第31話
千夏さんが私を案内してくれたのは、千夏さんの住む福岡支社の寮がわりのマンションだったけど、そこにいたのは、
「えっ?真央?」
「ヤッホー、明日菜。久しぶりだね?」
にっこり笑う真央がいた。
だから、私はつい真央の奥の部屋を視線で探してしまう。
「赤ちゃんもいるの?」
「ううん。イケメン先輩にまかせてきたよ?」
「そうなんだ。だいじょうぶなの?」
「うちの場合は、先輩のほうが、子育てには、神経質かなあ。でもイケメン先輩の場合は口だけじゃなくて、自分で、やってくれるから楽だよ?」
ネットや職場の育児話、育児本なんかを、熱心によんで興味をもっても、口だけ、はさむなら、
ーもはやいらないよ?おむつかえて、ミルクやって、おふろいれたら、イクメンだから、口をはさむ権利はある?
ー口をはさむだけ?
誰目線の話に、なるの?
ー?
父親、じゃないの?
あっちの奥さんは、だれだれのお母さんはー。
ーなら、自分で、やりなよ?
見本を、見せてくれたらやるよ?
そもそも、
ーあの子は、できてる。なんでできない。
そりゃあ、違うよ?
一億人いるなら一億個の個性がある。一億個の発達過程がある。
もちろん、基準がいるのは、わかるけど。
小学生のある程度の年齢まで、ううん、もしかしたら、学生時代にはずっと、早生まれの子供たちには、厳しい世界かもしれない。
なんで日本は、4月入学にこだわったんだろう?
世界基準は、興味がないからわからないけど、干支にこだわるなら、干支で考えたら混乱しないのに。
だって、私は巳年。春馬くんは午年だけど、同じ学年だかけど。たった数日違いで、一月生まれだと、干支違い。
ー?
考えても仕方なくて、その理屈だと、春馬くんは私と学年が違って、修学旅行でもおなじ班になっていない。
ーそれは、嫌だ。
なら、いいのかな?
ーそれに。
「イケメン先輩、いつも思うけど、すごいね?」
「まあ、私の旦那様だし?私たちの宝物のパパだし?」
クスクスと真央がわらう。とても穏やかな顔で。
ー真央が、変わった。
「真央もすごいね?私は子供ができても、春馬くんに任せて遊びに行ける気がしない」
「あー、明日菜は、そのタイプになるのかなあ。けど、まあ、どっちもわかるよね。あの父親の意見も、ある意味ただしいのかな?って思うしね」
「なにをしても奥さんに怒られるから、育児に参加しないって、やつ?」
「うん」
「春馬くんは積極的に、育児に参加しそうだけど」
「明日菜は、村上のやり方をゆるせそう?」
「・・・無理かも」
なんとなく、イヤな予感がする。真央は笑った。
「だよね?」
だけど、お腹を痛めて産んだなら、仕方なくない?母親優先じゃダメなの?
って、まだ産んでない私が思うのも違うし、たぶん、真央は違いみたいだし?
「真央は、なんでー」
私がいいかけたところで、千夏さんが苦笑して、口をはさんできた。
「こんな玄関先でする話でもないし、中でしましょう?」
あっ、たしかに、玄関だった。私は焦る。だって、人の目や耳はまだ怖い。というか、加納さんだけならいいけど、真央は巻き込めない。
「おじゃまします」
私が例のNマークのスニーカーを脱いだら、
「いらっしゃい。で、いってきます」
って千夏さんがいって、おどろいた。
「ーはい?」
「私はまだ仕事の付き合いというか、あの記者と話があるから、先に帰ってて。既婚者同士しか、わからない悩みもあると思うし?」
「・・・千夏さん私の悩みに、気づいてました?」
「具体的な悩みは、私は、よくわからないけど。明日菜の悩みは、だいたい村上くんがらみでしょ?なら、私よりも真央ちゃんよね?」
「私って、春馬くん以外で、悩みないんですか?」
「あら?ちがうの?」
「・・・ちがいませんけど」
なんか悔しい。もともと私は、負けず嫌いなんだから。
「じゃあ、真央ちゃん、明日菜をよろしくね?」
「私は、もう子供じゃないですよ?」
すこし拗ねてしまったら、千夏さんが優しい笑みをうかべて、私のあたまをやさしくなでた。
「・・・そうね。大きくなったし、キレイになったわ」
すこし寂しそうな、切なそうな言葉に、
「まだ子供ですよ?」
って、全く逆の言葉がついでてしまって、
「明日菜、かわいい!」
って、真央に、抱きしめられた。
真央は私よりも背が高いから、すっぽりと抱きしめられて、ミルクの、赤ちゃんのにおいが、やっぱり優しく香ってきた。
ね?
春馬くん。
真央は、
―ママに、なったんだね。
当たり前のことを、私は再確認していたんだ。




