第13話 彼氏と彼女と彼氏の海
明日菜がそのきれいな黒い瞳をきらきらせて、糸島の海を眺めていた。
いつもと同じ俺の釣り場は、実は、ここだけじゃなけど、はじめて明日菜をつれてきたのもここなら、明日菜をオールリセットした場所もここ。
で、タントには小さなロッドとブラクリとクーラーボックスには冷凍のオキアミが入ってるけど、
・・・虫じゃないけど。
ただの使いかけをもったいないからまた冷凍したんだけど。
食いつきは悪いけど、釣れる。
ー釣りたいけど、ムリだよなあ。
明日菜はあの魚が嫌いだしなあ。
そもそもオールリセットの時ですら、釣ったのが俺だ。
しかも、過去最大のやつ。
うまかったけど、明日菜は、食べなかったやつ。
あれ?俺と明日菜って、共通の趣味とかあんのか?
そもそもー。
「なあ、明日菜?」
俺は、少し伸びた黒髪を海風になびかせて、目をほそめて海をみている明日菜にといかけた。
ほんとうに、絵になるヤツだなあって、内心あきれながら。
ぶっちゃけ、とおまきに人がみているけど、もう気にしなくていいし、ほおっておく。
「なあに?」
「明日菜の趣味って、なんだっけ?」
「えっ?」
明日菜がきょとんとした顔で俺をみている。
「絵?」
明日菜の落書きってみたことないしなあ。
「えっ?」
明日菜が首をかしげる。
「英会話?」
海外にはよく行ってたよなあ。
「えっ?」
きれいな黒い瞳をやさしくほそめた。
「絵本?」
は、幼稚園の先生役でやっていたような?
「えっ?」
じっと俺をみてくるまなざしでー。
「映画?」
大スクリーンで俺以外のやつにも、むけられた瞳。
「えっ?」
だけど、
明日菜は、じっと俺をみつめてくる。
俺だけ、を、みつめてくる。
ずっと、俺だけ、を、みてきてくれたんだ。
遠距離恋、10年目。
学校イチかわいい子が修学旅行でスカウトされたら、告白されて、遠距離恋愛がはじまりました、
ー俺と明日菜の恋は、はじめから、終わる予定の恋だった。
あの13歳の夏休みに、終わる予定、の恋だった。
なのにー。
俺は、すっと息を吸い込んだ。
きっと、明日菜の趣味はこれだ。
「遠距離恋愛?」
俺がそういうと、
「さすが私の春馬くん」
明日菜が、にっこりとわらった。
さあって、潮風がふいて、明日菜の黒髪をゆらした。
俺の大好きな海の風が明日菜の髪をなびかせる。
ただ、やわらかく、明日菜が春のひだまりのなかで笑う。
やさしくわらって、
ー泣きたいくらに、愛おしくて。
もう限界だな。
そう、わかったんだ。
「・・・明日菜」
声が震えたけど、
「きょうは、俺の家にとまるだろ?」
もう俺たちの家だけど。
明日菜は一瞬、不思議そうな顔をしたあと、顔をあかくそめた。
ー夕日のせいじゃいない。
そして、俺をうるんだ瞳でみて頷いたんだ。
俺の家は、セキュリティーだけは、しっかりしているファミリーマンション。
屋根付きじゃないほうが駐車代金が安いから、タントをとめてからは、少しあるく。
そのあいだ、明日菜は俺と手をつないでいた。
しっかりと指をからめあう、恋人つなぎらしい。
こういうシーンもそういえば、むかし明日菜の映画でみたよなあ。
男がさそって、明日菜が男の部屋をおとずれて・・・。
そうして、どうなったんだろ?
あんまり覚えてないなあ。
夕日にそまる玄関をあけたら、
「ただいまー」
って、誰もいない部屋に明日菜が言うから、
「おかえり」
って、俺が明日菜にいう。
いった俺は、まだ、玄関の外なんだけど。
明日菜は、あきれたように俺をみた。
そして、玄関わきの消毒液で手をあたりまえの仕草で消毒して、
「春馬くんも、おかえりなさい」
「おう、ただいま」
明日菜が靴をしゃがんでそろえる時に、ちらっと胸元が見えた。
まえは、目をそらした俺だけど。
「春馬くん?」
ー空色だった。
明日菜に、にらまれて、やっと、目をそらしたのが、いまの俺だ。
だって、しょうがなくない?
ー目の前に、いるんだぞ?
一度は、ほんとうにもうダメかって、思ったんだぞ?
だって、もう、しかたないじゃないか?
なあ?
しかたないだろ?
だって、
ー俺がどんなに無様な格好をみせたって、俺が俺自身にまけそうになったって、
明日菜が目の前で、わらっている。
俺の目の前で、わらっていてくれる。
なあ、それ以外に、だれのこたえがいるんだ?
ー俺のそばで、目のまえで、明日菜がわらっている。
なら、もういいじゃん?
俺は玄関の扉をしめて、鍵もわすれずにかけて、
「春馬くんー?」
うがいをしようと、先に洗面台に行こうとした明日菜の手をひいて、だきよせたんだ。
「おかえり、明日菜」
ぎゅっと腕に力をこめる。
あの日、あのデミオ事件で、そのままだった俺たち。
明日菜がしっかり目覚めてから、はじめて俺は、腕に抱きしめた。
明日菜もきゅっと俺の背中を両手で抱きしめてきたんだ。
「ただいま、春馬くん」
ふわっと、かおる明日菜のシャンプーの匂い。
俺にも、すっかりなじんだ匂い。
13歳の時には、しらなかったにおいで、コロナで二年間逢えなくて、けど、コロナであえないことなんか、コロナなんか吹っ飛ばすくらいに、明日菜は、がんばって、
ーただ、ひたすら、がんばって、つかれはてて、
けど、たくさんの人たちに、愛されて、まもられて、
ーいま、俺の腕のなかにもどってきた。
あとは、もう、いいんだ。
ほんとうに、いいんだ。
「よくがんばったな?えらかったな?」
「うん」
「あとは、俺にまかせとけ?」
本心で言ったのに、
「ごめん、春馬くん」
明日菜が俺を見上げる。
「・・・春馬くんにまかせると不安だから、ちゃんと、ふたりで話し合っていこうね?」
ーごもっとも。
俺にまかせると、ろくなことがない。
は、わかっている。
それが俺で、
「春馬くんは、やっぱり、春馬くんだね?」
「俺が俺じゃなくちゃ誰なんだ?」
「私の世界でいちばん、特別な人、だよ?」
ーかくじつに、レベルアップしていた。
なら、もう、
ーいいじゃん?
読んで頂きありがとうございます。
少しでも面白かったら、どんな少数でもありがたいです。
☆☆☆☆☆やブックマークよろしくお願いします。
ふたりのハッピーエンドを見守って下さったら、嬉しいでしす。