SS 春馬の本棚
台風が、今年もやってくる。
俺は妻に言われ、いまは、誰もいない息子たちの部屋の雨戸を、閉めに行った、
雨戸がある部屋はすべて閉める。
昔から、ガムテープで補強はあったが、台風が過ぎたあと、きれいに剥がすのに、苦労した記憶がある。
いまは、便利なものがたくさんある。
息子たちがはったシールも、きれいに妻が取ろうとして、親父がとめていた。
ーいつか記憶になるから、少しは残しておいた方がいい。
妻は不満そうだったが、いまは、たしかに懐かしい。
居間の片隅に、目立たない場所に、長男の竜生がはったシールだ。
はやりだったキャラクターのシール。
春馬は、なぜか竜生がはがしたシールの残りで満足する子供だった。
もっというと、シールがくっついてた紙の光沢に興味があるようだった、
竜生がシールをとっても、残りの紙とシールの枠で遊んでいた。
だから居間には、竜生がはったシールしかないが、当然、春馬の部屋には、春馬の私物がいまもある。
長男の竜生は、大学まで家から通っていたから、まだ生活感があるが、次男の春馬がこの家に帰ってきたのは、
「二十歳の成人式だな」
もうだいぶ帰ってきていない。
ー帰れない。
俺も職業柄、やく3年、会いには、行けなかった。
まあ、最近、チラッとだけ見たが。
しっかり、ガレージにいれたサイドミラーだけあかくてボディは白のデミオ。
同じカラーリングで、サイドミラーが黒もあるのに、なぜか妻は、
ーあら、かわいい、パンダみたいな車ね。
そう言った。
あかいパンダなんかいるのか?
たしかに言われたら、課内の若い女性が持っていたキーホルダーみたいな、ぬいぐるみにいたような?
春馬は色は選べなかったと話していた。たんに、マニュアル車にこだわったら、このカラーリングだった。
まあ、いまの時代、新車のマニュアルの売れ行きは、わずか10分の1くらいらしい。
それをきいて、俺はふきだしかけた。
ー10分の1。
日本人の真央ちゃんや春馬の確率らしい。
春馬の部屋には、小さな折りたたみ式の座卓がある。
中学から真央ちゃんが、春馬に勉強を教えていた。
ずーっと、俺たちは、真央ちゃんが春馬の彼女だと思っていた。
「だってなあ。この部屋にそんな形跡なんか、、、」
苦笑いしながら、まわりを見渡して、ふと目に入ってきた。
俺が知り合いからもらった、ふるいミザールの天体望遠鏡のとなりにある本棚の本が、
ー傾いている。
数冊分、ぬかれている。
春馬はわりと、本棚の本の並び方には、こだわりがあるヤツだ。
本棚の本が傾いてる?
俺は本棚に近づけてみる。手を伸ばして、傾いた本をまっすぐにすると、なにかの紙片がでてきた。
小さなメモ?いや、付箋か?
少女特有の文字だ、
ー表紙もだけど、このページからだよ?
「そっか」
俺は、付箋をもどし、本を支えていた方手をはなした。
また同じように本が傾くのをみる。
このスペース分は、きちんと福岡に持って行ったのか。
アルバムたぐいは、置いてある。
「ーん?」
小学と高校の卒業アルバムは、あるが、中学のやつはー?
俺はもう一度、部屋を見渡し、春馬の勉強机の片隅にみつけた。
春馬がよく作っていた箱型の簡易分光器もどきと、図鑑。
その片隅にあった。
ーなんで、こんなところに?
不思議に思って、手にとると、パッとあるページだけが開いた。
何回もみた証だ。
そして、俺は納得した。
「ーそうだよな?春馬」
まちがいなくお前の宝物だ。
修学旅行のひとページに、小さな人影が写っていた。
メインは春馬たちの班じゃないが、紛れ込む人影。
ピントがややズレているが、
真央ちゃんと、彼女。
そして、その後ろに半分ほど見切れる、
ー春馬。
その小さな人影が、
春馬の目は、
ー真央ちゃんじゃなく、
「そっか。初恋を叶えたんだな?」
俺はただ、笑って、
ー俺はみてるだけで、終わったよな。
ほろ苦い想い出を振り返ってた。