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絶対に越えられない壁

「で、でも……」


「野村ちゃんと柚希ちゃんは手伝ってくれるって言っているのに~、疋田君は駄目なのかな。お姉さん悲しいな~。お店の中に可愛い子いっぱいいるのにな」


「え、柚希さん、倒れかけたのに働く気なんですか?」


「はい。点滴ってすごいですね。体調がけろっと治りました。午前中は真面に働いていませんし、午後も休んでいたので全然動けます。お金はあるに越したことはありません」


 柚希さんは薄手の服を身にまとい、両腕で力こぶを作るも、子どもの可愛らしい仕草にしか見えない。


「野村さんまで働くなんて……」


「時給一五〇〇円なんて高時給でお得ですし、ファッションにほぼ無頓着なので、周りの女の子たちがどんな服を着ているのか気になって……」


「ねね、いいでしょ。おねが~い。疋田君は主に倉庫生理と在庫の確認くらいだから、人と会う時間がほぼ無いよ。だから、女の子が苦手でも全然大丈夫」


「わ、わかりました……。でも、暗くなったら危ないので、その前には帰りますからね」


「ありがとう。じゃあ、三人ともついてきて」


 真理さんは猫を被ったぶりっ子お姉さんから、一転して澄ましたお姉さんなり、感情の起伏が激しく、僕はついていけない……。


 僕は真理さんに倉庫に連れていかれた。服や靴、アクセサリーなどが入った段ボール箱が沢山あり、何が何やらわからなくなる。


「商品が無くなったら補充するんだけど、ここにやってくるお姉さん達が品の名前と番号を言うから、箱に書かれた番号と品を見て渡してほしい。その時、何がどれだけ出されたのかと言うのもこの紙に記入してね。何もない時間はここら一帯にある冬物商品を処分したいから、袋に半額シールを張って空の段ボール箱に入れてくれる」


「なんか思ったよりも仕事が多い気がするんですけど……」


「まぁ~、やれる範囲でいいから。気負わずにやってみて」


「わ、わかりました……」


 午後三時に僕達は残業を行うことになった。背が無駄に高いおかげで高い位置の段ボールを台無しで取れたり、移動させられたりできて自分の有用性を見いだせた。加えて静かな部屋で黙々と作業をするのは嫌いじゃないので、半額シールを貼るのも苦じゃなかった。


「疋田君、ジュエリーの棚から三一五番を一個取ってくれる」


「は、はい」


 僕は女性の店員さんにお願いされ、ネックレスの入った小箱を段ボールから取り出して受け渡す。


「ありがとう、疋田君」


 綺麗なお姉さんにありがとうと言われると物凄く嬉しい。そもそも名前も知らないお姉さんから僕の苗字を覚えてもらえているという事実がグッと来た。


 僕は午後三時から何の苦も無く午後六時三〇分まで働き、冬物の品が入っていた数箱の段ボール箱の中身に半額シールを貼り終え、新しい段ボール箱に移動させた。


「集中すれば案外早く終わるんだな……」


 僕はスマホの画面を見る。午後六時三〇分を過ぎ、四〇分になろうとしていた。


「疋田君お疲れ様~。って、おぉ、全部終わってる。もしかして疋田君は仕事上手かな?」


 真理さんは結構驚いていた。


「私、こういうちまちました仕事あまり向いてなかったから丁度よかったよ。ありがとう」


「い、いえ。お役に立てたのならよかったです」


「じゃあ、これ、三時間三〇分働いてくれたから、五〇〇〇円入ってる」


 真理さんは茶封筒を手渡してきた。僕は受け取り、今日だけで二五〇〇〇円も稼いでしまった。いっぱしの高校生にしては物凄い額だ。


「ありがとうございました」


 僕は真理さんに頭を下げて裏口からお店を出る。野村さんと柚希さんも外で待っていた。


「お疲れ様、疋田君」


「柚希さんもお疲れさまです。顔色がよさそうで何よりです」


「お店の中が涼しくて快適だったから、気分が悪くならなかったんです。あと、お金ももらえましたし、お客さんの嬉しそうな笑顔を見たらこっちまで嬉しくなっちゃいました」


「なるほど。確かに怒鳴る人とかいませんでしたもんね」


「ほんと、人柄の良い人ばかりで驚きました。私がもたついていても、全然怒らないですし、逆に可愛いって言ってもらえたり、綺麗ですねって言われたり自己肯定感が上がりまくりでしたよ。加えてお金も貰えたんですから、最高でした」


 野村さんもウハウハな表情をしており、とても綺麗だった。


「じゃあ、明日、私は部活があるのでお先に失礼します」


 野村さんは頭を深々と下げて走って帰った。


「野村さんの体力すごいですね……。一日中働きっぱなしだったのに、今からランニングをして家まで帰るなんて、同じ人間とは思えません」


 柚希さんは少し引いていた。まぁ、僕も同じことを思わなくない。午前中の着ぐるみの仕事は辛かったし、午後も緊張しっぱなしで辛かった。野村さんの体力はすごい。


 最後の残業が一番楽しかった。終わりよければすべて良し、とよく言ったもので、最後に楽しかったことがあると辛かった思いが少し小さくなる。そんな現象に僕は陥っていた。


「疋田君。お姉ちゃんの車の中にリュックが置きっぱなしでしたから取りに来てください」


「わかりました。僕の自転車も駅の駐輪場に置いてあるので、一緒に行きましょう」


 僕は夕焼けが沈み、少し暗くなった道を柚希さんと歩いていた。会話が無く、柚希さんの歩幅に合わせて歩いているだけだ。


(ち、沈黙が辛い……。何か喋らないと。でも、何を喋ったらいいんだ……)


「疋田君、今日はポージングがばっちりと決まっていましたね。初回の時と比べたらすごく大きな成長ですよ」


「え……。見ててくれたんですか?」


「もちろん。今回は観客席の方から見てました。私が小さすぎて人の陰に隠れちゃってたんですかね。ほら、ばっちり撮ってますよ」


 柚希さんは僕の姿が映っている写真をスマホ画面に表示して見せて来た。


「な、なんかすごく恥ずかしいですね……。この時はほぼ無心だったので、あんまりよく覚えてなくて」


「そんなもんですよ。前よりも一歩前進したんじゃないですかね。大勢の人に見られてましたし、人の視線を克服できる日も近そうですね」


「どうでしょうね……。僕はステージ裏で手汗を掻きまくっていたので克服までは程遠そうです。でも、手ごたえはあったので出て良かったと思いました」


「へぇ~。疋田君が行動してよかったと思う時が来たんですね。よかったよかった」


 柚希さんは頷きながら細く短い脚をチョコチョコと動かして歩いている。


 少し大きめのティーシャツに膝上ほどのスカート、靴は小さなスニーカーを履いていた。


 僕の視線から、柚希さんを見るとつむじがしっかりと見えて肘置きに丁度よさそうな大きさだった。加えて手を伸ばせば容易に頭を撫でられる身長で無性に撫でたくなる。


 小動物を愛でたくなる感覚と同じだ。このまま手を伸ばせばすぐ届くのに、伸ばしてはいけない高く大きな壁がある……。


 他の人よりも頭一つ抜けて大きな僕が越えられない壁。


 身長がほぼ同じ響さんは柚希さんの頭を簡単に撫でていたのに、僕には絶対に撫でられない……。


 出会って一ヶ月足らずの男に頭を撫でられるなんて嫌に決まっている。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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毎日更新できるように頑張っていきます。


これからもどうぞよろしくお願いします。

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