お茶とお餅
「んん……。どうしたんですか? 変わった表情をしていますね……」
柚希さんは僕の顔を覗き込み、顔色を窺っていた。
僕は視線をすぐにそらして表情から感情を悟られまいと別のことを考える。
(きょ、今日の夕飯は何かな……。か、カレーかな。いや、カレーはキャンプの時に作るかもしれないからないか……)
「んん……。いきなり考えていることを変えた……。疋田君、何かやましいことでも考えていたんですか~」
柚希さんはニタニタと笑い、からかってくる。小動物にからかわれると腹が立つ……。鼠に罠の餌だけを上手く取られて捕獲できなかったときのような感覚だ。
「や、やましいことなんて考えてませんよ……」
「じゃあ、何を考えていたか教えてくださいよ。やましいことじゃなかったら言えますよね?」
「うぅ……。ず、ずるいですね……」
「あぁ~、やましいことをやっぱり考えていたんですか~。疋田君はほんとむっつりですね~」
小動物系少女は僕の弱みをにぎにぎと掴み、揺さぶってくる。
僕は出来るだけ顔に出さないよう平然を装い、歩く。その後も柚希さんからのからかいは止まらず、車に着くまで続いた。
車に到着すると柚希さんのスマホが鳴る。どうやら牡丹さんから電話がかかってきたようだ。
「もしもし、お姉ちゃん、どうしたの?」
柚希さんは会話を進め、通話を一分ほどで終える。
「お姉ちゃんはまだ仕事があるらしくて帰るのが遅くなるそうです。車の鍵は私が預かっているのでリュックを取り出しますね」
柚希さんは車のスマートキーで扉を開け、僕のリュックを取ってくれた。
「えっと柚希さんは車の中で牡丹さんが来るのを待っているんですか?」
「お父さんが迎えに来てくれるので疋田君が言うように車の中で待っているつもりです」
「そうですか……」
「あ、別に気にしないでください。私は車の中にいるので不審者に襲われませんよ。あと、疋田君にはこれ以上迷惑をかける訳にはいきません」
柚希さんは僕の表情で心を読んだのか、手を大きく振って訴えかけてくる。
「わ、わかりました。じゃあ、来週の月曜日に学校で会いましょう」
「はい。また来週。あ、電話はしてもいいですか?」
「今日は良いですけど、明日は山に行くので電波の繋がりが悪いと思います。明後日の夜は構いませんよ」
「わかりました。いつもありがとうございます」
柚希さんは頭をペコリと下げて来た。少し長い髪が重力によって地面に向かってサラリと垂れる。頭を上げながら小さな手を使い、垂れた髪を耳に掛け直していた。女性がよくやる仕草だが、なぜ可愛らしく見えるのか……。僕は表情を読み取られないよう、前をさっと向いて歩く。
「疋田君~、駐輪場は反対側ですよ~」
「う……」
「うふふ~、動揺しているのがバレバレです。私の大人の色気に絆されちゃいましたか~」
柚希さんは牡丹さんのような喋り口調で煽ってきた。先ほどの仕草のどこに大人っぽさがあっただろうか。あるとすれば、キューティクルが綺麗なブラウン色の髪くらいだ。
「動揺なんてしていませんよ。じゃ、じゃあ。僕は帰ります」
僕は反対に向き直し、駐輪場のある場所まで走る。その姿はまさに告白して相手の返答を待てず、恥ずかしさのあまり逃げ出してしまうヘタレの所業そのものだった。
僕は内心情けないと思いながらも心のどこかで柚希さんの大人っぽさに当てられていたのかもしれないと思い直す。
「はぁ……。柚希さんといると調子が狂うな。疲れているのかも……」
僕は駐輪場に止めてある自転車の場所に移動し、帰ろうと思った。だが、たまたま……。本当にたまたますぐ近くにコンビニがあった。ふらふら~っと立ち寄ると、今日はこどもの日なので店内にもち米を使ったお菓子が多く売られていた。
僕は柏餅が二個入ったプラスチックパックを二箱とペットボトルに入っている熱いお茶を二本買った。
(た、たまたまだ。たまたま二個ずつ買ったら財布の小銭を使い切れたから、買っただけだ。別に柚希さんと食べようだなんて思っていない)
僕はコンビニから出て駐輪場に向う。自分の自転車の横に立ち、鍵をズボンのポケットから取り出そうと思ったが……、お茶と柏餅を二つずつ買ったので、一つお裾分けしに行こうと思った。柚希さんと別れてから一〇分も経っていないので柚希さんのお父さんが迎えに来ていないだろう。
僕の家から駅までは車で三〇分くらい掛かるはずだ。柚希さんの家もほぼ同じ場所だから、来ていないはず……。もう、午後七時を過ぎているし、お腹もすいているはずだ。餅は腹持ちがいいので喜んでくれるかもしれない。
「柚希さんに苦手な食材はなかったはず、あと、アレルギーもない。電話で会話していたのがここで役立つとは……。どうせなら好物も聞いておけばよかった」
僕はブツブツと言いながら柚希さんの待っている車に向かう。牡丹さんの車の中で柚希さんがスマホでも触っているのかブルーライトの明りが見えた。
(直接声をかけるのは驚かれるかな。でも、ラインで伝えるのも何か恥ずかしい。こ、ここはさっと渡せるほうにしよう)
僕は連絡をせず、直接渡すことにした。柚希さんの座っている場所はスマホのブルーライトの位置からして後部座席の左奥。僕は柚希さんを驚かせないように右側の窓を『コンコンコン』と少し叩く。
「うわあっ!」
車内でガタンッという音と共に柚希さんの悲鳴が聞こえた。そこまで驚くかと思ったが、車の外が暗いのに音が聞こえたら怖いかと思い直す。
「あの、僕です。疋田です。驚かせてしまってすみません」
車の鍵がすぐに開き、扉が開く。
「な、なんだ。疋田君でしたか。脅かさないでください。心臓が止まるかと思いましたよ」
「すみません。驚かせるつもりはなかったんですけど、柚希さんのお腹が空いていると思って……、差し入れを持って来ました」
僕は温かいお茶と柏餅の入ったプラスチックパックを渡す。
「え……。わざわざ買って来てくれたんですか?」
「ち、違います。財布の中に小銭が多かったので、使い切りたかったんです……。二個買ったら丁度使い切れたので……」
「ふふ……、嘘ばっかり。表情と視線でバレバレですよ」
柚希さんは笑いながら僕の差し出したお茶とパックを受け取る。
「じゃ、じゃあ。僕はこれで……」
「ちょ、ちょっと待ってください。渡して帰るんですか? せっかくなら一緒に食べましょうよ。その……一人は寂しいというか……何というか」
柚希さんは表情に感情が珍しく現れていた。有料駐車場内を見渡し、肩をすぼめている。車の下に逃げ込む猫のように、おびえていた。
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