謝る理由
「はぁ……。わかりましたよ」
僕は柚希さんの隣に座り、何を言おうか迷っていると彼女がいきなり話始めた。
「もう、ほんとに残念です……。明日は休日なのに疋田さんは仕事だなんて……。今日は一夜を一緒に過ごせると思ったのに……」
「え、えぇ……」
柚希さんはいきなり芝居を打ってきた。彼女の聞きとりやすい声が車の中に響き、耳に話の内容がスッと入ってくる。一瞬にして場の空気を作り出してしまった。
(ぼ、僕も芝居をしないといけないのか……。えっとえっと柚希さんの心境を読め。苗字読みにさん付なら、先輩か同僚の仲があまり深くない人だ。でも、一夜を共にできるくらい仲が良いなら会社の先輩だな。僕はため口かあだ名で呼べば違和感がないはず)
「ご、ごめんな、柚希……。明日はどうしても外せない仕事があってさ」
「もう……、疋田さんは彼女の私より仕事を優先する人なんですね」
柚希さんは視線を反対方向にプイっと逸らす。
(どうやら相当お怒りの様子だ。えっと……何を謝ればいいんだ。とりあえず、柚希さんの怒っている理由を考えて謝ってみよう)
「柚希が明日を楽しみにしてくれていたのは知ってる。本当なら二日連続のデートのはずだったのに、仕事が入ってしまったのは本当に申し訳ない。この日の埋め合わせは必ずするから、許してくれ」
「まぁ……疋田さんがそう言うなら仕方がないので許してあげます……。仕事が入るのも疋田さんが優秀だから仕方がありません。ま、デートはてんで素人でしたけどね」
「はは……、柚希は手厳しいな……」
(こ、ここら辺で帰ると言えばいいのか。ん~、わからない。どうしたらいいんだ。柚希さんは何を言ってほしいんだ。考えろ、考えろ……)
僕は柚希さんの気持ちになって考える。
楽しみにしていたデートは半分で中断され、頑張って準備してきたのに相手に仕事が入って台無しになってしまった。加えて好きな人のデートは素人で目も当てられない状態。こんな最悪な状況を覆せるのだろうか……。
(あぁ~! もうわからない! これ以上沈黙が続くのは流石に何か考えていると悟られてしまう。今の気持ちをそのまま伝えるしかない!)
「柚希、今日は本当に楽しかった。柚希にとっては取るに足らないデートだったかもしれない。でも、俺は柚希と一緒にデートできただけで嬉しかった。次は柚希がもっと楽しめるデートにしてみせる。大好きだよ、柚希」
僕は出来るだけ笑顔で答える。真顔、泣き顔、怒り顔、いろんな顔がある中で不快感を一番与えない顔は何か考えた時、笑顔しかなかったのだ。
「……………………」
柚希さんは固まり、眼を見開いていた。声を発せられないのかどうも瞳が泳ぎ動揺しまくっている。よくからかってくる柚希さんにしては珍しい。
「あの、柚希さん? 何か言ってもらわないと僕も返答に困るんですが……」
「え……。あ、あぁ……。わ、私も……だ、大好きです……、疋田君……。あ、疋田さん」
返答をくれた柚希さんの表情は有料駐車場に入って来た自動車のハイビームによって真っ暗になり、全くわからなかった。
「く……、眩し。あれは柚希さんのお父さんの車ですか?」
「そ、そうです。あの車です」
柚希さんはお父さんが来て安心したのか、車からすぐに降りてしまった。別れ際の言葉の評価はもらえないのだろうか……。柚希さんから言い出したのに。
僕は柚希さんのお父さんに挨拶をするべきか迷った。でも、僕の存在を知られてしまったわけだから、逃げるより挨拶した方が印象は良いはずだ。
「お、お父さん。私、お姉ちゃんに車の鍵を返してくるから、ちょっと待ってて!」
柚希さんはこの場から逃げるように走り去った……。外は怖くて移動できないんじゃなかったのかな? もう、動けるのならそうしておけばよかったのに。
僕は駐車されているトヨタ車の黒色カローラのもとに向った。
「柚希は何をあんなに慌てていたんだ……。茹でタコみたいに顔を真っ赤にしちゃって……。まだ熱中症が治ってなかったのかな」
僕は運転席の方に向かうと高身長の男性がいた。髪色は黒で眼鏡を付けており、エリートサラリーマンと言った雰囲気が漂っている。左手首に付けているセイコーのシンプルな腕時計が男性のカッコよさを引き立たせていた。
「あ、あの……。大原柚希さんのお父さんですか?」
「え……。はい、そうですけど……。君は?」
「初めまして。疋田祐介と言います。柚希さんとはクラスメイトです。今日の午前中のアルバイトで柚希さんを危険な目に晒してしまい、申し訳ありませんでした」
柚希さんのお父さんは柚希さんが熱中症になりかけたことを知っているはずだ。
僕は柚希さんのお父さんに挨拶するとともに今日の出来事を謝る。僕が悪い訳ではないが、熱中症が起こりえたかもしれないという状況はわかりえていた。ヒアリハットの心が全く足りていなかった。柚希さんがもしかしたら死んでいたかもしれない。周りにいた者として謝っておくべきだ。
「えっと、私の名前は大原和正と言います。君が疋田君か。牡丹から話は聞いているよ。単刀直入に言うと柚希を助けてくれてありがとう。疋田君が応急処置をいち早くしてくれたそうだね」
「え……。まぁ、はい。放っておくのは危険なので、出来る限りの応急処置はしました。救急車を呼ぼうか迷ったんですけど、柚希さんに意識があったので応急処置だけで対処しました。勝手な判断ですみません」
僕は和正さんに向って頭をもう一度下げる。
「疋田君の判断は正しかったと思うよ。だから謝らないで。柚希も元気になってくれたみたいだし、牡丹が言うには柚希本人も自分が悪いと話していたから疋田君は何も悪くない」
「そう言ってもらえると、気が少し楽になります」
「ふぅ~ん。君が疋田君なんだ……。なるほどなるほど……」
和正さんは眼鏡を掛け直し、僕の周りを歩いて一周した。何か見定められているような感覚に陥り、僕は萎縮する。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価をぜひお願いします。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすればできます。
毎日更新できるように頑張っていきます。
これからもどうぞよろしくお願いします。




