⑱ 彼氏とスーパースター双子のあの土管。
俺はパソコンの画面を、じっと見つめていた。
貴重な東京とのオンライン。
明日菜がぼんやりした瞳で、また、ふとねむりについた。
ベッドの上で、壁に寄りかかりながら、ただまた、うつらうつらしている。
明日菜が寝ていた。
初めて会う明日中のお母さんが、心配そうに画面越しに言う。
「ずーっと、こんな調子なの。私たちが声をかけたら、ふって、目は私をみるんだけど、笑うんだけど」
ーだいじょうぶだよ?
人形のように、そう笑う。
かなしそうに、明日菜のお母さんは、言った。
「まるで、ふかい底なし沼に、いるみたいな気分よ。どんなに手を差し伸ばしても、明日菜は拒否してる。明日菜がみずから、どんどん沼に、入っていくみたい」
なるほど。
そういう考え方もあるのかあ。
俺は、じっと眠る明日菜を見つめる。
こちらのカメラは切っているから、明日菜が俺の顔を見ることはないし、明日菜のお母さんには、イヤホンマイクをつけてもらっている。
便利な時代だ。福岡と東京で簡単に、自宅にいて、生中継できる。
俺の親父の時代は、歌番組の生中継でさえ、いろんなトラブルが、たまにあったけど。
生中継、ってテレビだけかと思ってたら、いまは、LIVE映像とかいうらしい。
どんどん横文字になっていって、不思議なことに、小説まで横書きだ。
そうなると、たまに小説によっては、縦書きが原文だと、ちょっと、おかしくなる。
だって、横書きを基調に、表現されるから。
たまにネット小説で、ああ縦書きの記述を守るから、いい作品だけど読みにくさがくるのかあ。
は、ある。柴原が試しに、横書き小説を縦書きにしてみたら、
ー違う印象になった。
俺も見た目でわかった。
で、まあ、どっちも、あり、なんだろうなあ。
視覚優位な俺には、不思議な縦書き、横書き。
けど会社の書類で縦書きって、あんまりないよなあ。
いろんな文章のほとんど、横書きだしなあ。
じゃあ、いま寝ている明日菜の夢は、どっち書きで、文字や言葉は流れてるのかな?
そもそも言葉や声、音は、文字にすると無限にひろがるけど、
いま話している言葉は、声なんだよな?
だれが決めたかわからないけど、
ーべんり。
そして、俺の頭が絶好調に、今日もぐるぐるまわってる。
明日菜のお母さんは心配しているのに、俺は明日菜がみている夢で、見当違いなことを考えている。
だってさあ。底なし沼ならさあ。
「なら、底なし沼の底には、きっとあの土管がありますよ?」
「はっ?」
「毎日、歯ブラシしてるから、ピカピカですよ?俺」
「………」
雰囲気は明日菜によく似ているけど、やっぱり、明日菜じゃない。
白い目で見られて、俺は明日菜を見つめる。
ほら?みろ?
ー俺につきあってくれるのは、明日菜だけだぞ?
はやく目覚めてくれとは、言わないけどさ。
ただ、ゆっくり、休んでくれたらいいよ?
底なし沼なら、きっと、もっと、未来はひろがるさ。
底なし沼は、一度足を入れちゃうとさ、ズブズブって、泥が足にまとわりついて、重たくなっていくんだ。
そこで、ふみとどまるなら、いつかは陽光で、泥は乾いて、パリパリになって、はがれおちる。
また足が抜け出せて、身体が動く。そのうち、足の泥だって剥がせるけどさ。
もしもさ?
明日菜が底なし沼に、沈んじゃっても、底なし沼だぞ?
底が、ないんだぞ?
底がない原因は、あの世界的大スターの、双子のチョビ髭の、配管工屋の土管かもしれないぞ?
ワープできる貴重な土管だぞ?
もしかしたら、金貨ザックザックだぞ?
そこに吸い込まれて、けど、新しい世界に、土管の出口が、まだ怖いなら、
あと少しで、膝を丸めてうずくまっても、なあ?
俺は画面の中で、うつらうつらしている明日菜を見つめる。
「だいじょうぶだよ?かならず俺がこんどは、ちゃんと、明日菜の手をにぎる」
明日菜が怯えて、立ちすくんでしまった世界に、いちどは、ゆっくり逃げられたなら
ーゆっくり、休めたなら、
また、一緒に歩き出してあげるよ?
