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最終話 彼女と彼氏と、ただ、わらお?


福岡県那珂川市にある中ノ島公園。


行きにも通った国道358線沿いにあるから、まさに帰り道な場所だった。


背振山から流れる清流を利用してつくられた公園。平日で時間もずれていたから駐車場にはあまり車がとまっていない。


ちいさな産地特売所もある。


・・・道の駅まではいかない規模かなあ?


「あっ、川がある!」


「こら!空ひとりで行くな。萌、すまんが見ていてくれ。私は凜のおむつをかえるから」


「わかった」


「空がおぼれても、絶対に、一人で助けようとしたらダメだぞ!」


「わかってるよ。ちゃんと大声で大人をよぶよ」


「そしてー」


「わかってる。人のいない所じゃあそばせないよ。あっ、まちなさい!空!」


車から元気よく飛びだしていく空ちゃんを、萌ちゃんが追いかけていく。


ー元気だなあ。


さっき吉野ケ里でもひたすら遊んでいたのに。


あの小さな体のどこに、あんなにパワーがつまっているんだろ?


「春馬くん私たちもいこう?」


「うん、でも俺たちは、ちょっと桜でもみよう。ここからだって、空ちゃんたちは見えるし、よく考えたら明日菜と桜見るのって初めてじゃん?」


そう春馬くんが、わらった。


そう言われてみると、その通りだね?


私の帰省はバラバラで。チャンスがあったのは、18歳の春馬くんの誕生日で、でも私は東京で仕事をつづけたから、


ーコロナで2年も逢えなくて。


私と春馬くんは、遠距離恋愛10年目。


10年なのに、ほとんどデートしていない。


のに。


ー私は、もう村上明日菜。


不思議だなあ。


でも昔は結婚式当日になって、やっと新郎新婦が顔をあわせる時代もあったんだよね?


いまでも世界の地域でもあってるけど。ものすごい低年齢でもあっているけど。


・・・日本でもないとは、言えないんだろうなあ。


まあ、一応日本には、法律があるけれど。


私と春馬くんは、遠距離恋愛10年目。


ずーっと、春馬くんだけを、見てきたんだよ?


