小学一年生と計算で勝負をして勝てたら嬉しい?
「行くぞ、祐介! いつもいつも俺をちび呼ばわりしやがって、バスケットボールはテクニックだってことを教えてやるよ!」
大島君はドリブルで上がってくる、巧なボール運びで僕は、たやすく抜かれてしまった。
「やっぱり、バスケは俺の方が強いみたいだな!」
大島君はレイアップ(ボールを下から上に投げる)をした。それを見て僕は走り、高く跳躍する。そのまま大島君が放ったボールをはたき落とした。
「⁉」
バスケットボールが壁にドカンっと当たり、床に落ちる音とどよめきが体育館に響く。
大島君は驚きからか目を見開き、どこか清々しい表情を浮かべた。
「よ、よし。じゃあ次はバレーボールだ!」
バレー部の部長らしき人がバレーボールを持って僕に話しかけてきた。
「君にはネット際でボールのブロックをやってもらう。俺が上げたボールをバレー部のエースが打つから、自陣のコートに入らないよう防いでくれ」
「わ、分かりました……」
(ここまでやったら、何をしても同じか……)
「それじゃあ行くぞ!」
僕はバレーコートの前側に立ち、トスが上がる場所に注意する。
僕側のコートからバレー部の男性がボールを打ち、相手コートの人がボールをレシーブする。レシーブしたボールを部長がトスを出す。
僕は上がったボールを追いかけ、タイミングよくジャンプし、両手をネットから出した。
「たっか!」
上がったボールをエースが打つが、ボールは僕の腕に当たり、相手のコートに落ちた。
「まじかよ……」
体育館で練習をしていた生徒たちがまたしてもどよめく。
驚きの声もあれば……耳を防ぎたいと思うような声もあった。
「あいつ、手と脚が長すぎだろ。俺たちと同じ人間かよ……、宇宙人みたいだな」
「わかる、なんかキモくね……」
「あんなの、背が高いだけだろ……。俺もあれくらい身長があれば余裕で出来るっつ~の」
罵声されている状況に耐えられなかった僕は下を向き、靴下を履いて体育館の入り口から出た後、内靴をすぐに履いて逃げた。
☆☆☆☆
「ど、どうですか部長。祐介、すごいでしょ」
「確かにすごい。本当に運動が苦手なのかってくらい動けてた。でも、俺はもう彼を部活に勧誘するのをやめる」
「ど、どうしてですか! 祐介はバスケを本気でやれば、すごい選手になりますよ」
「彼のプレイを見て何となくわかった。彼は運動を楽しめていないみたいだ」
「楽しめてない?」
「そうだ。大島はもし、菓子の当たりがわかる力があったらゴリゴリ君を買うか?」
「そりゃあ、当たりがわかるんですからいっぱい買うでしょ……」
「じゃあ、楽しいか?」
「楽しい?」
「ゴリゴリ君っていうのは当たりがあるか分からないから、面白いだろ。当たるか当たらないか分からないから楽しいんだ」
「確かにそうかもしれませんけど……。先輩が何を言いたいのか、まだよくわかりません……」
「そ~だな」
バスケ部の部長が考えている後ろから大原が大島に話かける。
「大島君は普通の小学一年生と計算で勝負したとして勝ってうれしいですか?」
「うれしい? 別に嬉しくはないぜ。小学一年生と計算で勝負したら楽勝で勝てるだろ」
「多分、それと同じなんじゃないですかね」
「それ! それに近い!」
バスケ部の先輩は大きな声を出し、大原の例を絶賛する。
「私、疋田君を探してきますね」
大原は体育館を出て疋田を探しに向かった。
☆☆☆☆
(どうしてだろう。普通にしているだけなのに、なぜこんなにも目立ってしまうんだ。僕は別に目立ちたいわけでもないし、スポーツが普通にできるだけでいいんだよ。こんなにも普通の願いが叶わなくなってしまったんだろうか)
僕は知っている道を歩いていると、誰もいない自分の教室に戻って来てしまった。
「特に何も用はないのに僕はどうしてここにきてしまったんだろう。本当に誰もいない。今の時間ならやってみたかったことが出来るかも……」
そう思った僕は教室の中を堂々と歩いてみた。昔から教室を堂々と歩きまわってみたかった。いつもは誰かが教室にいて、どうしても目立ってしまうから歩けなかった。
教室の中を堂々と歩いている僕は味わった覚えのない優越感を得ていた……。
スポーツをやった時やテストで良い点を取った時とはまた違う、高揚感も加わる。
「ああ、堂々と歩くことがこんなにも気持ちいいことだったなんて知らなかったな。常日頃から堂々と歩けたらいいのに……。まあ、どうせ無理だと思うけど……」
僕は自分の席から前の長い木台に上り、教室を一周してまた自分の席に戻る、という意味不明な行為を数回繰り返した。
その間、色々な歩き方を試してみた。膝を高く上げ、軍人が行進をするように手を肩の高さにまで上げながら元気に、またモデルかのようにちょっとカッコつけたフォームでスマートに、いつでも元気溌剌な少年のようにスキップをしながら歩く。
「は~、歩くのって楽し~な~。わ~いわ~い!」
「ふっ……」
僕は妖精のような美声を聴いて一瞬で我に返った。その場で固まり、何と言い訳しようか思考をフル回転させる。とりあえず、四つん這いになって背を縮めた。
「あれ……やめちゃったんですか。ふっ……」
教室に入ってきたのは身長の低い少女……。大原さんだった。
「お、大原さん。ど、どうして教室に……」
(どうしよう、どうしよう、よりによって大原さんに見られてしまうなんて)
「いや、疋田君を探していたら、教室から声が聞こえて覗いてみたんです。そうしたら、疋田君が何か楽しそうに教室を歩き回っていましたから、そっとしておいてあげようと思い、廊下で観察をしてたんですよ」
「か、観察。やだな~。僕はただ、教室のごみを拾っていただけですよ~」
「楽し~な~、普段からこんな堂々と歩けたらいいのに! って言っていたように聞こえたんですけどね~」
大原さんは元気な声で僕の真似をした。全く似ていないが楽しい気持ちは良く表現されていた。
「い、いったい、いつから見てたんですか……」
(お願いだ。できるだけ見ていないでくれ)
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