ゆっくりでいい。ただ、逃げつづけちゃうのは、ほんとうの意味では、休めなくなるから。
ずーっと、一見、らくな世界でさ、苦しみつづけてしまうんだ。
ひきこもりはね?ほんとうに、ひきこもりなひとも多いんだよ?
世間を知らない。社会を知らない。だから、親の年金めあてって、決めつけるのは、リアルを知らないからなんだ。
だって、世間を知らない。死んでいた親をどうしたらいいかわからない。外に出たことない。食べ物すらわからない。
そうしてー。
親はいつまでも、生きていない。親も保護している方がだんだん、楽になっていくんだ。
ほんとうに、楽なんだ。もちろん、苦悩や葛藤はあるけど。
ひっぱりあげるには、たくさんの奇跡が重なって、紙一重の神業みたいなタイミングに、なるんだろう。
それをつかめるか、みすごすか、は本当に紙一重の数%しかない。
けど、数%はあるんだ、きっと。だけど、一度楽な世界をしっちゃうとね。
弱いんじゃないんだ。弱さじゃない。ほんとうに、世間はそれだけは、誤解しないであげてほしい。
きっと、そこにあるのは、どうしょうもないバックグランドなんだ。
一億人の国民ひとりひとりに。一億個のバックグランドがある。
それなら、さ?
知らない世界の方が、圧倒的に、多くて。そして、きっと、知られない理由があるんだよ?
そして、そのリアルはね、ふつうなら体験しないんだ。
けど、同じリアルと、いまも戦ってる人たちがいて、リアルを知らない人の些細なコメントひとつに、絶望感を抱くかもしれない。
ほんとうに、未来を奪うんだよ?
とくにコロナ禍だ。みんながひきこもりになるような世の中だった。
公園で遊具が封鎖され、ひどい時には、公園すら封鎖された。
ひたすらニュースはコロナとコロナでふえる虐待。
ワクチンを手に入れるのが遅い!そう散々、非難したくせに。
ワクチンをうたせるな!
ーどっちだよ?
ただ、もう勝手にしろよ?他人のことにそんなに興味あるか?
ただ、知ろう?
医療機関は、ほんとうにベッド数が減少されてる。
コロナだけじゃない。コロナのせいでどうしても、入院患者数の制限せざるおえない。
だって、クラスターはおきる。入院前にPCRしたって起きるんだ。
それが進行癌だって、なんだって、そうだぞ?
病床数が逼迫しているんだ。病床数を減らしてるから。
福岡都市圏ですら、そうならさ、地域医療は悲鳴をあげつづけている。
医療機関だけじゃない。たくさんそうで、結局は基本的な、うがい、手洗い、マスク。
コロナの三種の人技を、ひとりひとりがまもるしかない。
そしてwithコロナに対応できるのは、大人だけだ。
傷ついた子供たちに、すぐに対応しなさいは、無理なんだ。
絶対にいったらダメなんだよ?
子供たちの心の傷は、とても深くて、誰よりもきっとコロナを憎んでる。
怯えてるんじゃない。きっと。憎んでる。
なら、
俺はうつらうつらしている明日菜の寝顔に、ただ思う。
ーよくがんばったな?
ーゆっくりやすも?
そうしたら。必ず俺が手を伸ばしてつかまえるよ?
一緒には堕ちてやんねーぞ?
また、土管の奥に行って、違う土管に紛れ込んでも、
「俺が絶対に、先回りして待ちかまえます」
必ず土管から、ひっぱりだしてやる。
ーゆっくりやすんだら。
なあ?俺はかなり執念ぶかいんだぞ?
「明日菜の彼氏歴10年目ですよ?その辺のヤツらと同じにしないでください」
ー絶対に俺が釣り上げてやる。
まあ、そのためには。
ーお嬢様を俺にください。
くださいって、明日菜はものじゃないけど。
あの有名なセリフいるよな?
いままであえて視界に入れてなかった人物たちを前に、背中に嫌な汗をかく、俺だった。
あのスーパースターのちょび髭は、ラスボスどう倒したかなぁ。
実は、ラストまでは、クリアーしたことがない俺。
いつもジャンプて落ちる、俺。
落ちた先に土管ほしいなあ。
ラスボスと目があった。
そらしたくなるのが。まあ、俺だ。
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