「明日菜」


春馬くんが私を振り返って手、をさしだしてくれる。私は素直に春馬くんの手をとった。


かわせみの里って産地直売所のとなりには、木製のベンチやテーブルがあって、介護職員さんと高齢者の人たちが、のんびりと花見をしている。


そのうちひとりのおばあさんが、車いすを押されながら、私たちのとなりにきた。


「ほら?満開ですよ?」


介護スタッフさんが、車いすの両方のブレーキをきちんとかけて、隣にしゃがんで、同じ目線で桜を指さしていた。


お婆さんは、しわくちゃの目を細めながら、


「おー、きれい、きれい。チャンチャラカ、チャンチャラカ」


両手をあげて踊りだしたから、私と春馬くんはつい笑ってしまった。


その笑い声にお婆さんは、イタズラが成功したように笑う。


「若かね?結婚しちょるとな?」


春馬くんがしっかりうなずいてくれた。


「はい。俺の大切な嫁さんです」


「よかなー。ほんと、よかなー」


お婆さんがうんうんうなずきながら、もう一度桜をみあげる。


他の高齢者の方々も距離を置きながら、桜を見にあつまりだしていた。


自然の大きな石を利用した川べりには、危ないから降りれないんだろうけれど、ここからは水遊びをしてる空ちゃんや小さな子供たちがみえる。


まだ中にはいるのは冷たいのに、構わずズボンをまくって、足をつけて虫取り網で魚をとっている子たちもいた。


「よかねー。平和やねー」


口々に高齢者さんたちが笑っている。


「こん公園は、昔は、ほんとに川じゃったとよ。いまは、みんなプールで泳ぎをおぼえんしゃあが、私らは、こん川でおぼえよった。泳ぎよったら、蛇も泳ぎよったとよ」


あんときは、びっくりしたばい。


って笑いあう高齢者さんたち。


ーあんままり、想像したことがない光景で。


「水路をとんでる蛇には、近づいちゃいかんよ?毒蛇じゃよ?」


・・・水路を飛ぶんだ。なんか、となりで春馬くんがキラキラした瞳になってきたけど、放っておこう。


私は、お婆さんと話をつづける。


「ずっとこの市にすんでいるんですか?」


「市?なんばいいよとね?ここは那珂川町で、以前は村やったとよ?」


「すいません。最近の話は、もうよく覚えられてなくて」


スタッフさんが補足してくれた。


ほかのおじいさんが言った。


「市にするために、いろんなもんば、犠牲にされてきたんじゃ。あのダムの建設に先祖代々の土地を奪われたもんもおる」


大切にまもりたくても、反対したくても、強大な力が押しつぶしてくる。そうおじいさんは、言ったけど。


「それでもよかとよ。さびしかけど。よか、今年もこうして桜がみえとる」


じっと桜をみるうちに、数人のおばあさんたちが涙を浮かべた。


「いったい、何人とアタシたちは、来年も桜をみようと誓い合ったじゃあろうね」


「アタシの末の弟は、一度も見んかった」


「アタシの旦那は、帰ってこんかった」


「アタシは、娘が飢餓で死んだ」


「わしは異国にいまも同僚をおいてきた。奴んとこは寒さで花もさかん」


「俺は出兵せんかったが、親友はかえってこんかった」


自然と、おじいさんたちから、歌があふれだす。


ー同期の桜。


いまも高齢者さんたちが、歌詞もみることなく歌ううた。


そして、もうひとつあまり知られていない。歌。


ー二輪の桜。


恋人たちの歌。


私はあのデビュー作で、たくさんの当時の歌を知った。


深い意味をしって、


ー時代の価値観をしった。


いつのまにかおじいさんさんたちの歌は、おばあさんたちが歌う、二輪の桜に移っていて、私がつい口ずさんだら、すごく驚いた顔をされた。


「あんた、わかかとに、こん歌ば知っとるとね?」


「以前にお仕事ですこしだけ学びました」


私はマスクの下で笑う。そうしたら、車いすのお婆さんが私をじっとみて、


「あんたは、よう生きとっとな?」


「えっ?」


「ようあの戦火を生き抜きんしゃったな」


「ごめんなさいね。あなたは神城明日菜に似てるから、重ねちゃったみたい」


私のデビュー作は、国営放送のヒロインの子役時代。


戦火をたくましく生き抜いた人の子役時代。


ー従軍看護師として、たくさんの人を見送ったひと。


年老いて死ぬまで、


ー兵隊さんたちはね?


ー私より若かとよ?かえってこんといかん!


たくさんの死と向き合い、抱え込んで、それでも、


ーアタシはつよかと。若いもんば怒鳴りつけとった大人ば、しかりつけよったとよ。


アタシは、つよかと。


そう自分自身に言いかけせて、たくさんの死を目の当たりにしながら、それでも自身に言い聞かせながら、前を向いてあるいていた人たちがいる。


「桜が咲くたびに、思い出すのよね」


ってスタッフさんが、やさしくわらう。


しわしわの目が桜をみて、また両手をあげて、ひょうきんな踊りを踊りだす。


「よか時代じゃ、ほんに、よか時代じゃ。爆撃の音もせん」


「警報もならん」


「ああ、桜だよ」


口々言って、


「あいつにも見せたかったなあ」


涙ごえでおじいさんがいった。


一面に広がる満開のさくら、


無邪気に川遊びをする子供たち。やさしく見守るお父さんやおかあさん。


「あんたは、あえたね?」


しわしわのお婆さんが私にといかけて、スタッフさんが苦笑する。


「あのですね、この人は神城明日菜さんじゃないですよ?」


「そうかの?」


じっと、私をしわしわの目が見てくる。


たくさんの人生を経験した人。きっと、きれいなものだけを見てきたわけじゃないのに。


もっと醜い世界だってたくさん知っているはずなのに、おだやかなその瞳は、たただ純粋に無垢な瞳で、でも深い瞳で私をじっと見つめていた。


私は一歩、さがる。


そして、マスクをはずした。


周囲の介護スタッフさんたちがはっと息をのむけど、


もう、いいや。


ね?


