第17話 彼女と彼氏と彼女の、ね?きいて?
春馬くんのお手製のサラダを食べながら、私はきいた。
「そういえば、日本語教師って?」
「ああ、いまは、ちっょと延期になった」
って、春馬くんは、いった。外国行き自体が、いまは延期になったらしい。
「なんで?」
「うーん?まあ、外資ならではの事情かな?」
「外資って、外国の事情ってこと?」
「うん。まあ、そのうち、耳に、必ず、はいるよ」
って春馬くんが、真面目な顔をした。
ーまじめな春馬くんは、めずらしい。
から、
「私は、いまは、知らないほうがいい?」
「まあ、いま、は、かな。まだ、目覚めたばかりだから。ゆっくりもどればいい」
春馬くんが言うなら、そうなのかな?
真面目な顔の春馬くんの時は、ほんとうに、まじめな話だとわかってる。
ただ、素直にうなずいた。
「明日菜、トーストは?」
「牛乳だけでいいよ?」
「…血液検査は?」
「千夏さんだよ?」
お母さんより、私の体調にはきびしくて、寮母さんも食がほそい私のために、色々とメニューを工夫してくれていた。
私は、あることに気がついて目を瞬いた。
「あれ?私、あんまり生活力ないかも」
だって、13歳からずーっと寮暮らし。言ってみれば、
ー上げ膳据え膳。
で、23歳。
春馬くんのお嫁さん。いいのかな?って不安になったのは、一瞬だった。
「なんだ。いいじゃん、べつに。俺は基本的に味音痴で健康だぞ」
「さっき胃が痛いって、いってたよね?」
「明日菜・・・最近の若者は、料理サイトやYOUで腕をみがくらしいぞ?」
「美味しいの?」
、
「調味料の種類だけ記憶すれば、行程飛ばしてもいけるぞ?分量も適当でいけるんだぞ」
「・・・だれから?」
「ん?柴原。自炊しろって、やり方を教えてくれた」
「えっ?真央の手作りたべたの?」
一瞬、鼓動がドキッと跳ねちゃったけど、
「んにゃ。レシピの解読を暗記させられた」
「解読?」
「でも、きっと明日菜には、理解できないぞ?」
「・・・だよね」
14歳のあのルービックキューブ事件以来、二人のする話に口をはさむのは、あきらめた。
なんというか、私にはできない遊びばかりしているから。
それにー。
「真央にしか無理、だったんじゃないの?」
「・・・あたりだ。俺は柴原には、かてない」
「・・・だろうね」
「でも明日菜にも、まけるよなあ」
「・・・だろうね」
お菓子は私でも一応作れるし、春馬くんはなぜかホットケーキミックスでも失敗している。
あんなやつしらない、って、真央が呆れている。
ホットケーキミックスなんて、小さな子でも失敗しないすごい商品だし、なにより、春馬くんは、なんであれに着色しようと思うんだろ?
ホットケーキが、なぞにミラクルレインボー。
・・・想像しただけで胃が変になるんだけどなあ。
ーさすが、
「春馬くんは、春馬くんだね」
「だから俺が俺じゃなきゃ誰なんだ」
「私の大切な人」
「・・・人前ではやめてくれ」
「やったら?」
「・・・柴原の前では、やめてくれ」
「・・・それは、私も恥ずかしい」
素直に言ったら、春馬くんがやさしく笑った。
「じゃあ、しばらくまだ日本にいるの?」
「うん。いまは動きようがないかな」
また考え込んでる。ほんとうに、こんな真面目な顔の春馬くんは珍しい。
「・・・俺には、ちょっと気軽にできない話ではある」
って、哀しそうな顔をした。
知りたいけど、いま、の、私には、まだ、たえられない。たぶん、そういうことなんだろう。
だって、自分でもまだ心が不安定なのを、私は自覚している。
また、いつでも、あのふわわふわな世界に戻りたくなっちゃうだろう。
せっかく目覚めたのに、あのふわふわわの居心地の良さをしってしまった。
いきなり厳しいリアルは、まだ、避けたい。
無意識にそう思ってしまうし、春馬くんや千夏さんたちがいてくれる。
あの中学生の冬の寒い屋上で、限界だった私の心。
-18歳で、ほころび始めて、
・・・22歳で、限界をむかえちゃった。
がんばりつづけたけど、ようやく、
ー疲れちゃった。
そう言葉にできた。
それからの記憶は、本当にふわふわしている。
ただ、まわりが優しかった。
ーだいしじょぶだよ?明日菜。明日菜は優しいから、優しい人のまわりにはね、優しい人しかあつまらないんだよ?
