彼女と、撮影と、あの日の海。
撮影場所について驚いた。
だってそこは、私にとっては、最近も優菜とも訪れたもう見知った場所だったから。
潮風のにおいと、まだ早朝のにおいが漂う場所。
曇り空だけど、海は、青く輝いていた。
そう、
ーあの、海、だ。
ロケとはきいていたけど、なんで?
「驚いた?明日菜?」
クスクスと千夏さんが、イタズラが成功した子供のように笑う。
ときどき、うちのマネージャーは、こういうドッキリというか、イタズラをしかけてくる。
まるで子供みたいだ。
私の東京のお母さんみたいなマネージャー。加納千夏さん。
ちなみに、ほんとうのお母さんは、こんなイタズラはしない。
するならお姉ちゃんかなあ?
いや、東京の後輩たちかあ。
ー明日菜先輩のマネージャーさんは、過保護すぎます。
そう言う後輩たちは、もっと、私に過保護かなあ?
「雑誌の撮影じゃないんですか?」
「もちろん。雑誌の撮影よ。あの腕時計の話も、ききたいんですって」
「いいですけど。邪魔に、ならないですか?」
平日だけど、春馬くんのいうアサマヅメの時間帯にはいる。釣りをしているひとたちが、チラホラいた。
平日がお休みの人も多いし、春馬くんみたいに、
ーつい、うっかり、会社帰りによったら、朝までいた。
も、いる・・・のかなあ。
春馬くんにいわせたら、かなりの確率でいるって、言い張るけど。
春馬くんは、あのお魚釣りをしているけど、時々、
ーヒュッ!
って、キャストしたラインが風をきる音がしている。
春馬くんもたまにやっているとけど、釣り竿ー春馬くん的には、ロッドっていうらしい。
でも私には、釣り竿にしか見えない。
その釣り竿さえ、あえてわかるちがいなら、細いか短いか?
春馬くんの大切にしている釣り道具のコレクションだけど、私は、みてもよくわからない。
楽しそうに、このエギはさあ。そう説明されても、
ー色や大きさの違いの他に、なにがちがうの?
そもそも、
どうしてイカって、抱きつくっていうのかなあ。
タコもいうかあ。
長くて多い手足で、抱きつく。
ーなるほど、未知にちかい。宇宙人がよくイカやタコの絵になる理由かあ。
まだ東京にいた頃、春馬くんから今日、はじめて抱きつかれてさあ。
って、メッセージがきたときに、あわてて電話したけど、やっぱり春馬くんは、電話にでなくて、真央に確認した。
あとから春馬くんは、真央にすごく怒られたらしい。
すまなそうに、
ーイカ釣りについて説明された。
私もなんか、ごめん、って気になったような?ならなかったような?
最近は、18歳からの記憶が、すこしずつ曖昧になってきたのかな?
そう感じることがある。
ーつらかった。そう言えたからかなあ?
よくわからないけど、あれは、春馬くんが悪い。
たぶん、千夏さんみたいに、ドッキリやイタズラ感覚か、
ー他の人とラブシーンを演じてる私に対して、アピールだったのかなあ。
ただ、春馬くんの場合は、なんにも考えてないよね?
って、わかる。
ただの釣り用語だし。けど、たまによく春馬くんも真央も主語をとばす。
私には、
ー?
だけど、ふたりには、通じてる。
春馬くんは、いままわりで、ビュンビュン、それこそ空気を、きりさくような音をたてて、キャスティングしている人たちと、同じエギングをしているけど。
イカの釣り方もたくさんある。
ふつうに豆アジを生き餌にして、満潮の時に湾内に入ってくるアオリイカを狙うんだ。
イカが豆アジにちかづくと、あたりまえだけど、天敵が近づくわけだから、豆アジは逃げ回る。
竿先やリールのラインが独特のでかたをしていくから、じっくりと待つ。いわゆる前あたりになるんだけど。
そこからイカとのかけひきになる。
ヒラメみたいに早合わせ、というか、ヤエンっていう形が独特のイカ釣り用の針を、ラインにひっかけて、イカの元まで送り込むわけだけど、まだイカがしっかり、アジにだきついてないと、はなしてしまう。
イカがしっかり抱きついて、豆アジを食べ食べしたら、やっとヤエンの出番になるんだ。
かなりの頭脳戦になるんだぞ?
だって生き餌に針はついていない。
いや、たしかにアジをひっかけるための針は、あるけど、青物なら、それでいけるけど。
イカは、それだとむりかなあ?
かなり確率がさがると思う。絶対につれないとは言えないけど。
ってわらっていたけど、春馬くんやいままわりでやっているエギングと、なにがちがうんだろ?
でも、そういえばエギングやルアーは、高齢者はあまりしていない。
というか、わかれそうかなあ?
基本的にエサ釣りの人たちがいたら、エギングやルアーって、投げれないしなあ。
って、自分で首を傾げながら、春馬くんが説明してくれた。
ーエギングは、イカが抱きついたら、ラインがものすこごい勢いで、でるんだよ。
もちろんバラシはあるけど、生餌釣りとは、まったく違う。
エギにも独特の針がついているんだ。
ヤエンの針先みたいだと、考えてみてくれたらいい。
いや、最近は100均にもエギは、うってるから、逆かなあ?
ヤエンがわからないのかな?
けどなんて説明するんだろ?
船のイカリがみっつくらい重なって、針みたいになる?
その針が20センチくらいかなあ?
針金のような素材のまっすぐにのびた棒の先端部分に、その針?鈎?が二個くらいあって、途中と後端に、糸を通すガイドって、穴みたいなのが三個くらいある仕掛け?
