第5話 彼氏と彼女と彼氏の両親のトンネル。
私は夜の九州道のベッドライトに照らされる道路をみていた。
九州自動車道。
人吉ー八代間には23個のトンネルが続いて、それとは別に、加久藤トンネルもある。
とても長いトンネル。
23個もトンネルが続いく。
それだけ山道が続く。ただ、ドライブ好きな春馬や旦那に言わせたら、
ー中国道より怖くない。
らしい。
でも助手席に乗っていても緊張する山道のカーブに、長さがバラバラなトンネル。
しかも、夜だ。
旦那に話しかけていいのか、いつも迷う道だ。
しっかりハンドルを握って、できるだけ。車線変更していないことは、わかった。
夜の高速道路は、トラックのパラダイスだ。
長距離を走りにいくのか、帰るのか。
ふらついてるトラックもたまにいて、
ー居眠りかな?
なら、距離を置くかあなあ。
そう思ってたら。旦那は隙をみて追い越したりする。
ただ、旦那の方が私より、よく考えて運転しているから、私は安心して、助手席にいて、
ーわりと寝てしまう。
旦那は怒らないけど、毎回、謝る。
それくらい、旦那の運転は、安定している。
でも。今日は眠たくならない。
次男の春馬のことをつい考えてしまう。
「明日菜さん、よかったわね」
そう、ぼつりともらしたら、
「ああ、がんばったなあ。すごい娘だ」
そう旦那は、少し笑った。
うちの旦那は、あまり喜怒哀楽が少ない。ほんとに冷静に物事を見るけど、
ー根底にあるのは、どんな人も否定したくないくらい、人間に優しい夢をみてる。
純粋な人、私はそう思ってる。
あまり他人の悪口を言わない。そして、それは春馬もよく似ている。
長男はふつうに手もかかって、反抗期もあった。勉強だって、塾で補って、なんとか大学にいれた。
正直、大学ならなんでもよかった。あまり、本人にも希望がなく、でも、大学には行きたい。
そして、私は当たり前だと思っていた。
同じ大学の学部違いをいくつか受験して、ようやく、一学部に受かった。
ただ、喜んだ。私も長男もよろこんだ。
だって、大学、に入れた。その大学はそこそこ有名だし、就職にも有利だ。
大学にはいれた。正直、もう勝った、って思ってた。
けれど、
あんなにがんばって入った大学を、長男は留年した。
遊びまわり留年した、そう思ってだけど、
「まあ、無理して入ったんだ。一年遅れていいんだ。でも2回目は、考えるぞ?」
旦那が長男に言って、長男は泣き崩れた。
ー大学だって学ぶ。というか、ずっと、難しくなって、長男が入れた学部は、長男の得意分野ではなかった。
旦那には、わかっていたらしい。いちばん、本人が、
ーこんなはずじゃなかった!
そう混乱していたことを。
だから、長男は泣いた。誰より、お金がどれだけかかるかを理解していた。
私は、
ーどれだけお金がかかると思ってるの!きちんと勉強しなさい!
