第33話 加納千夏と悔恨と、勝ち逃げじゃん。
私は福岡空港でただ、あの子を待っていた。
私たち大人が守れなかった、
―優しい子。
私たちのふかい悔恨。
そして明日菜の悔恨。
あの子の悔恨も明日菜だ。
ー悔恨は、生きているなら減らせますよ。
明るくわらった明日菜の特別な存在は、いつもおどけた瞳で、けれど、
・・・明日菜よりも世間に疲れちゃった子だ。
見え方がちがう。とらえ方がちがう。
私だって彼の第一印象は、
ー変わった子。
だった。私を諭してくれたのは、人生経験の長い寮母さんだった。
寮母さんは私がみつけたスターの原石の明日菜をひとめみてとても哀しそうな顔をした。
私には、理解ができなかった。だって私がスカウトした。私が全力で育てあげる。そう身勝手にも思いあがって、
ーどうせ彼ともすぐにわかれる。
あんな片田舎の変な感性のガキのことなんてわすれる。明日菜の世界はキラキラで、ギラギラで、とても醜いけれど、美しく輝き人々を魅了してやまない。
そういう世界に明日菜は生きて、きっと、
ー彼のことなんか忘れて、新しい彼に夢中にになる。
もっと金も名誉もあって、もっとかっこよくて、日本中が魅了されるような子が、
ー明日菜にはふさわししい。
私はずっとそう思っていたけれど、
1年、2年、3年・・・・。
時間が経過していっても明日菜は変わらなかった。
ただ、純粋な優しいあの子たちの世界は、傷ついたもの立ち通しだからこそ、他人にやさしく、そして、他人に優しさの代償はもとめない。
ただ、ひたすらやさしくて、
ー儚かった。
私にはできない、恋、を、明日菜たちはしていた。
私ににはできない純粋な心を明日菜は守り続けた。
そして、
あの子を守れなかったから、私たち大人が守れなかったから。
ー優しい子たちは、幸せにならないといけない。
いつか私と寮母さんはお酒を飲みながらそう笑いあった。
明日菜が、高校卒業と同時に、芸能界をやめたい。
そう言いだした時には、寂しかったけど、もったいない気持ちもあったけど。
寮母さんと、祝杯を、あげた。
明日菜と彼の純愛は、私たちの夢だった。
けれど。
ー私は、あの子を、まもれなかった。
・・・まもれなかった。
ただ、ふかい悔恨だけが、いまも心に、のこっていたれけれど。
-相手が生きているなら、取り返せますよ。
優しい人には、優しい未来がないとおかしい。
それは、あの子の願いで、
・・・明日菜の彼氏が、言った。
たくさんのことに傷ついて生きている子供たちが言った。
私の人生の半分くらいのこたちなのに。
彼らはつよくて、純粋にひたむきに生きている。
ーやさしいひとには、やさしい世界なんだ。
そう信じて、言葉にした、彼らは、
・・・自分たちが、優しいとは、思っていない。
―えらばれちゃった子たち。
寮母さんは、そう表現したけれど。
だれに?
なにに?
だれの?
なんの?
ーどこの世界に?
私には、わからない。
ただ、
ーえらばれちゃった子たち。
そう私よりも人生経験がながくて、あの特殊な世界の子たちを、ずっと見続けた寮母さんがいった。
ー団塊の世代。
きっとそうなる世代の人たち。
焼け野原の日本から、立ち上がった人たち。
ープライドがあって、当然の、ひとたち。
そして、
ーむかしの根性論。
そう評価される人たち。
時代の価値観は、常に、変化し続ける。
それが、時代だ。
時代の価値観は、常に、変化し続けなくちゃいけいない。
あたりまえだ。
そうしないと、その時代を生きる子供たちを、こころをまもれない。
時代の価値観は、常に、進化し変化し続けないといけない。
ーけど。
・・・過去の価値観も、尊重しないといけない。
当時の背景も、ちゃんと理解しないなら、否定してもだめなんだ。
それはもう、個人の価値観に、なってしまう。
むかしの根性論?
ちがうよ?
その当時を、根性でしか乗り越えられなかったんだ。
焼け野原のなにもない時代をそういう人たちは想像したことがあるの?
価値観は、常に、進化し続ける。
進化、し、続けるんだ。
いまの時代を、大人が子供目線でみることは、絶対に、不可能なんだ。
推測しか、できないんだ。
大人は、もうどんなにのぞんだってムリで、
ー過去を、経験することもできない。
それが、その時代なんだ。
その時代の、価値感なんだ。
価値観は、つねに、変化し続けるけど、
―決して、大人はもう体験できない。
そして、子供たちも、大人の思春期の時代を、体験できない。
それくらい目まぐるしく、進化、し、続けてる。
子供たちだって小学校1年生と6年生では、価値観が違う。
内容が、違う。
いま6年生ではじめて体験したオンラインも、1年生の子たちには当たり前になるんだ。
常に、変化していくんだ。
そして、
ー過去は、かわらないけれど、
その痛みをしらないなら、いまのこの時代を必死に戦火をにげまどい、草の根までたべて、それでも、子供をなくして、その想いでを息子には語れず、けれど、加齢とともによわくなってしまったから、幼い孫娘に重ねて、延々と語っていたひともいる。
そうして、ほんとうに、あの時代を体験したひとたちは、
ー私たちが必死できずきあげた平和を感謝して、守り抜いてほしい。ただ、わらっていてほしい。
ーあんたたちの時代は、しあわせかとよ?
