかったの?」
「うん。とどけてくる」
「まちなよ。いま村上を呼ぶから」
「けど、お仕事がー」
明日菜がちょっと哀しそうな顔をしたから、私はピンって、その頭を軽く親指と小指をくっ付けて、はなしてはじく。
ようはデコピンだ。
「痛っ?」
「小指だからそんなに痛くないでしょ?いまの村上なら、すぐ来てくれるよ?ついでに私も送ってもらうから」
「ー真央、春馬くんを…」
明日菜が口を開いたけど、どうせ、小言だろから、スマホのアドレスをひらいた。




