第32話 彼女と彼氏と夢みる子供。
「ちょっと飲み物や食べ物買ってこよう」
春馬くんが車をコンビニに停めたとき、
「春馬くん、私も後ろの席に移動していい?」
私は春馬くんに、そうきいていた。春馬くんは、あっさり、
「いいよ?かわりに、萌えちゃん前くるか」
ーそれは、それで、嫌だなあ。
わがままな私が思ったら、萌えちゃんが、私の肩をぽんって叩いて、
「明日菜お姉ちゃんも苦労するね?私は後ろに行くからいいよ?」
「おや?チャンスだぞ?萌?つけいる隙があるなら、つけいるべきだ」
相変わらず純子さんの演技は、完璧。
それは、私には想像がつかない母親としての深い愛情から。
ーそういえば、私は、母親を演じたことはないなあ。
とくに断った記憶がないから、千夏さんがオファーを断っていたのか。
ー私には、まだ無理な重さか。
目をキラキラしながら、空ちゃんが、私が声を演じたヒロインを見ている。
ー明日菜お姉ちゃん。
そう呼んでくれる春馬くんの大切なお隣さんの子供達。
ーお姉ちゃん。
不思議な響きだなぁ。
だって、私は三人兄妹の末っ子。
お兄ちゃんは、陽太。
お姉ちゃんは、朝陽。
そのふたりに照らされて、あたたかな光の中で、育った、私、明日菜。
ー陽太と朝陽と一緒に、明日も元気に、毎年、ずっと菜の花がみられますように。太陽のように輝く私の大事な陽太と朝陽がやさしく明日菜をまもってくれるように。
お母さんやお父さんが、たくさん、たくさん、考えてくれた名前。
ー明日は元気いっぱいに、色々な競争にかって、財産に恵まれて、そして、いつかは小さな幸せを手に入れる。明日菜っていい名前だよな。
そう春馬くんが初めて私の名前をよんでくれた。
私の大切な、
ー神城、明日菜。
上野さんのお婆さんが、熱心にみてくれたドラマは、明日菜が演じた。
空ちゃんのいまみているアニメは、そんな明日菜が一歩ずつ地道に積み上げて、18歳の春馬くんの誕生日に凍らせてしまった、明日菜、が積み上げてきた実績が、あったから、
ー神城明日菜、が演じている。
私は、じっと空ちゃんの様子を見ていた。私の声だけだけど、空ちゃんの表情がころころとかわっていく。
アニメのヒロインの世界に入り込んで、目をキラキラさせている。
ー声だけだけど、私の演技に、空ちゃんが笑顔になっていく。
凜ちゃんですら手をたたいてよろこんでる。
あの私が心を凝らせたはずの、
ー神城明日菜は、私は・・・。
「あっ、ダムだ」
萌ちゃんが後ろで呟いて私の視界がつられて外にむかう。春馬くんの運転するファミリカーはいつのまにか私も見覚えがある山道にはいっていた。
私の記憶がフラッシュバックする。
ネット中にあふれて、消しても消しても、消えない、あの動画。
ただ、春馬くんを守らなくちゃ。そう心が冷え込んだ夜。
その残像が、はっきりと、心にあふれようとしたとき、
「わっ、きれいだね?桜が咲いているよ?明日菜お姉ちゃん」
萌ちゃんが私の肩を叩いた。
視界に生えるかすかなピンクの木。
「うーん。ここは山だからなあ。もっと下は咲いているとおもうけどなあ」
「でもきれいだよ?あっ、帰りにどっかで桜見たい」
「それもいいな。村上、場所のチョイスはまかせるぞ?」
「少しは、お母さんも決めたら?」
「そもそも、ここが、どこかわからん」
「軍曹、マジっすカ?年パスちゃんともっていますよね?」
「あれは壱が作ったからなあ」
「完璧に一尉まかせじゃないですか」
「適材適所という言葉をしているか?村上くん」
「・・・たしかに」
純子さん、春馬くんに勝つんだなあ。私はすこし二人の会話に呆れていたら、
「・・・なんでお母さんと春馬兄ちゃんの会話って、面白いけど、つかれるんだろ」
萌ちゃんの感想に私は同意した。
「あっ、もうすぐトンネルだぞ」
って春馬くんがいって、私は前をみた。
有料の東背振トンネル。
春馬くんがこの前連れて行ってくれた、福岡県最大の五ケ山ダムを、そのままずっと道伝いに上っていくとたどりつく、有料のトンネル。
旧道には、坂本峠という峠があるけれど2トン車以下しか通行できない上に、水害などでよく土砂崩れになるから、一年中のほとんどが通行止めになっていることが多い。
東脊振トンネルは大雪以外は通りやすい。
普通車は片道320円。
春馬くんいわく、
「この山を切り開いた労力とひとの祈りがこめられた道路なんだ。320円の通行料で元をとるのはかなりさきだろうけど。この山の雪深さを考えたら、その利便性を考えたら、ほんとうにすごい仕事なんだよ」
って萌ちゃんに説明していた。
「もとをとるってなに?」
「ん?有料道路って、作った分の費用が回収できたら、無料になるんだぞ?わりと福岡は回収率がいいんだ」
って元有料道路を数本上げていたけど、地元じゃないから、私は、よくわからなくて、じもとの萌ちゃんが首をかしげて、
「だまって運転していろ。酔う」
純子さんが言って、
「マまもみんなもうるさい。聞こえないから黙って!」
って、空ちゃんがまた怒っていた。
空ちゃんの目は、ずっと、モニターにうつる、私が演じたアニメのキャラクターを、キラキラらと追っていて、私が歌う歌に合わせて、凜ちゃんが、手をたたいていた。
ああ、この歌って、小さな子たちに流行ったんだ。
思い出した。
映画の公開時に、テレビの企画で子供たちとうたったなあ。
まだコロナが流行る前で、
・・・マスクなしで近くでみんなで笑ていた。
あれから何年?
いまはマスクでも、
ーあのときみたいに笑ってくれてたら、いいなあ。
私はちいさくその歌をつい口ずさんで、
「明日菜お姉ちゃんん、うまいね?」
空ちゃんがほめてくれて、
「でもうるさいから黙って」
って怒られた。
春馬くんと萌ちゃんと純子さんが思いっきり吹き出して、
ーやっぱり空ちゃんに怒られた。
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