いまは生餌に、ヤエンみたいな仕掛けも、つけれるタイプもあるし、なんともいえないしなあ。
ただ、エサ釣りは、アジが弱るまで、じっと待つけど、逆にエギングは、常にアクションとキャスティングを繰り返しているんだ。
ー生餌は、じっと考えながら、まつ将棋?
ーエギングは、投げ続ける先発ピッチャー?
いろんな変化球をおりまぜてー。
あっ、ストライクじゃ、だめじゃん?!
バットの真芯でとらえて、ホームランうたせないと。
なら、
ー打撃投手か?
って首をかしげていた。
ね?
春馬くん。
私に野球をきかれても、よくわからないよ?
たしかに始球式のお仕事もあったけど、自分なりに練習したけど、まっすぐ飛んだけど、キャッチャーまでは、とどかなかった。
そういえば、やっぱり春馬くんの試合をしているところを、一度くらいは、みたかったなあ。
ユニフォーム姿は、目にしていたけど、私の記憶に残っているのは、春馬くんと、あの夏のなんともいえないグランドの土と、部室のにおいとー。
ームカデ。
・・・どうしてもファーストキスを思いだすと、
ームカデ、がセットでついてくる。
春馬くんがあの魚を釣るときに、たまに、ムカデみたいなムシを、餌にしているけど。
地味にかまれると痛いって、言ってるけど。
私は、いつも春馬くんから、はなれた位置でみてる。
最初は、ものめずらしさもあったし、春馬くんのそばにいたくて、釣りにもついていったけれど。
釣りをしない私には、退屈で、つい車でうとうとしていた。
最近はあたたかく、というか暑くなってきたから、春馬くんがこっそり私が寝てる間にいっている。
ほんとうは、なにかあった時のためにも、1人じゃない方がいいんだろうけど。
釣りに行ってると、ほんとうに、よくわかる。
釣り人が第一発見者。
って、春馬くんが神妙な顔になる。
春馬くん自身は見たことないけど、やたらパトカーばかりだな?って思ったら、たまにある。
それ以来、行ってない場所は何ヶ所かある。
柴原にとめられたし、行くのもなんかなあ。
って、言ってた。
私はきいたことがないから、私には真央が隠していたんだろうなあ。
ーヒョウモンタコだって、心配した私だから。
東京にいた時にきいたら、私はどう思ったんだろう?
純子さんの亡くなった、たいせつな轟木零一さんー愛情こめて、零さんて呼んでたなあ。
あれは壱さんへの配慮もあるのかな?
純子さんの零さんへの想いを知って、うえの上野さんの想いも知って、監督や、たくさんのひとたちの願いや叫びを知って、
ー泣きたいくらいのふかい優しさを知って、たくさんの痛みを知って、
ーそれでも、いまを生きる。
そう学んだ。
私はあさまずめの海を見つめる。
あの日は、こんなふうに、曇りじゃなかった。
ただ、薄暗くて、でも暗闇じゃなかった。
もう暗闇じゃなかった。
ただ、ふわふわした世界で、ただ、楽で。
けど、まわりのあたたかさも、なんとなく気づいてたけど。
あのふわふわな世界は、ほんとうに、ふわふわしてるんだ。
ふわふわすぎて、天気がいいと、ぽかぽかしてふわふわになって、
ーなんか身体が軽く感じるけど、
またすぐに湿気で、じめじめどころか、雨でびしょ濡れになって。
よくわからない世界を、ただ、ふわふわな世界の出口を探したかったけど。
ーよく覚えてないなあ。もう。
ほんとうに、よくわからない。
ただ、
ーキツイ。
ーほんとうに、
ーキツイ。
身体がだるくて、おもくて、けど。
ーまだまだ、がんばらなきゃ。がんばれるんだ。
そう思ってた。
つかれきった私を千夏さんが、
ーよくがんばったね?もういいよ?
ゆっくり休もうよ?
そうゆるしてくれた。
あの時、感じたどうしょうもない疲労感は、
ーただ、つかれたんだ。
もう、がんばれない。
はじめて、そう思った。私はナニにそう思ったんだろ?
ただ、千夏さんも会社も家族も後輩も寮母さんも、真央も、
ーだれよりも、春馬くんが、それをゆるしてくれた。
私が春馬くんを忘れることを、ゆるしてくれた。
ゆるして、みまもり、
そして、
ー最後にものすごく強引に釣り上げたよね?
私はクスクスと笑ってしまう。
ふと視界に、釣れた!って、はしゃぐ女の人が目に入る。
さいきんはふつうに、若い女性アングラーが多い。
私の知ってる人も何人か釣りをしてる。船釣りも多いかなあ?
春馬くんに釣りを教えてくれた先輩が関西でよくジギングでブリを釣ってるらしい。
俺も船舶免許ほしいけど、
ー仕事しないで海ばっかり行きそうだから、無理だなぁ。
春馬くんはぼやいていた。
ブリなら私も食べたいけど。船酔いするかなあ?
タイとかめちゃくちゃ大きなサイズに、なるらしい。
ちなみに外国のとあるウサギもバカでかい。名前通りにバカでかい。
まあ、でかい理由もわかるけどさあ。わからないで見たら!ビビりそうだよな?
ね?
春馬くん。
ーなんで、タイから、ウサギを思い出すのかなあ。
私はあきれたけど、それが私の旦那様で、
「あら?晴れてきたかしら?」
青い海の真上にある曇り空の隙間から、まぶしい朝の光が、海面を金色に輝かせる。
まるで、あの日のように。
ね?
春馬くん。
もしも、
ー春馬くんが、やすみたいときは、
こんどは、私がつかれた身体を、つつみこむよ?
必ず光はさすんだ。
私は曇空の隙間からさす光の道に、ただ笑った。
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続きはR15にしているため別話になります。
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不定期でこちらもR15以下のSSアップします。
移動すみません。