柏餅の意味
「一人で車の中にいるのが怖いんですね」
「…………そ、そうですよ。私、暗い所と狭い場所が苦手なんです」
「じゃあ、何で車の中でわざわざ待っていたんですか?」
「そ、そりゃあ……。疋田君が来てくれると思ったから…………」
柚希さんはぼそぼそと呟くが、声が小さくて言葉が聞こえなかった。
「えっと、今なんて言いましたか? うまく聞き取れませんでした」
「何でもないですよ。理由なんてどうでもいいじゃないですか。もう、お腹ペコペコなんです。なので、一緒に食べましょう」
僕は柚希さんに腕を掴まれ、逃げられなかった。仕方なく了承し、車の中に入る。
「えっと、この中で飲食はしてもいいんですか?」
「全然いいですよ。お姉ちゃんは車の中が綺麗とか汚いとかどうでもいいタイプの人なので、気にせずに食べてください」
「そうですか。わかりました」
僕はプラスチックパックを開けてから手拭きで手を拭いて柏餅を持つ。柏の葉を少し剥がし、餅を食べやすくしてから一口齧り付く。中身はこしあんで食べやすい柏餅だった。
「ハム……。ん~」
柚希さんの食べた柏餅の伸びが良く、つきたての餅のようにびにょ~っと伸び、僕に見せて来た。伸びた餅が口周りに付き、小さな舌で餅を舐めとるように食べる姿がなぜか……厭らしかった。薄暗い場所だったというのも雰囲気が出ていて困る。
僕は熱いお茶のペットボトルキャップを捻って取り、お茶を少し飲む。
「はぁ~、甘い柏餅と少し苦めのお茶がよく合いますね」
「そうですね。私、甘いものが好きなのでお菓子をよく買って食べるんですけど、最近は洋菓子ばかり選んでいたのでたまには和菓子もいいですね。あんこの甘さが疲れた体に沁み渡ります」
柚希さんは柏餅をしみじみと食べていた。
よく見たら、柚希さんの柏餅の中身が粒あんで、商品が違うことにいまさら気づく。どっちかと言うと僕は粒あんの方が好きなので、柚希さんの柏餅が食べたかった。
(お互いに柏餅が一個残ってるし、交換し合えないかな……)
「疋田君の柏餅は中身がこしあんみたいですね。私の方は粒あんでした。私、どっちかと言うとこしあんの方が好きなので、一個交換しませんか?」
「え、いいんですか?」
「もちろんです。だって、疋田君が買って来てくれた柏餅なんですから、私に選ぶ権利はありませんよ。ささ、どうぞ」
「ありがとうございます。僕、粒あんの方が好きなんですよ」
僕は柚希さんと柏餅を交換し、粒あんが入った方を食べる。小豆の微かに残った触感が何とも言えない風味を醸し出しており、日本の和を感じた。
「疋田君。柏餅の柏の葉に意味があることを知っていますか?」
「え……、柏餅の葉に意味があるんですか?」
「ありますよ。昔のお菓子って言うのは対外何か意味があるんです。和菓子の面白いところですよね。お菓子の意味を知っていれば昔の人が何を思ってこの柏餅を食べていたのかがわかるんですよ」
「なるほど……。ん~。どういう意味があるんでしょうか。菓子と柏の語呂が似ていたからとかですかね?」
「ブッブ~、外れです。正解はですね……」
柚希さんは僕の耳元に口を持って来て息を吸い込み、声を出す。
「一族の子孫繁栄を願うためらしいですよ……」
「へぇ……。え? し、子孫繁栄……」
僕は無性に恥ずかしくなる。別にいかがわしい考えではないはずだ。子供の日は一応男の子の成長を祝う日だと思うし、疋田家の子孫繁栄を願うのは悪いことじゃない。
「疋田家が後世まで残り続けますように~ってお願いするんですよ。女の子の方は結婚したら、苗字が対外、男性の苗字に変わっちゃいますからね。もし私が疋田君と結婚したら、疋田柚希になるわけですか~。悪くないですね」
「な、何を言っているんですか。け、け、結婚なんて、まだ高校生になったばかりですよ」
「もしもの話ですよ~。本気にしないでください」
「で、ですよね~。冗談ですよね。ははは……」
柚希さんが僕に対して脈無しなのが確定した。
(なんか熱い汗が頬を伝うような気がする……。気のせいかな)
ほぼ暗闇で表情が見えにくい状況だったのが災いし柚希さんに苦笑を見られずに済んだ。
僕は甘いはずの柏餅を食べているのに塩味が効きすぎているような気がする。一気に口に含み飲み込もうと試みるも、餅が喉につっかえそうになり、お茶を飲んで何とか流し込んだ。その苦しさのせいで、眼に溜まっていた液体がこぼれ落ちる。
「だ、大丈夫ですか。食べ物が変な所に入っちゃったんですか?」
「す、すみません。柏餅が美味しすぎて勢いよく食べていたら喉に詰まってしまいました」
「もう、ゆっくり食べないと危ないですよ」
柚希さんも柏餅を食べきり、お茶も飲み切ってしまった。僕がこの場にいる理由が無くなり、帰らなければならない。もう、数分で柚希さん宅の車が到着するはずだ。僕はお暇しないと……。
「じゃあ、柚希さん。ゴミは僕が預かりますから、ペットボトルとプラスチックパックをください」
「私のいないところでペットボトルの飲み口を舐めたりしないでくださいよ」
「そ、そんなことをするわけないじゃないですか。さすがの僕でも絶対にしません」
僕はプラスチック袋にゴミを入れて車を出ようとする。
「どこに行くんですか?」
「どこって……、自宅ですけど」
「何で帰るんですか?」
「何でって、柏餅とお茶を食べ終わったんですから帰るんですよ……」
「暗闇に私を一人置いて行くんですか……。こんなに背が低くてか弱い女の子を暗い車の中に置いてきぼりにするなんて……」
「い、嫌ならお店に向かえばいいじゃないですか。駐車場を出たら車のライトや建物の明りで結構明るいですよ」
「うぅ、薄情者! 女の子は一人にしちゃいけないんですよ。だから疋田君はモテないですよ。あ~ぁ、柏餅を持って来てくれた時は良かったのに、最後の別れがこれじゃあ、女の子は離れていっちゃいますよ。モテる男は最後もカッコいいんです。少女漫画の知識ですけど……」
「ぼ、僕に何を求めているんですか。僕はモテる男じゃないですし、柚希さんが僕にキュンキュンして何の意味があるんですか……」
「女の子はいつでもキュンキュンしたいんですよ。さ、もう一回やり直しです。私がいいって言うまで返しませんからね」
「えぇ……。何ですかそのスパルタ教育……。僕は別にモテたいと思ってないのに」
「疋田君の好きな人にアタックするときに使えるじゃないですか。覚えておいて損はないですよ。どれだけいいデートをしても最後がゴミならその日のデートはゴミです。逆にデートがゴミでも最後がよかったらその日のデートは良いデートになるんです」
「そんなものなんですか……」
「そんなものなんですよ~。さ、座って座って」
柚希さんは車のシートをバシバシと叩き、隣に座るよう要求してきた。
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