⑨ 朝陽
「愛しています。これからもよろしくね?」
画面の中で、明日菜が笑っていた。
やさしい瞳で、しっかりと笑っていた。
ー目覚めていた。
たくさんのフラッシュの中、でも、たったひとりだけに、言葉をつたえたんだね?
もう神城では、なくなったけれど、私のたいせつな、
ー明日菜。
私の自慢の妹で、
・・・やっと、これから明日菜の時間が、まわりだすんだね?
私の妹は、いま若手人気№1の実力派女優。
ありとあらゆる賞を受賞しつづけて、恋愛もののヒロインを演じさせたら、天才ともいわれている。
ー恋愛ものを演じさせたら。
だって、それは、そうだよ。
明日菜は、演じている。
いつだって、演技をしていた。
明日菜は、私たちの家族の中でも、特別な存在だった。私とお兄ちゃんは、両親によくにているけれど、明日菜は誰にも似ていない。
あまりに似ていなかったから、親族からDNA鑑定を父がいわれたとことがあって、私の父は、激怒して母親をかばった。
だって、親戚の誰にも、にいてないけれど、明日菜は目、鼻、口、耳、顔の形、髪質、いろいろなものが、祖父母や曽祖父から受け継いでいた。
その部分だけがそっくりで、ただ、そのよいとこどり、をした奇跡の塊みたいな妹だった。
し、
「こうやってみると、やっぱり、朝陽さんは、先輩と姉妹ですね」
明日菜の事務所の後輩の子が、私をみて言った。
私は明日菜がもう一度、この寮の部屋に住むにあたって、掃除をしにきていた。
結婚したけど、明日菜の女優としての活動拠点は、東京になる。
明日菜の年齢や、もう既婚者ということも考えて、一人暮らしの案もでたけど、まだ、明日菜は目覚めてから、時間がそうたっていない。
ひとりで生活させるのは、不安だった。
いまテレビをみていて、その瞳は、もうちからづよく未来をみていると、わかっているけど。
私の脳裏には、まだ明日菜がつかれてしまった時のことがはなれない。
その一報をきいたとき、私たち家族は、
ーああ、とうとうきたのか。
だった。
明日菜が13歳で南九州の片田舎から、巣立った時、私には、それが最善だと思った。
明日菜の存在感は、ほんとうに独特で、せまくるしい、南九州のあの場所じゃ、目立ちすぎていた。
幼少期から、明日菜に向けられていた好奇の眼差し。
それがどんな感情でも、明日菜は、苦しんできた。思春期になって、おこった、いじめは起こるべくして、起こったとも、私は思っている。
ー他人とは、違う。
それだけで、多感な時期の子供たちは、距離をとったり、憧れたり、自分には、ないものを、ねたんだり、
ー思春期。
ほんとうに、たくさんのことが、身体的にも精神的にも、襲うから。
自分の変化に、戸惑いながら、それでもまた違う受験や部活、恋愛や、ただ、なにかよくわからない親への、大人への、怒りや戸惑い、たくさんの悩みを、身の内に、宿して、
ーそれが当たり前、の年齢で。
ーいじめは、いつの時代も、なくならない。
歴史を、ふりかえったって、そうだ。
いまの大人たちが、自分たちの時代を、ふりかえっても、きっと、あった。
ただ、いじめのつもりじゃなかった、は、きっと本心の子たちもいて、
ーひとりひとり、育ってきた環境が違う。
言葉の受け止め方が、ちがうは、きっと、ありえる。
親のつかう言葉によって、きっと違う。育つ環境が違う。メンタルが違う。
ーそんな人間として、当たり前のことまで、イチイチ教えないとダメなのか?
は、きっと、存在する。
イジメは許されないは、当たり前で、そこは絶対に、間違えちゃいけないけど。
そして、それでもきっと、いじめや差別は、なくならないよ?
だって、大人だって、いじめや差別はあるんだ。
いろんなハラスメントなんて、横文字にしているけど、
ーたんなるいじめだよ?
横文字で、ごまかしているだけだよ。
大人がイジメてるなんて、子供にニュースみせられないよね?
