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番外編、⑨


「おぎゃー」


そうちいさなか細い声がした時、俺はすべての時がとまったような気がした。


俺はその時にはじめて、あった。


だって、俺には正直に言って、実感がなかった。


ーほら、動いたよ?


って、言われてお腹に手をやっても、いつだって、反応はなかった。


ー間がわるいね?


そう嫁さんはわらっていたけど。


ーほんとに俺の子か?


最低なとさえ、考えたりもした。


それくらい、実感がなくて、画像をみせられても正直、なんだこれ?


人間ってこんなふうにできるのか?


メダカみたいじゃないか。


って、やっぱり最低なことを考えたりしていた。


ーなのに。


扉の前で、あの華奢で可愛い嫁さんの、獣のような、ひどい声をきいて、


ーたのむ!無事でうまれてくれ!


気が付いたら手をくみあわせて額にくっつけて、ひたすらそれだけを願っていた。


きのうまで、ぼんやり、事務所のトップシークレットの後輩の状態を気にしていたのに・・・。


俺の頭の中には、なんにもなくなった。


ただ、


ーたのむ!


誰にだ?


あとからそう思ったけれど。


ただ、


ーたのむ!無事に生まれてくれ!


ただ、


それだしかなかった。


そして、


「おとうさん。もうすぐです」


って、声がして、中にはいった。


ほんとうに、もうすぐの瞬間でしか俺はよばれなかった。


この日のために奮発したカメラだったのに。


俺の手はふるえて、もうカメラどころじゃなかった。


いつのまにかスタッフさんが俺からカメラをうけとっていてくれたけれど。


俺は、そんなことにも気がつかなかった。


苦しむ嫁さんの声と顔と、


「ああ!生まれたよ!」


って、みんなの声がしたのに・・・。


あれ?泣き声は?


って、思って、


たぶん、ほんとうにわずかな、時間で、助産師さんたちが呼吸の処置をして、


ーおぎゃ。


はじめてきいた声は、ドラマみたいに大きくはなかったけれど。


「あっ、泣いた」


って、嫁さんの声に反応するように、助産師さんがまた刺激したら、


「おぎゃー」


ちからづよく泣いた。


ああ、泣いた。


赤ん坊ってほんとうに赤いんだ。


あかい、坊。


あれ?


性別きいていたよな?


どっちだった?


そんなことより、


抱っこできるのかって、見てたら、


「はい。がんばったね。おかあさん」


って、嫁さんにいちばんにみせていた。


そしたら、嫁さんは泣くのかと、思ったのに・・・。


泣き虫なくせに・・・。


「ああ。やっと、あえた!」


ってとてもうれしそうに、そして、つかれきったはずなのに、


ーもう母親の顔をするんだ。


って、思って、


「はい。おとうさんだよ」


って、助産師さんが俺にみせてくれて。


抱っこっていわれても、


「いや、こわしそうだから」


って、俺はついことわったけど。


ーほんとうに、こわしそうだったんだ。


それくらいちいさくてー。


想像よりもずっと小さな手と足で。


でも平均らしいけど。


でも・・・。


ちいさな手が俺の指をきゆってにぎりしめた時に、


ーああ、あえた。


俺の目から涙がこぼれおちた・・・。


ーああ、あえた。


あのおなかんなかの、わけのわからない存在に、


ーああ、あえた。


ちゃんと、いた。


いたんだね?


ずっと、嫁さんが想っていた相手に、


俺じゃなくて、もうそいつのものなのか?


無理やり結婚したくせに。


俺はどうでもいいのかって、バカみたいに思っていたのにー。


ああ、いた。


ちゃんと、いる。


「おぎゃー」


泣いてる。


もし、泣かなくたって、


ーあいたい。


ずっと、嫁さんが口にしていた。


いまなら、わかる。


あの声を俺はきいちまった。


だから、わかるよ?


だって、ほんとうに、


ー命がけだ。


嫁さんも、


―赤ん坊も。


ああ、あえた。


キミがいる。


ああ、あえた。


ただ、あいたい。


そう、願っていた嫁さんのほんとうの言葉の意味がわかった。


ーただ、あいたい。


もし、泣かなくても。


ーただ、生きていたい。


その目でみたい。


ーあいたくて、たまらない。


でも、まだ、はやい。


でも。


ーはやく、あいたい。


でも。


まだはやい。


なのに。


あいたくて、しかたない。


でも。


ーこの世に私はいるの?


そう言っていたのに。


俺は、心配のしすぎだって、軽く流してしまって。


ーああ。


「やっと、あえた」


俺の口からもそう言葉がでた。


あれ?


いま、何時だ?


おはよう?


こんにちは?


こんばんは?


もう、どうでもいいや。


「よろしく。俺が、父親だよ?」


ー俺が、父親だ。


この子の、


この奇跡みたいな塊の、


ー父親だ。


ああ、奇跡の片割れは、


ー俺、だ。


ちっちゃな、


「おぎゃー」


でも、


ちからづよい、


「おぎゃー」


そして、俺の指をしっかりとにぎりしめる。


ーああ、


やっと、あえたね?


ああ。


ただ、


ー俺は、もう父親だ。


うまれた時点でもう母親のおなかにいた年数も、苦しみも絶対にかなわないとおもうけれど、


ー俺は、もう、


父親になった。


この瞬間に、


きみが父親にしてくれたんだよ?


ばかみたいな、あたりまえだって、おもっていたのに。


ー俺は、父親になった。


そんな奇跡があるんだ。


ただ、


ーきみにあえた。


きみが俺を父親にしてくれたんだ。


ああ。


ただ、


よくわかんないけれど。


ただ。


ーやっと、あえたね?


俺は父親になった。


だって、父親はすぐに実感わかないよっていうけどさ、


もう。


ー父親なんだよ?


そんないいわけ、


ーもうできない。


ただ、キミがいる。


それだけが、


ーリアルだよ?



ブックマーク いいね ☆評価ありがとうございます。 少しでも続きが読みたいと思われたら評価お願いします。 予想外の方に読んで頂き、ふたりのハッピーエンドを見たい方はよろしくお願いします。


新婚版はhttps://ncode.syosetu.com/n6506hr/


よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] ついに生まれましたね。こちらは火曜日の午後3時ちょっとまえですが、2時半から予約を入れていた、学生がキャンセルしてきたので、少し暇です。この学生は、少し離れたところからくるので、嵐の中を運転…
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