ーいまの子たちは、たいへんじゃなあ。せっかくの平和な時代なのに。もっと、ゆっくりしてもよかろうもん。
そういう人たちがいう時代が、もう何十年続いてしまっているんだろう。
いまの子は、たいへんじゃな。もっと、ゆっくりしてもよかろうもん。
ーもっと大変な時代を、軍医として生きただろう人がいう時代だ。
そんな時代が、ずっと、続いてる。
そして、むかしのくだらない根性論って片付ける。
ねぇ?
ほんとうに、その時代の人たちの生の声を、きいていた?
簡単には、言えないよ?
根性と努力でしか、成り立たなかったんだよ?
きっと、知らないんだ。
生の声は、きっと、とどかない。
だって、もう多くの方々が、やすらかな眠りについている。
ーあいたい。
そうおもっていた人たちに、しあわせにであっていてくれることを、切に、願う。
ほんとうに、願う。
祈りは、できない
私は彼らの宗教はしらない。というか、たくさんありすぎて、わからない。
ただ、願う。
あいたい。
ただ、逢いたい。
そう願っていたひとたちの想いがとどくように。
ただ、願う。
そして、
ー生きているなら、悔恨は取り返せる。
そう傷ついた瞳で、でも笑う彼の愛する明日菜を、私のたいせつな明日菜を、あの時にまもれなかった優菜を、
ー私自身の悔恨すら、救いたい。
生きているんだから。
言葉が、声が届くなら、伝えたい。
ー優しい人たちが、きずきあげた未来がいまなら、
ー優しい人には、やさしい世界じゃなきゃいけない。
やさしいひとたちが、心から願った平和なんだ。この日本なんだ。
ー戦争だけは、したらいかん。
子供にすらいえないつらさを、こらえきれずに、孫に託して、そして、他人にたくして、そして、ただ、
ーこの時代に、感謝しなさい、
そう心から願っていた、いや、いまもいるんだ。
ほんとうに、いるんだ。
ただ、あまりにもつらいから、もう口を閉ざしたいのに、年をとったら残酷なまでに若いときの記憶の方が鮮明になっていくんだ。
ーこんなに長生きして、ごめんなさいね。
ちがう。ちがうよ?
いくら叫んだって、とどかない、
なのに、勝手に、ほんとうに、自分勝手なタイミングで、自分だけふって、いまに、もどってさ、
ー長生きして、ごめんなさい。
そんなことないって叫んだって、もうとどかない。
誰がこんな時代にしたんだろ?
ー長生きして、ごめんなさい?
ちがうよ。
ー長生きしてくれて、ありがとう。
だったよ?
なんだよ、それ。
むかしの根性論?
ちがうよ、その時代の価値観だ。背景だ。
価値観は、常に、変化し続けるんだ。
ね?
ほんとうに、
―私たちが必死に生きてまもって、つくりあげた平和だ。まもって。
そう言ってくれていた人たちが、
ー長生きして、ごめんなさい。
って、言うんだ。
杖でどんなに殴られたって、
ふっと我に返って泣かれたら、
ーそんな自分をその人たちは、若いころに、こんな自分に、なりたかったんだろうか?
そんな、未来を、想像していたんだろうか?
ー加齢。
人間は、生き物には、必ずあるんだ、
ーだれにも、どうしょうも、ないんだよ?
ね?
どうしようも、ないよ?
ただの、
ー加齢だよ?
なのに、
心からの、
ー長生きして、ごめんなさい。
ね?
あの人たちは、そんなに、悪いことをしたの?
ー若いころに、いまの自分をみて、いちばん、悔しいのは、
だれ?
ー長生きして、ごめんなさい。
どんなに違うって、否定したくたって、
声は、とどかない。
ーずるい、んだ。
勝ち逃げ、じゃん?
言ったもん、勝ち、じゃん?
ずる、すぎる。
私にも、言わせてよ?
ーほんとうに、ずるい、んだ。
やさしい人たちには、やさしい未来がないとおかしい。
じゃなきゃ、
ずるい、んだ。
ー勝ち逃げ、じゃん?
ね?
ずる、すぎる。
勝ち逃げ、じゃん。
ほんとうに、
ずるい、んだ。
明日菜のデビュー作のテロップを思い浮かべた時に、飛行機の到着をアナウンスがつげた。
私はスマホをぎっゅと握りしめていた