ティッシュを貰いに来た正反対の姉妹
俺は柚希さんを着ぐるみから出して車の背もたれを倒し、少し寝かせる。彼女のショーツなんて見ている暇はなく、僕の上着を股まで伸ばして体が一気に冷えるのを防ぐ。
とりあえず水分補給をしなければならないと思い、車の中にあった段ボール箱から水の入ったペットボトルを取り出し、柚希さんに飲ませた。塩飴まで常備されていたので口に含んでもらう。
有料駐車場は風通しがよく、日陰でとても涼しかった。車の両側を開け、風通しを更によくする。柚希さんの体から流れ出る汗をタオルで拭き、風邪をひかないよう配慮した。ビチャビチャの内着を脱いでほしかったが、流石に僕がやるわけにもいかず、意識がはっきりし始めた柚希さんが自分で行うとのことなので、車の両側を閉める。
僕は車を背もたれにしてずるずると滑るように座り、息を深く吐く。
「はぁ……。よ、よかった……」
僕は柚希さんが無事でほっとした。この安堵感は未来が溺れかけたさいに助けられた時の感情に近しい。彼女が着替え終わるのを待ち、五分ほどして扉が開いた。
「お見苦しいところをお見せして、すみませんでした……」
柚希さんは半袖のティーシャツを着ており、子供っぽさがさらに高まる。顔色は少々よくなり、呂律も回っている。気を失う心配はなさそうだ。
「いえ、柚希さんが無事で何よりです。えっと、僕は駅前に戻ります。野村さんを一人にさせておけません。柚希さんは昼頃まで休憩をしていてください」
「わ、私も戻ります。二人だけに仕事をさせる訳には行きません」
「何を言っているんですか。一回倒れかけたんですから、安静にしていないと危険ですよ。あと一時間三〇分なら、耐えられます。野村さんにも一度休憩に入ってもらったほうがよさそうなので僕と入れ替わりになると思いますから、そのつもりで」
「わ、わかりました……。えっと疋田君、助けてくれてありがとうございます……。えっと、その……、見ましたか?」
柚希さんは頬を赤らめ、眼をしばたたかせながら聞いてきた。か、可愛い。
「み、見てませんよ……。車内が暗くて……、な、何も見えませんでしたから……」
僕は熱った顔を柚希さんに見せないように背中を向けて話した。顔を見られたら気づかれてしまう。僕は人一倍顔に出やすい人間らしいから、配慮しなくては。
「………………」
柚希さんは無言になり、気まずい空気が流れる。
僕は着ぐるみにさっと着替え、飲み切ってしまったペットボトルのゴミと、粘着力をすでに失った冷えピタをゴミ袋に入れ、新しいペットボトルと冷えピタを補充して背中のファスナーを柚希さんに閉めてもらう。
僕は柚希さんの方を向き、お辞儀をして駅前に走る。
「はぁ、はぁ、はぁ……。心臓が苦しい……。熱中症ではないと思うけど。何だよ、これ」
僕は走っている途中、苦しそうにしていた柚希さんの顔が脳裏に浮かびあがっていた。
(柚希さんの顔をあんなにまじまじと見た時はなかった。柚希さんってすごい綺麗な人だったんだな。ずっと子供っぽいって思っていたけど……、色っぽかったな)
僕は駅前に到着し、野村さんに声を掛ける。
「ママ鯉さん、いったん休憩に入ってください。その間は僕が引き継ぎます」
「わかりました。じゃあ、ポケットティッシュとプラカードを渡しますね」
僕は野村さんからポケットティッシュの入った紙袋とプラカードを受け取る。身軽になった野村さんは駐車場の方に走って行った。
一人で駅前に取り残される感覚はすごくきつい。ポケットティッシュは受け取ってもらえないし、そもそも人に避けられてるし。一匹の鯉上りが寂しそうに見える理由がわかった。
(野村さんが帰ってくるまで一五分くらいかな。いや、三〇分くらい掛かるかも)
僕は出来るだけ大きめの声でお店を宣伝し、ポケットティッシュを配って行った。
「うわぁ~、おっきい鯉さんがいる。すごいすごい!」
小学校高学年くらいの少女が僕の足下に走ってきた。小学生にしては攻めた衣装を着ている。肩だしにミニスカート、今の季節が春の終わりにしても、少し寒そうだ。
子供がポケットティッシュなんて受け取っても嬉しがるわけないのだが一応渡しておく。
「ポケットティッシュをどうぞ」
「ありがとう~。花粉症が酷くてティッシュが丁度欲しかったところなの!」
(何だろう、この子。どこかで見た覚えがあるような……。思い出せない)
「美穂。いきなり走って行ったら駄目でしょ。ただでさえおっちょこちょいなんだから」
「だって、鼻をかみたかったんだもん」
少女の後ろから、お母さんだろうか、お姉さんだろうか、女性にしては身長が高い方がやってきた。一七五センチメートルほどあり、周りの男性よりも少々高い。服装は少女と真逆で長袖のパーカーとジーパン。胸が大きく、お尻も大きい。そのおかげで腰のラインが綺麗に見えスタイルがいい。野村さんの身長が高くなり、胸が控えめになったような方だ。この人の雰囲気もどこかで見た覚えがある。どこだったかな。
「お仕事中にすみません。妹がいきなり話しかけてしまって」
長身の女性は僕に頭を下げてきた。ポニーテールの先っぽが散らばり、背中に広がっている。少々気が強そうな眼付きだが、態度はとても優等生だった。
「い、いえ……。気にしないでください」
「お姉ちゃん、お店に早くいかないと服が無くなっちゃうよ。キャンプ用に新しく可愛い服を買いに行かないといけないんだから、急いで!」
「もう、服はこの前に買ったばかりでしょ。美穂のお年玉がなくなっちゃうよ」
「大丈夫! お爺ちゃんにお願いすれば、お金を出してくれるから!」
「はぁ……。現金な子……。お姉ちゃんは美穂の将来が心配だよ」
「私はお姉ちゃんの方が心配だよ。そんなダサい恰好でいたら彼氏ができないよ~」
「よ、よけいなお世話! 私は着心地重視なの。このさいだから言うけど、その痴女みたいな服はやめなさいって前も言ったでしょ。最近は物騒なんだからね!」
「えぇ~、でもこれを着るとお兄ちゃんが注目してくれるんだよ。こうしないと眼を引けないし」
「兄さんは心配しているだけだと思うけど……」
「とりあえず~。お姉ちゃんも可愛い服を買おうよ~。今度のキャンプで私の友達も来るし、お姉ちゃんがダサいの恥ずかしいもん」
「それなら、兄さんにも付いてきてもらったほうがよかったんじゃないの?」
「そ、それは無理だよ。だって、だって、お兄ちゃんは最近もっとカッコよくなっちゃったし、他の女の人に見せたくないもん。お店に連れてきちゃって私の着替えてるところ見られちゃったら、あぁ~ん、私の心臓が持たないよ~」
少女は両頬に手を置き、腰をくねらせる。
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