しか、言わなかった。思い出したら、長男の塾もそうだった。
あんなに、受験に、
ー勝った。
そう思って、長男のために、なった。
そう思ってたし、長男は夢いっぱいに、学生になったのに。
自己管理が難しい子で、もう。大人だ。
そう怒ったけれど。
頑張って、た。
でも、わからない。
わからないから、バイトして、とりあえず、生活費だけでも稼いで。ちゃんと、学校はいく。
ただ、単位がとりたいのに、
ーレベルが違った。
でも、入れたんだから、ついていかなくちゃ。お金だってかかる。
誰よりも、いちばん、理解していたんだ。
旦那にごめんなさいって、泣きじゃくる長男をみて、私は思い出した。
旦那は子供達の受験について、黙って見ていたけど。
私や長男は、そういう人だって、軽蔑すらしていたのに。
ー誰よりも長男を案じていた。
私は春馬の方が心配だったのに。
長男よりも頭のいいくせに、変わっていて、親の私にすら、何を考えてるか、わからない子なのに、旦那は、
ーあの子は大丈夫だ。真央ちゃんがいる。むしろ、長男が心配だ。
そのひと言ですませて、実際に、春馬は中高大、なんなら就職先でさえ、異性の友達の金魚のふん、みたいな子だった。
ー頭は独特で、よく長男の算数の宿題の答えを答えて、プライドが傷ついた長男とよく兄弟げんかになっていた。
し、
春馬には、ほんとに、答え、だけ、しか、わかってない。
考え方は、すべて春馬の頭の中の独自の数式で、口下手だし、その法則を思いついたら、春馬は教科書に興味がなくなる。
中学生で飛躍的に成績が伸びたのは、同じ考えをする真央ちゃんがいたからだ。
私はなんども春馬に教科書をみせて、説明した。
何度も、何度も。
けれど、ある日、やっぱり、旦那が言った。
ーそれは、その教科書と違う。お前の解き方だ。
言われて、気づいた。自分では、春馬の、いまの、教科書、にそっていた、
ーつもり、だった。
でも、違った。私は、もう私の時代の解き方を無意識に教えていたらしい。
旦那は、あっさり放棄していた。
ー俺には、もう、いまの教科書は理解できない。
春馬の勉強は、ほんとに、真央ちゃんが教えた。
で、伸びた。
でも、同じやり方は、長男はできない。
そして、長男のやり方も、春馬にはできない。
お互いがコンブレックスだった。
そのことに、バカな私は、長男の涙をみて気づいた。
そして、旦那は、2回目はないと言い切った。
甘いのか、厳しいのか、わからなくて問いかけたら。
ー次、留年したらもう甘えだし、たぶん、向いてないんだ。なら、違う道を一緒にさがすよ。
少なくても大卒は無理だけど、高卒でもない。むしろ、がんばって、その大学に入った証明は残る。
ーそれは、長男の頑張りで、父さんの誇りだ、長男がいまは、挫折感しかなくても、俺には誇りだ。ほんとに、長男は、よく頑張った。
ただ、合わなかった、それだけだよ?
違う道をえらぶなら、早い方がいい。
もう十分、傷ついて挫折感を味わった。ならもう一度だけ、光を示してやる。
ただ、お前はもう言うな。本人が選ばないと、また繰り返す。
納得しなくちゃ、いつまでだって、
ー親のせいだ。誰かのせいだ。自分のせいじゃない。
反省しない。立ち上がれない。
そうバッサリ切り捨てて、
幸いにも長男は留年後はきちんと卒業して、就職した。
あとで、もしかしたら、引きこもりになったとも言っていた。
思春期の不安定さは、実は20代半ばまで続く。20代の方が挫折したらきつい。
そう知ったのは、ずいぶんと後だった。
旦那は市役所勤めだ。いろんな課を転々としていた。だから、だろう。
いろんな悩みをリアルで体験していた。
「まさかお嫁さんが神城明日菜さんなんて」
中学生の時にチラッと噂話にきいた程度で、消えた。
明日菜さんは、とても目立つ子だから私も知っていたし、だからこそ、
ーまさか⁈
あのデミオの動画騒動は驚いた。
てっきり、春馬は真央ちゃんと結婚する、そう思ってたし、なんなら、真央ちゃんのお母さんとも、たぶん、そうよねー。将来よろしくね?
なんて会話さえしていたのに。
「おっ?可愛い嫁さんきたな、でかした、春馬」
あの時も旦那は、笑ってたなあ。
春馬は旦那似かなあ?そう言ったら、
「アホ言え。俺たちの子だぞ?確かに俺にかもしれないが、お前にも似てるだろ?」
…当たり前だなあ。
あの子の茶色がかった瞳は私譲りだし、食べ物だって似てる。
私が育てた。
ー当たり前、だった。
そして、
「あなたマニュアル大丈夫?」
ようやく最後の長いトンネルをぬけてきいたら、
「たぶん」
帰りはちゃんと、起きてよう。
私は心に決めて、
ー娘かあ。
ちょっと、わくわくしていた。
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