第19話 彼氏とトイレと彼女
「春馬くん大丈夫?」
優しくいたわるような、声がする。
明日菜が、風呂から上がったんだ。
そう頭では、理解できたけど、一度こみあげてきてしまった、10年分の明日菜への想いは、とめようとしても、もうどうしょうも、なかったんだ。
むしろ、その優しさを、滅茶苦茶にしたくなる、暴力じみた衝動が、俺を襲う。
いままでに、知らない感情だ。
明日菜が、ドラマや映画で他の男とキスしたり、抱き合ったり、そういうのを見せられても、テレビ電話なら、平気だったのに。
いざ、明日菜を目の前にしたら、この醜い嫉妬を、俺がいちばん大切にしたい明日菜にぶつけてしまう。
本当は、
ー嫌だと。
演技でも、誰にも触らせたくないし、他の男になんか、触れないでくれ。
俺の以外の男に、あんな甘い笑顔を、見せないでくれ。
下着姿なんかー、みたくなかった。
あんな姿を、俺以外の誰もが見るなんて、本当は耐えられなかった。
性欲を発散するなら、明日菜を忘れられるなら、俺は、いつだって、釣りに行った。
運転だって、ぼんやりしていたら、明日菜のことばかり、思い出すから、いちいち面倒な操作のマニュアル車を、えらんだ。
明日菜を、一瞬でもわすれられるなら、なんだって、よかった。
明日菜が、メディアに、出ればでるほど、スマホを俺は手にしなくなった。
きれいでかわいい明日菜に似合いそうなアクセサリーなんかを見るたびに、もっと、上等なやつを明日菜は、俺の知らない誰かから、もらっているかもしれないと思うと、どうしても、買えなかった。
せめて、俺のことを、俺がいる福岡を、くだらない方法で、アピールし続けた。
すべてが、明日菜を、忘れるためで、でも、忘れられたくない、俺のわがままな感情だ。
「ねぇ、春馬くん、ここをあけて?」
もう一度、明日菜の声が、したけど、俺は開ける気にならなかった。
トイレのドアをあけたら、すべてが終わってしまう気がした。