第8話彼女と彼氏と彼女の心の傷。前話の前です。
ー?
ひとの声がぼんやりする。
まだ、私の頭の中は、ちょっと、ううん、ぼんやりしている。
ーガチャリ。
とまた鍵がかかる音がして、
「ーん?明日菜?起きたのか?」
優しい手が私の頭を撫でてくれた。
あ、
「春馬くん」
私がつぶやくと、
「うん。俺だよ?明日菜」
って優しい声がする。
泣きたくなるくらい、うれしくなって、
ーやだ。なんで、ベッドに一緒に寝てくれないの?
って、春馬くんの腕を引っ張ってベッドに引きずりこんだ。
「えっ⁈明日菜!」
慌てる春馬くんの胸に顔を寄せて、背中をぎゅーっと抱きしめる。
私と同じ石けんのにおいだ。
あのひとたちとは、ちがう。
「春馬くん、だ」
喉があつくなる。
まだまだ、頭はぼんやりしてるくせに。
また、ふわふわの世界に、思い出したらもどりたくなるくせに、
ーあの世界は、楽なのに。
ね?
春馬くん。
「…大丈夫だよ?明日菜。いま、抱きしめてるのは、俺だよ?」
優しく抱きしめてくれる。
だから、私はまた泣いちゃうんだ。
18歳の春馬くんの誕生日。
あれから、ずーっと、
春馬くん以外の人にも、映画館の大スクリーンで触らせていた私。
それを真央と見ていた、春馬くん。
私の喉があつい。
ほんとに、胸がいたい。
ね?
春馬くん。
私は、
「…ごめんなさい。汚れちゃった」
つぶやいて、だけど、もう涙がとまらない。
ああ、そうだ。
いつだって、私はそう言いたかったんだよ?
春馬くんにしか、触らないで!
春馬くんだけが触って!
なんで、春馬くんじゃない人に触られてる姿を、
ーみんな、見ないで!
…だけど、私がえらんだ。
あの子の哀しい瞳が忘れられない、
ただの偽善でしかないのに。
ね?
春馬くん。
私はー。
「うん。よく、がんばったな?明日菜?そして、俺も頑張ったよな?」
って、春馬くんが言った、
ーえっ?
びっくりして、顔を上げたら。春馬くんの少し茶色がかった瞳に私がうつる。
涙でぼろぼろの、ただの、明日菜が映ってた、
「明日菜は、よく、がんばった。そして、俺も、がんばった、だろ?褒めてくれ」
まじめな顔で言うから笑ってしまった。
そうだね。
ね?
春馬くん。
私は、
うん、頑張った。
そして、
「がんばってくれて、ありがとう、春馬くん」
「ご褒美は?」
え?
戸惑ってたら、
「ーん」
深く口づけされた。
どくん!
って、心臓がはねた。
確実に、
ー生きてる。
あの日は、びっくりして一瞬で、自分からしかけたくせに、逃げちゃった唇を、
春馬くんが逃がさないって力強くふれてくれる。
逃げようとしても頭の後ろでしっかり、大きな手が私をはなさない。
こんなキスは知らない。
誰とも。
ー知らない⁉︎
ドンドンって胸を叩いたら、やっと、春馬くんが解放してくれた。
私の顔が真っ赤になるけど、
ね?
「…笑うなよ?」
つい笑ってしまったくらい、春馬くんの顔は耳や首まであかい。
そういう反応も春馬くんがはじめてだ。
「もういっかいは?」
いつかみたいに言ったら、
「襲うぞ?」
って、切なげに言われて、
「ごめんなさい」
さすがに反省した。まだ、ちょっと、私にはきつい。
だって、私はもともと、
「明日菜が男性恐怖症なのは知ってるから、大丈夫だよ?俺が怖くないなら、それでいまはいいんだ」
って、
もう、おやすみ、って、胸に抱き寄せて、背中を赤ちゃんみたいにトントンとしてくれた。
ね?
春馬くん。
もう少しだけ、
待っててね。
「…ちゃんと、起きるよ?」
「もう、起きてる。あとは、ゆっくり立ち上がろ?。みんないるし、俺がいる」
お互い、よく、がんばった。
もう一度、春馬くんがそう笑った。
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