第25話 彼女と彼氏と彼女のデビュー作。
上野さんが私にあってほしいといったのは、上野さんのおばあさん。
今年で96歳を迎える方。
「明日菜さんの大ファンなの」
そう言われて私は目を瞬いた。
「えっ?」
私の、神城明日菜の評価は、少女漫画のヒロインを演じさせたらナンバーワンで、正直その年代の方々には、ちょっと最近の少女漫画の話は眉をひそめられている。
ーあの破廉恥女か。
純子さんが私に言った感想は、そのまま高齢の方々に対するイメージになっていると思っていたんだけど。
私の考えていることがわかったんだろう。上野さんが苦笑した。
「あなたのデビュー作の大ファンだったの。10年前は、まだ、元気だったから」
「えっ?」
「国営放送のヒロインの若いころを演じていたでしょう?戦前、戦時中、戦後を生き抜いたあの人の若いころを。私のおばあちゃんはそのまま、自分の青春時代と重ねていたの」
私は、はっとした。
まだ演技のえの字さえよくわかっていなくて、
・・・神城明日菜になる。
でもなくて、ただの13歳の子供が、私、が夢中で演じた役。
ーきみはいい意味で無色だ。
そう言ってくれた監督の遺作で、
戦火を明るくたくましく泣いて、でも前向きに、ただ仲間と青春をすごしたヒロインの若いころを私は演じた。
たくさんの体験談をきいて、そして、それでも、その時代を青春として、前向きに生きていた人たちがいる。
私は時に監督にそうじゃないと、その時のヒロインやシナリオを、なんども繰り返し読んで背景を勉強しながら、それでもそのシナリオに私の心がひきずりこまれないように、周囲の大人たちが、千夏さんや監督、多くのスタッフさんに、私の心に寄り添ってもらいながら、なによりも、
ーたくさんのエールを頂いてやり遂げた、あの演技。
デビュー作で、ヒロインの少女時代という大役にただ、ひたすら純粋に演じていたあの頃。
誰のためでもなく、
神城明日菜としてでなく、ただ監督の、
ーこんな時代にも明るくたくましく青春をおくった人たちがいるんだ。
そう伝えたいって、力強い願いに私も必死だった。
たくさんファンレターを頂いて、
雑誌モデルのネットの感想じゃなく、直筆のもうあまり上手じゃない震えた文字の手紙も多くて・・・。
あの演技は、神城明日菜ではなかった。
ただ、ひたすら純粋に演じた私のデビュー作。
ーなんで忘れていたんだろう。
あれも私だった。
クランクアップ後、ただ、監督から、
ーおつかれさま。よく頑張ったな。いい作品になるぞ。
って言われて素直にうれしくて、春馬くんや真央にはしゃいで、
ー笑って、報告したんだ。
たくさんの応援のおかけで、私は・・・。
ー演技が好きだと思えたんだ。
「おばあちゃんね。もうあんまり正気に戻ることが、少なくなってきているんだけど。コロナで電話をスタッフさんが繋いでくれるだけなんだけど。もうお話できないかもしれないんだけど・・・。ごめんなさい。孫としてのただのわがままなんだって、わかってるんだけど。お願い。ちょっとだけ、お話してくれないかしら」
上野さんが言った。
「ほんとうにね。もう私や母の名前もうろ覚えなんだけど、時々、ふっと、正気に戻ることがあってね。不思議ね。不思議なんだけど・・・」
ほんとうに、時々、なにかのきっかけでふと、一瞬だけ我に返って、
「ーごめんなさいね。こんなに長生きして」
って言うんだ。
ー迷惑ばっかりかけて。
「そんなことないよ、って返事を返すときには、また、もどってて・・・。どんなに違うって否定したくてもできないから」
迷惑なんかじゃない。その一言を伝えたくても、もう通じないから。
あれが本当の言葉だって、ほんとうにわかっているから。
上野さんが切なそうに笑う。
「電話をかけてもたぶん意味不明だとは思うんだけど。施設にはいる前にね、おばあちゃんがとてもうれしそうに、あなたをみていたの。いまも時々、スタッフさんにあなたのドラマのお話をしていてね」
ー話すのは、いつも若いころの戦時中の青春時代なんだ。
私の役に自分の青春時代を重ねて、
亡くなってしまった大切な人たちのおもいでをかさねて、
「あなたの成長をみてきていたの」
そう続けられて私の目から涙があふれた。
春馬くんがそっと肩を抱いてくれる。
「私でよければ、ぜひお話させてください」
「ありがとう」
そう言って上野さんはスマホを操作して、施設のスタッフさんとお話を数回して、そして、
「わかりました。ありがとうこざいます。いえ、はい。いつも本当にありがとうございます。祖母をお願いします」
と言って電話をきった。
「ごめんなさい。いま、すこし体調をくずしているみたいで寝てるって」
「えっ?大丈夫なんですか?」
「もう年も年だから、些細なことでほんとうに熱をだしてしまうの。あまりに頻繁だから、母には連絡がいくんだけど、私にまでは、まわってこなくて」
嚥下能力も加齢と同時におちていっちゃうから、ただ、飲食、を、する。そのことだけで、いつだって、誤嚥性肺炎の危険性がある。
施設にいても転倒やベットからの転落はいつだってある。
もう動けないはずなのに、
ーうごける。
車を処分しない限り、
ー運転しようとカギをさがしまわったり、突然、生まれ故郷にもどろうと遠く離れた場所つで見つかったりもする。
どうやって行ったのかは、わからない。
ーほんとうにわからない。
遠い場所で保護されて、
・・・無事じゃないことも多い。
パトカーがよくまわっている時は、地域パトロールだけじゃない。きっと探してくれているんだよ?
どこに、帰りたかったんだろう?
だれに、あいたかったんだろう?
ただ、私が頂いていたファンレターでは、
ーこんなしあわせな時代に生まれたことに感謝しなさいね?
そう書いてあった。
きっと、ほんとうに心から、そうおもっている人たちがいるんだ。
いつも穏やかに、笑っていて。
ー文字は、震えていた。
私はきっゅと唇をかんだ。
「お話したかったです」
「まだいくらでも話せるよ?」
って春馬くんがわらって私の頭を撫でてくれて、上野さんも微笑んで、
「そう言ってくれるだけで十分よ。ほんとうにありがとう」
そう笑ってくれたけど。
ー私が二度と上野さんのお婆さんと話す機会はなかった。
ただ、せつなかった。
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