春馬くん。


私は、もう、いいや。


春馬くんがやさしく私の肩を抱いてくれた。


「はい、私はちゃんといまも、生きています。こうして大切な人と、これからも、生きていきます」


おばあさんはにっこりと笑った。


「そうね。よかな。で?、あの子とは、あえたとな?」


「えっ?」


「あの空襲で、離ればなれになった友達がおったじゃろ?」


私は言葉につまる。だって、あの役をしたのはー。


さあっと風がまって、桜の花びらが舞う。


あのシーンもこんなふうに、桜が待っていて、


ー私が優菜と別れたのも桜のシーズンで、


さあっと風がまって、桜の花びらが舞う。


私は―。


マスクを外したから、いつのまにか、私を遠巻きに人がかこみはじめている。


スマホをあわてて取り出そうとしている人たちもいて、神成明日菜って声が聞こえだす。


私の心がまた、ざわつきだしたとき、


「ー明日菜!」


その言葉だけが、はっきり聞こえたんだ。


ね?


春馬くん。


ほんとうに、


つぶやくような、声だったよ?


けど。


ー明日菜!


私には、しっかり、きこえた声だった。


私が声の方向を振り向いたら、


「・・・ゆっちゃん」


呆然と私をみているゆっちゅん、優菜がいて。


お互いに自然と一歩踏み出したら、もう止まらなかった。


かけだして、私たちはぶつかる様に、抱きしめあった。


満開の桜のしたで、あの時、見送れなかった優菜を、私は、しっかりとだきしめたんだよ。


ああ、


やっと、


ーあえた。


「「逢いたかった」」


私と優菜の言葉がかさなって、もう声がでない。


ただ、泣く私たちに、


「あえた、あえた!」


「あえたばいなあ」


「よかった、よかった」


車いすのお婆さんがひょうきんな踊りをまって、他の高齢者さんたちも拍手をしてくれた。


いつのまにかその拍手は、スマホをさがしていた若い子も組まきこんで拍手していてくれる。


うんうんと車いすのお婆さんが笑った。


「長生きはしてみるもんじゃねー。よか光景をみたばい」


「ほんによか時代やなー」


「わしらが苦労してつくった時代じゃよ?」


「大切にまもってくれんしゃい」


そう口々に高齢者さんたちがいって、しわしわの目がやさしくひとりの男の子をみつめた。


「よか時代にうまれたなあ。しっかり守りんしゃい」


その父親に向けられた言葉に、


「守りますよ!絶対に!」


そう力強く答えて、そして、それは、たくさんの大人の願いだったんだ。


桜の花びらが、舞う。


今年も、満開にさく。


弥生時代には、なかったけれど。


ー同期の桜。


ー二輪の桜。


あの大変な時代をへて、


いまも桜に願いをかける人々がいる。


ただ、


「おかえり、優菜」


私は、優菜を抱きしめて、ないたんだ。


私たちは、ちゃんと、


―生きているから、またであえたんだよ?


春の日差しがおだやかに、私と優菜、たくさんの子供たち、そして、やさしくみまもる大人たちを照らしてくれている。


ただ、桜をとおして、その時代を想いながら、けれど、


「逢えてよかった」


「よか時代やねー」


とひょうきんにお婆さんがへんこな踊りをおどっていたんだ。


だから、私と優菜も泣きながら、


でも、


ーわらったんだよ?


生きていたから、また、であえたんだ。


そして、


ね?


また、


ーわらえるんだよ?





            END






読んで頂きありがとうございます。


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