⑮ 春馬と野良猫とあの魚
もうすぐゴールデンウィークを迎える4月末。
春の陽射しは、すっかり初夏の陽射しに変わった。
ポカポカ陽気だから、
ーもう長袖は、すこし暑いなあ。
南九州の片田舎育ちの私だけど、東京での暮らしがもう10年。
ビルにさえぎられることもなく、アスファルトの反射もない砂利の駐車場。
ほんとうに、
ー陽射しなんだ。
を、薄手のUVカットのカジュアルな上着からもかんじてる。
ーそれに空気が違う。潮の香りも違う。
私は陽射しに目を細めて、春馬くんの釣りにつきあっていた。
メンバーは、私と春馬くんと優菜。
春馬くんは、優菜のお兄さんも誘ったみたいだけど、優菜のお兄さんは、釣りはしないらしい。
「まあ、興味がなさそうだしなあ」
「お兄ちゃん、興味がないことには、まったく反応ないから」
「まあ、俺も同じだしな。鈴木さんはよかったの?」
「私こそ、新婚さんのお邪魔虫じゃ?」
「俺と明日菜だけじゃ、釣りできないから、助かる」
春馬くんが真顔で言った。
まあ、春馬くんは釣りがしたいけど、私は釣りはしたくない。海が見たいし、釣りをする春馬くんを見てみたい。
だって、私が春馬くんの釣りをしている姿をみたのは、あのふわふわな世界にいたときで、時計のCMだって、逆光でよく見えなくて。
単純にCMをみて興味が出たんだけど。いまは釣りがシーズンを迎えはじめたらしく、人目が多い。
春馬くんは釣りをしたいけど、私はどうしても目立つし、そうなると春馬くんは釣りに集中できない。
私は、ただ春馬くんが楽しそうにしている姿をみてみたくて、
ーあの魚は、見たくない。
なら、エギングかルアーするよ。
春馬くんは言うけど、
ーたぶん、なんかへんな魚を釣る。
春馬くんは、そういう人だから。
正直、釣りをしてる春馬くんは、見てみたいけど、あの魚は見たくない。
私はふつうに、漁港をぶらぶらしたい。だから優菜を誘ったんだ。
ちなみに今日は春馬くんは、私がプレゼントした時計じゃなく、山登りで有名な時計をしている。
なんで釣りで山登りかは、よくわからないけど、アウトドア用だし、最近は潮見表の機能つきもあるらしい。
春馬くんはデザインで違うやつを選んだらしい。
単純に重さで選んだって言っていた。
「そんなに変わらないと思うけど、ルアーやエギングって、つねにアクションするからさ、けっこう腱鞘炎とかになるんだよな」
スマホはウエストポーチに入れてるから、時間を腕時計でみるクセがつくと、腕時計がないのは落ち着かないんだ。
そう笑っていた。単純に私があの魚を嫌だから、春馬くんは私が贈った腕時計をしてないんだと思う。
あのふわふわの世界から、私を釣り上げてくれた時は、私の記憶を呼び起こすためで、福岡支社の人たちは、意図的にカメラをまわしていたらしい。
ー私の病状記録として。
春馬くんが千夏さんやたくさんの人と相談して、いまはスマホや映像が簡単に撮れるから、熱や咳、その他の異変は、単純に口で説明するより、正確に医師に伝えられる。
貴重な記録映像なんだ。ほんとうに。ダムの母親はたまたまそういう指示を医師からうけていて、発作をよく起こす子だから、異変はすべてスマホに記録していた。
子供がパパをみると苦しくなる。大好きなはずなのに、きつい。
はじめて告白した時も、たまたま異常さを感じて記録をとっていて、
ーいまもある。消せない記録は、スマホがバックアップしていく。
子供達を保護する記録になった。
春馬くんはその言葉をヒントに、失敗しても次にいかせるなにかをつかみたくて、あと周囲が都合よく誤解をできるように、あの仕掛けを用意したらしい。
もちろん、福岡支社の人たちが、私を守るために協力してくれた。
ーあの時、春馬くんが成功したら、私は本来なら、事務所との契約終了だったから、事務所にはメリットなんかなかったのに。
腕時計の復刻版は、ことわるはずの仕事だったらしい。
けど、千夏さんは、やっぱりやり手なんだ。
あのCMは千夏さんがしくんだ。春馬くんは私を守るために、純子さんや萌えちゃんたちに渡しただけ。
千夏さんが映像はまわしていたし、いくつかは再撮影してる。
私はいつも撮影されるから、視線に気づかなかったみたいだ。
春馬くんは、もともとにぶい。
あの撮影で優菜は、春馬くんと同じく顔がはっきり映ってない。
そういう編集は、いまはスマホでも、パソコンでも簡単に、子供達でもいくらでも可能だから、
ー使い方には、モラルが必要になる。
簡単に、嘘を真実に変えられる。
けど、
ーリアルをそのまま、簡単に記録できる貴重なツール。
そして、単純に、たくさんの可能性も娯楽もくれるツール。
だけど、
使い方には、きちんとしたモラルがいるんだ。
それは、ほんとうに、知識とルールとモラル。
で。国が違えば国民性はかわる。常に時代が価値観を変えていくように、単純に生活環境が違う。
文化が違う。違って当たり前で、それをきちんと理解したなら、
ーきっと、なにかのきっかけには、なるんだろう。
私は優菜をみつめる。優しい優菜は、むかしとは、違うまなざしをしている。
ちがう世界をみてきた優菜は、やっぱり、違うんだ。
ただ、優しい笑顔は、かわらないけど。幼さは消えた。
最新の日本のいろんなものに、びっくりしてる。
ただ、生きることが難しい。
生活インフラに恵まれた日本とは違う。
日本にもたくさんの過酷なリアルはあるけど、水道やガス、電気は、ほとんど生活に根付いている。
きっと、誰も、たった75年前に、いまその足で、あるくその場所で、靴でふつうに歩くその場所が、
ー空襲があった。
なら?そこには?
