第3話 彼女と新しい契約
私と優菜は福岡支社が寮として借りているマンションの一室に、泊まらせてもらった。
ここなら、セキュリティーもプライバシーも守られている。
私がここにいても不思議じゃないし、千夏さんもいる。
それでも、隠れるようにして、マンションに入ったけど。
そして、ワンルームのせまいマンションには、小さなデスクがあって、私と千夏さんの間には、一枚の書類が置いてある。
正確には、数枚の規約と一緒においてある。
事務所との契約更新の用紙だった。
「こんな時にごめんね?けど、優菜が帰ってきたなら、なおさら、この話は急いだ方がいいとおもったのよ」
千夏さんがもうしわけなさそうにいうけれど、私は契約書のある文章に、目が釘付けになった。
それは、いままでの契約書にはなかったし、他の先輩からもきいたことがなかった。
「これ・・・」
私の戸惑いをみて、千夏さんがふわりとやさしく笑ってくれた。
「いや?」
「いえ、ただ・・・」
これは、いいのかな?
私は千夏さんの負担に、ならないかな?
だれかの負担になるのは、もう嫌なんだ。
私のたいせつな人たちには、ずっと笑っていてほしい。
ね?
春馬くん。
きれいごとに聞こえるだろうけど、
ー私は、ほんとうにそう思うんだ。
でも、
ね?
春馬くん。
それは、
私のいちばん大切な春馬くんを、また傷つけることになるんだよね?
だから、千夏さんたちの配慮だってわかったんだけど。
ー特別待遇すぎない?
そう思っていたけど。
「いいのよ。明日菜。明日菜はもうそれを許されるほど、がんばったのよ?私だけの判断じゃなくて、きちんと事務所としての判断よ?もちろん、あなたが嫌だというなら、考えるけど」
「イヤじゃないです。でも、ほんとうに?」
「本来なら、もう解放してあげたかったのにできないし、むしろ、他の事務所にいかれるくらいなら、何倍もマシよ」
「私が他の事務所に行くなんて」
「そう?村上くんの会社なら、あなたを活用してくると思うわよ?彼がどんなに守ろうとしても、あなたの存在は、そういうものだわ」
「・・・」
千夏さんがため息をついた。
「そのための海外だったんだろうけど。いまの状況じゃもう仕方ないわ。もう長期化するし、きっと悪化していく」
「・・・私もそう思います」
優菜が心配そうに眉をよせた。きっと、残してきたひとたちを考えているんだろう。
優菜は、その人たちをしっている。
両国のスタッフがいたという。
とても仲がよかった人たちらしい。きっと想いをはせている。
私は、ふと頭によぎった。
日本には、ロシアとのハーフの子がたくさんいる。
・・・いじめは、だいじょうぶだろうか?
ただでさえ、日本人は、外国人に厳しい。
といようり、先進国以外の国の人を見下しているような発言が、無意識に多く流れている。
けど、それがあたりまえの世界になってしまっている。
クラスカースト。
ねえ?
最初におもしろおかしく使ったのはだれ?
あの身分差別の本当の底辺を知っているの?
私がよく主演する恋愛ドラマでも使われていた言葉で、数人が不快感を露にしていたけど。
やっぱり、当たり前に流行だから、ながされて、
ードラマは、ヒットした。
私がでたからヒットした。
ヒットしそうなドラマを見極めることが、千夏さんは、本当にうまい。
私が神城明日菜でいられた理由は、敏腕マネージャーの千夏さんがいてくれたから。
私にとってのたいせつにな東京のお母さんのような存在の千夏さん。
千夏さんはクラスカーストの言葉におこってたひと。
でも私はよくわからなくて、私にインドの貧富の差を説いてくれた人。
ね?
春馬くん。
じつは、私はそんなこと知りたくなかったから、あの時、ちょっとだけ千夏さんを恨んでしまったんだよ?
そんな遠い国のことなんか、どうでもいいよ?
べんりだし、なんかカッコいいじゃん?
ークラスカースト。
そう思っちゃったんだ。
私の不満が顔にでて、そのあともこんこんと千夏さんに説明されたから、あんまりいいイメージはなくなったのに。
ーあのドラマは、ヒットした。
そして、私にあの配役をとってきたのも千夏さん。
千夏さんなんだよね?
私は、つい、じっと恨みがましく千夏さんを見つめてしまう。
千夏さんが目をそらした。
「なんでそらすの?」
「明日菜がじっと見てくるときって、なんでか目をそらしたくなるのよね」
「あっ、わかります、それ」
優菜まで同意してる。
「なんで?」
「「ー目力」」
・・・男の人以外にも効力あるんだって。
さすが、明日菜。俺の女神様!
春馬くんがはしゃぐ姿が脳裏に浮かんで、私は、つい吹き出しそうになった。
千夏さんがそんな私にあきれてるよ?
「なあに?また村上くん?」
「だって、春馬くんには、通じないなあって思って」
「えっ?明日菜の旦那さんって、通じないの?」
「通じたら、苦労してないよ?」
「そう?つうじるような人なら、選んでないのまちがいでしょ?」
千夏さんがクスクス笑った。
「ああ、そういえば、そうですね」
優菜があきれて私をみるから、私は唇を少しとがらせたんだ。
「ふたりともひどい。私の春馬くんなのに」
そう言ったら、
「だから、そうでしょ?」
優菜があきれて、
「明日菜のとくべつなんだから、あたりまえでしょ?」
千夏さんが笑った。
「「いまさら、なにをいってるの?」」
そうふたりから言われたけど。
ね?
春馬くん。
私は、どういう意味?
そう思っちゃったけど、やっぱり、うれしくて笑ったんだ。
私の、特別、は、春馬くん。
ね?
ちゃんと、いまの私には、春馬くん以外の人も目にはいるけど、
ね?
ちゃんと、
私のとくべつは、
ー春馬くん。
やっぱり、
春馬くんは、春馬くんだね?
私は、とても幸せだったんだ。
こうして、またみんなと笑えている。
ね?
春馬くん。
ほんとうに私は、私のまわりに恵まれたんだ。
だから、
「よろしくお願いします」
千夏さんに頭をさげて、私はペンを手に取った。
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