萌 SS
私はちょっとドキドキしながら、みなれたインターホンをならす。
最近までは、いつも不用心に、あいていた鍵が、いまは、しっかりかけられるようになった。
玄関には、警備会社の防犯カメラまである。
つけるときには、マンションの人たちに説明して、謝ってたけど、うちのマンションは、わりと寛大だ。
そうでなけば、きっと、お隣さんは変わってる。
今日は、空たちは、お出かけしている。
私は部活があったから、まにあわなかった。
ー村上くんに頼んでおくから。
そうお母さんは言って、私は、
ー思春期まっただなかの娘を、いくらお隣さんでよく知ってるからって、若い男の人の家に、気軽に遊びに行かせるのって、どうなの?
と、思うけど、そもそも春馬お兄ちゃんとは、お母さんより私が先に仲良くなった。
ー私のたいせつな、初恋。
は、自覚するより先に、叶わなかった。
初恋は、知らない間に、恋していて、
ー自覚ないまま、失恋して気づく場合もあるんだ。
そう私はしった。
春馬お兄ちゃんは、やさしくて、不思議なことをたくさんやるけど、いつも、どこか寂しげで、
ー顔も声も、もう覚えてないお父さんに、
ーただ、逢いたい。
そう願っていた私と同じにみえた。
このひろい世界で、こんなに、たくさんの人がいるのに。
福岡都市圏の星は、やっぱり、満天とは言えなくて、ただ、なんだか、わからないウィルスで、たくさんの楽しいものがなくなって、大人たちはピリピリしていて、
ーニュースは、いつだって、だれかの悪口を言ってる。
ねえ?お父さん。
私はもう写真でしかわからない年齢になってさ?
パパはやさしいけど、やさしいだけじゃないけど、きちんと、パパだけど、
ねえ?お父さん。
星を見ながら、思うんだよ?
お父さんの場所は、もう心配なんてなにもない?
人はやさしい?
いらない情報は、もう入らない?
宇宙は、空気がないから、無音、なんだよね?
ーだから、ひとは星に、願いを、かけるのかな?
なにを言っても、言葉にしても、
ー声にしても、届かないなら、聞こえない。
ーきかないですむなら、気にしない?
そう思いながら、夜空を見ていたら、よく春馬お兄ちゃんは、ハーシェル兄妹の話をしてくれた。
そして、福岡都市圏をみながら、
「女子ってみんな、星や星座すきだなあ。
いや、神話かな?星座占いとか好きだもんなあ」
と、言ったあと、
「いや、あのふたりはー?」
って首を傾げていた。
ーふたり?
春馬お兄ちゃんに彼女がいるのは、知っていたけど、春馬お兄ちゃんはずーっと、俺は大人気女優の恋人だって、相変わらず意味不明な宣言してたけど、
ー意味不明なファン心理って思ってたら、
ほんとうに結婚しちゃってた。
はじめて明日菜お姉ちゃんを目にしたとき、はじめて、
ー初恋を自覚して、自覚した瞬間に、
ー終わったよ?お父さん?
私はそう苦笑いしながら、呼び鈴をならす。
「萌です」
そう言ったらすぐにドアがあいて、中からきれいな女の人が現れて、
「いらっしゃい。萌ちゃん」
とても優しい瞳をして笑う神城明日菜さんがいた。
若手人気ナンバーワン女優の名を欲しいままにしていて、私の中学校でもたくさんファンがいる。
サインはすべて断ってるけど、頼んでも明日菜お姉ちゃんは、たぶん、きっと書いてくれるけど。
ー女子限定だろうなあ。
春馬お兄ちゃんの顔が微妙にかわる。
「こんにちは。明日菜お姉ちゃん。お昼ごはん、たべにきたよ?」
「うん。私もいまさっき、帰ってきたから、お土産あるよ?一緒に食べよう?」
そう言って、テーブルには、駅弁。
私は歓声をあげた。
だって、駅弁って、なかなか食べられない。
ハイテンションに一気になる視界の片隅で、ソファに寝転がり、両手のなかで、ルービックキューブをすごい速さでぐるぐるまわしてる春馬お兄ちゃんがいた。
「春馬お兄ちゃん、何やってんの?」
「ルービックキューブだよ?」
たまに明日菜お姉ちゃんは、天然だ。
ルービックキューブなのは、みればわかる、
「なんかぼんやりしたいんだって」
「へっ?」
「違うかなあ?考えごとするため、だったかなあ?ルービックキューブしながら、脳の暴走をとめるとか、よく真央も言ってたよ?みていたら、目がまわりそうだけど」
すごい指の速さで、くるくるルービックキューブが春馬お兄ちゃんのでの中で一面ずつそろったり、ばらけたり、全色そろったり、ばらけたり。
春馬お兄ちゃんは、ただ、ぼんやり、ぐるぐるまわしている。
ただ、ルービックキューブが手の中でまわり、春馬お兄ちゃんは、ぼんやりそれをみてる。
「もう考えるより指が動くんだって。お題出したら、止まるけど、あれは、あれで楽しそうだから、いいかなあって」
苦笑いしながら、
ー私が帰ってきたのも、気づいてないんだ。
そう明日菜お姉ちゃんは言った。
私はたまに明日菜お姉ちゃんから、春馬お兄ちゃんとの遠距離恋愛についてきくけど、
ー最低な彼氏。
って、いまは春馬お兄ちゃんの評価がちょっとかわった。
「あっ」
春馬お兄ちゃんがつぶやいて、ルービックキューブが春馬お兄ちゃんの手からおちる。
指が滑って落ちたらしい。
床に転がるルービックキューブを明日菜お姉ちゃんが拾ってわたした。
「はい。春馬くん」
「あれ?明日菜?お帰り。いつ帰ってきたんだ?」
キョトンとして春馬お兄ちゃんの少し茶色がかった瞳が明日菜お姉ちゃんを見ている。
「すこし前かな?なんか考えごと?」
「うん。仕事で、ちょっとな。頭整理したくて。あれ?萌ちゃんもおかえり?」
「ただいま、春馬お兄ちゃん」
「そういえば、軍曹たちお出かけだったよな?なんか買いにー、あれ?におい?」
「うん。駅弁買ってきたよ?食べよう?」
にっこり笑う明日菜お姉ちゃんに手を引かれて、春馬お兄ちゃんが起き上がる。
ふつうにドラマのワンシーンにみえる、
ー日常生活は、ドラマにあふれてる。
ね?お父さん。
なんか私はそう思ったんだ。
星をみるのは、大好きで、天文学者さんには、女性がたくさんいる。
だって、
ー女の子は、星座占いが大好きな子が多くて、
星座占いは、
ーたくさんのラブストーリーにあふれている。
星に、願いをかくながら、
たくさんのラブストーリーを夢見てる。
ね?
お父さん。
私は、今日も笑って、お父さんをみあげるよ?
幼い私がずーっと見上げていた、お父さん。
高い高いは、もうむり?
違うよ?
私が地球から、
とおいお父さんを、
ー高い高いしてるんた。
たくさんの星が瞬くなら、それ以上に太陽の光を浴びて、
いつか手の中の太陽を、お父さんにとどけにいくよ?
たくさんの世界を私がみてからね?
カロライン・ハーシェルさんみたいに長生きできるかは、わからないけど。
ずーっと、考えてる。
ね?
お父さん、
私にはたくさんの世界がまだまだあるから、たくさん、知りたいから、
次は恋した瞬間、恋したいなあ。
って、思ったんだ。