って考えない。だって、考えていたら生活できなくて、
きっと、それでいいんだ。つらい記憶は新しい笑って生きる次代には残したくない。
けど、記録はいるんだろう。
ーいまは簡単に編集できる。昔はネガに焼き付いた。
いまは、その場で簡単に、デリートできる。
いろんなものがデリートできる。
そして、リスタートできる。
私は優菜の優しい眼差しにそう思う。
使い方さえ、まちがわなかったから、ほんとうに恵まれた時代で、
たくさん失敗しながら、使い方を学んでいくんだろう。
哀しい事件が起きるたびに、学んでいくんだろう。
たくさんの人が考えて、きっと新しいルールがうまれていくんだ。
哀しい事件の声は、むやみやたらに糾弾するだけじゃダメなんだ。
それをしていいのは、ほんとうに限られたひとたちだけなんだ。
はじめは静かに見守らないと、
ーたいせつなものを見逃してしまうかもしれない。
日本では多数の意見が絶対になる風潮がある。
で、あまり考えずに同調していく。
よくわからない正義感?を正当化していく。
けど、たった、75年前。
ーいま、歩くその場所には?
は、もう誰も想像なんかしないだろう。
きっと、それでいいんだ。
ただ、まだ、1世紀すら経ってない。
まだまだ残ってる記憶なんだよ?
若いひとたちは、老人に優しすぎるというけど、
ね?
たった、75年前だよ?
いま歩くその場所に、
ー横たわってた、かも?
都会になればなるほど、確率は上がってるよ?
けど、
ね?
ー笑ってくれたらよかとよ?若いもんは。あんな思いは、もうせんでよかとよ。
ーうちらだけで、よかとよ。
ね?
私はキュッと唇をむすんだ。
「どうしたの明日菜?」
優しく優菜が笑ってる。
たくさん、
ただ、生きる。
が、難しい。
意味は違うけど、いまもかわらないけど、
「あっ。やべー」
春馬くんの声に振り返ると、春馬くんが困った顔で、防波堤の下をのぞく。
そして。
「ごめん。明日菜。メバリングしてたんだぞ?」
「…なんで、釣るのよ?」
「俺だから?」
「…まあ、そうだけど」
春馬くんが小さな例の魚を釣り上げていた、
いつのまにか、釣りをしていた。
「わあ!すごい!」
優菜が笑ってる。よく、あんな魚に笑ってるね?
「こんなお魚はじめてみた」
「えっ?はじめて?」
「そうだよ?」
「あっ、そっか。優菜は福岡に住む前の春馬くんしか知らないんだもんね」
「殺虫剤から、魚ならレベルアップじゃないの?」
ー言われた春馬くんがら喜んでジャンプするから、
「あぶないよ!」
私は慌てた。
「たしかに。ごめんな」
そう言うと春馬くんはぴょんと飛び降りた。
そしていつのまにか防波堤の下にいた猫に魚をあげている。
猫は匂いをかいで、
「ニャア」
って春馬くんにないた。春馬くんが嫌そうに言った。
「仕方ないだろ?アジやイワシの仕掛けじゃないんだ。文句いうなよ?」
春馬くんがいうと、猫はまた、
「ニャア」
って鳴いて、仕方ない感をあらわにしながらあのお魚をくわえて歩いて行った。
「ほら?明日菜。あれがお魚くわえた野良猫だぞ?口が肥えているから、アジだと喜んで持って行くけど、あの魚は不評なんだよなあ。まあ、食べにくいだろうけどさあ」
春馬くんは、不満そうだっだけど、私と優菜は猫と春馬くんのやりとりに笑ってしまった。
ね?
春馬くん?
私は目の前のきれいな海を見つめた。
遠い異国の海底で、輸送船ごと、戦場にすらたどりつけなくて、いまは深い眠りについている。
ふとおもいだした記憶は、
ーきっと、潮風のにおいが、そうさせたんだ。
私を導いてくれたデビュー作の監督の、お父様の話をふと思い出してしまった。
たった75年前が、
もう、遠くて、
けど、いまも生きてる。
たくさんの哀しい時代を経て、
「ニャア」
「げっ、もう食べたのか⁉︎」
春馬くんと猫は、
ーふつうに、へんな会話している。
私は優菜とやっぱり、笑ってた。
ふつうに笑ってるなら、やっぱり、他人事なんだろうな。
私はそう監督に謝って、けど、きっと、それでいいんだろう。
たくさんの哀しい記憶は記録になって、学んでいって、
ーどうなるんだろう?
ただ、私は目の前にある生命誕生の母なる場所を見つめていた。
たくさんの哀しい記憶があるけど、
ーよかとよ?それで。
ーいまの子は大変じゃなあ、もっとゆっくりしても良かろうもん。
ー笑ってるなら、よか。あんな思いは、もうよかよ?
ー私らだけで。よか。
やさしい人たちの願いは、
どこにいくんだろう?
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