きゅっと唇をかむ。
ゆっちゃんの声が、目覚めた私の心にどんどんはいってくる。
きっと、私が無意識にさけていた私のたいせつなゆっちやん。
ー私の悔恨。
ね?
あいたいよ?
「ね?春馬くん」
私は春馬くんをじっとみつめた。
春馬くんは、ちょっと茶色がかった瞳で、私をやっぱりじっとまっすぐにみて、
「ソファーで話そう」
って椅子からたちあがって、私の手をひいてソファーに移動してくれた。
ふたりでソファーに座って、私は春馬くんの肩によりかかる。春馬くんがそっと肩をだきよせてくれた。
「・・・やっぱりやせたな」
「それは、たぶん?」
もともと食が細い私。あのふわふわな世界でちゃんと食べ物を食べていたかもあやふやだから。
でも千夏さんや寮母さん、後輩たちや、たぶん、家族も私に、食べさせてくれたとわかってた。
「ジャングル開拓するかな」
「・・・市販のドレッシングだよ?」
「まかせろ。福岡がほこるピエト〇だぞ?明太子マヨネーズもいけるぞあとは・・・」
焼き鳥のキャベツだれってなに?
春馬くんが脱線しかけるから、私は話をもどした。
「あのね、春馬くん」
「えっ?梅味のひじきの話か?」
「してないから!?」
「あれ?」
「それ?」
「どれ?」
「・・・これだよ?」
もうしょうがないなあ。私はちょっとあきれて、春馬くんにキスをする。
だって、私はもう春馬くんの目の前にいるんだよ?
春馬くんがびっくりしたような顔になる。
「ーそうきたか」
「うん。負けてばかりじゃないよ?」
「相変わらず負けず嫌いだな、明日菜は」
って、春馬くんがやさしくわらう。
「・・・負けず嫌い?」
「そうだろ?俺や柴原よりも、ずっと、負けず嫌いだ」
「そうかな?」
「じゃなきゃ、あんなに頑張れないよ?よくがんばったな」
って頭をなでてくれる。ほんとうに、
ね?
春馬くん。
「春馬くんは春馬くんだね?」
「だから俺が俺じゃなきゃ誰なんだ」
「私の大切な人」
「・・・やっぱり定番化するのか」
「いや?」
「もはやここまで、ワンセットだな」
って春馬くんがあきれた顔をした。いつもと真逆だね?
私はクスクスとわらう。そして、
「春馬くんにきいてほしい話があるんだ。きいてくれる?」
「もちろん」
私は春馬くんの肩に頭をよせて目をとじると、大きく深呼吸をした。
ずっと誰にも離せなかった。
あの日以来、話しちゃダメだと思いこんでいて、誰にも言えなかった想い。
「・・・あのねー」
ごめんね?ゆっちゃん。
私はもう黙っていられない。
やっぱり、私の大好きな春馬くんにだけは、
ー話させて。
私の大切な、ゆっちゃん。
あなたの真実を、私は、春馬くんには、話したい。
もっと、はやくに、話せばよかった。
私は、やっぱり話しながら、春馬くんの腕の中でないてしまった。
ね?
ゆっちゃん。
ー優菜。
やさしい優菜に、
ーただ、
「あいたい」
ってないたんだ。