けど、大人は職場をやめられる。その気になれば、たくさん動ける。手段がある。家庭をもつと難しいは、確かにあるけど。
子供たちよりも、ずっと自由に逃げる手段がある。
ー他人とは違う。
は、もうそれだけで、簡単にイジメの要因になるんだ。
けど、それなら明日菜は、大都会なら、あれだけ、多くの人たちがいて、そのなかでも特に輝く世界になら、
ー居場所を、みつけてくれるかも、しれない。
私たちは、そう願って、明日菜を送り出したけれど。
ーさびしいよ。お姉ちゃん。
13歳の明日菜は、心細そうな声で、東京から電話してきて、
「大丈夫たよ?明日菜。空はずっとつながっているよ?同じ星を明日菜と一緒にみているよ?」
私は少女漫画の主人公気取りで、明日菜に言った。言って、それをお兄ちゃんに、自慢気に電話でつたえて、
ー怒られた。
東京じゃ、ビルにかこまれて、夜空がみえない可能性がある。
・・・明日菜は、もっと孤独を感じたはず。
私は、明日菜と違って、いまも南九州の片田舎にいる。
お兄ちゃんも明日菜も実家をでたから、私だけでも残ろうと思ったし、単純に私は、生まれ育ったこの場所が好きだったから。
ただ、社会人になってから、実家のある隣の市で、一人暮らししている。一人暮らしの経験は必要だ。
ただ、できる環境であれば、で。
幸いにも私は、一人暮らしができる環境にあった。
ほんとうに、一億個のバックグランドがあるから、すべてのことに、正解はどこにもないんじゃないかなあ。
現に明日菜は、一人暮らしをしないで、二人暮らしをスタートさせる。
ずっと親元にいる私より、たくさんのことを経験して、
ーつかれはてた。
でも、休んだら、きちんとまわりをみて、
ーまた、立ち上がって、あるきだした。
テレビの画面にうつる明日菜は、以前と同じくきれいで、けど、まとう雰囲気や眼差しが違う。
強くなった、とも違う。
なんだろう?
ただ、違う。
まあ、私だって、この10年でだいぶ変わった。
地元に残ったからといって、私だって負けていない。
社会人になったから。学生時代には、知らなかったことを、たくさん学んでいく。
大人になってからも、いろいろなことに悩んで、学んで、そして、成長していくんだよ?
もう学生じゃないから、学ぶスピードも、成長も緩やかになるかも、しれないけど、けど、悩みのスペースは、広くなって、
・・・思春期より、浅くなるのかもしれない。
子供たちは、せまくて、深いのかもしれない。
とてもふかいから、光が見えないかもしれない、
けど、
私はクスって笑ってしまった。
明日菜がようやく、自分に休みをゆるした時、明日菜の彼氏は、こう私にいった。
もし明日菜が底無し沼おちても、もしかしたら、沼の底には、世界的スーパースターの配管工兄弟の土管に、つながってるかも?
なら、未来はどこにでも、ワープできる。
あの土管は、ドラ◯もんの四次元ポケットみたいだ。
そう、よくわからない理由で、
ーなら、自分が必ず先まわりする。
そう言った。
大人たちは、自分の痛みを和らげる方法を、いきていくうちに、身に着けていくから。
その方法をたくさん学んで、時には、逃げることをしっている。
大人になったら、たくさんの視界がひらけて、悩みは増え続けていくけど、
ー子供たちより、浅いかもしれない。
なら、子供たちより先にワープして出口までみえたら。
精一杯、手を伸ばして、その手をしっかりつかんで、
ー光の中に、連れ戻して、やればいい。
いまの時代の子供たちの心を、大人が体験することは、本当にムリなんだ。
いまの大人の時代に、
ーコロナはなかった。
私は、私を明日菜と似ていると、いった金髪の子をみる。
この子は寮の子じゃないけど、よくこうして明日菜の部屋に、きていた。
どこか野良猫みたいな瞳が、13歳の頃の明日菜を、思い出させる。
「そう?顔は、にてないって、思うけど?」
「明日菜先輩に、やさしい雰囲気が、そっくりです」
金髪の子がテレビを愛おしそうに、見つめながら言った。
どうやら、うちの明日菜は、末っ子だけど、
ーちゃんと、お姉ちゃんをしていたらしい。
だって、私と同じ雰囲気ってことは、きっとそうなんだ。
ーがんばったね?
明日菜。
そうクスクスと笑いながら、
「まあ、私の自慢の妹だから」
って私は言った。
・・・あの義弟は、正直、あんまり想定はしてなかったんだけど。
よくあの状況の明日菜を土管にたとえて、
ーうちの両親に、明日菜を僕に任せてください。
って、言ったなあ。
ー土管はいらなくない?