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とりこの的

「汗拭き用にタオルを首に巻いておいてください。腰に水分補給用のペットボトルと額に冷えピタも貼り付けておいた方が良いと思います」


「は、はい」


 僕は柚希さんからタオルを貰い、首に巻き着ける。冷えピタも額に貼りつけ、水の入ったペットボトルを貰う。


「じゃあ、昼休憩までは鯉の状態ですから、そのつもりでいてください。トイレの時は我慢してくださいね」


「が、我慢って……」


 柚希さんは背中のファスナーを閉め、僕は鯉になった。身長から知り合いに気付かれたら恥ずかしさのあまり発狂しそうな気がする。まぁ、アルバイトだと言って切り抜けるしかない。僕の通っている高校はアルバイトが禁止ではないので、校則違反にはならない。


「内側からでも、外は結構見えるんですね」


「はい。でも、周りには注意して移動してくださいね」


「わかりました」


「じゃあ、これを持ってください」


 柚希さんは大きなプラカードを持って僕に渡してきた。書いてある言葉は『ゴールデンウィーク限定価格、最大五○パーセントオフ!』というものだ。柚希さんが持っているプラカードには『フェアリーティアラ、福井駅前店にてセール開催中!』と書かれていた。


「じゃあ、次は野村さんを連れてくるので一緒に来てください」


 柚希さんは野村さん用の衣装を持って行こうとした。


「柚希さん。どうせ戻ってくるんですから衣装は置いて行ってもいいんじゃないですか?」


「た、確かに……。じゃあ、プラカードだけ持っていきましょう」


 柚希さんは車の鍵を閉め、歩き始めた。


 僕はプラカードを二枚持って柚希さんの後ろをついていく。


 駅前に到着すると女性だけだった人だかりが男性まで増え、コスプレイヤーを取り囲む撮り子の集まりのようになっていた。広場の中央に美人が二人、周りに取り囲む人々の姿。


 野村さんは恐怖を覚えており、牡丹さんは手を振って宣伝をしていた。さすがプロだ。


 柚希さんは人込みに飛び込み、割り込んでいく。僕も柚希さんの後ろに続き、中央に到着した。柚希さんは声を出さず、野村さんの手を掴み、脱出した。


 僕と牡丹さんは取り残され、周りは何が起こっているのかわからない様子だ。


「皆さん~。午前九時からフェアリーティアラが開店します~。あと、午前一一時にお店の前でファッションショーを行いま~す。ぜひ足をお運びくださ~い」


 牡丹さんの格好は春っぽい桃色のブラウスに赤と黒のチェックが入ったミニスカート、白色のハイヒールを履いており、大人っぽさを醸し出しながらもどこか子供っぽさが抜けていないような可愛らしい衣装を着ていた。


 脚はもちろん素足なのでべらぼうにエッチい。小物は白っぽいバックを肩から掛け、ブラウンの長髪はヘアアイロンによってゆるふわにしあげられており可愛いと大人っぽいが合わさっていた。写真に撮られるのもわかる。


 僕はプラカードを持って牡丹さんの近くに行くと彼女がいきなり抱き着いてきた。そのまま、小さな声で話掛けてくる。


「このまま二人が返ってくるまで場を持たせるから、私の引き立て役になりなさい……」


「へ……。そんなことをいきなり言われても……」


「大丈夫、お姉さんがしっかりとサポートしてあげるから。何も緊張しなくてもいいのよ」


「な、なんでそんな色っぽい声を出すんですか……」


「だって~、その方が興奮するでしょ。興奮は相手にも伝わるの。今の私達は表現者よ。表現者の気持ちが相手に伝われば私達の勝ち」


 牡丹さんのよくわからないプロ意識に僕は振り回される羽目になった。


 牡丹さんは僕を使って何度もポージングを変え、周りに自身の可愛さをふりまいている。カメラのシャッター音が止まらず、フラッシュがまぶしい。


 僕は牡丹さんの無茶なポージングを維持する黒子のような存在になり、プラカードを持って支えるのは至難の業だったが、一生懸命に援助するしかなかった。


「きゃ~かわいい~! 牡丹さん、こっち向いて~!」


 女性の声援があると牡丹さんは凛とした立ち姿になり、イケメンでもしなさそうなウィンクを真正面で見せつける。


 受け取った女性は頭から湯気が出そうなほど興奮し、写真を撮りまくった。


「うわぁ、可愛すぎるな……、でもちょっと子供っぽいかも……。もっとスカートが短くないとな~」


 中年男性の厳しい意見を聞くや否や、牡丹さんは僕に抱き着いてきて耳打ちする。


「スカートの丈を持って私がストップと言うまでゆっくりと上げて行って」


「へ……。た、ただでさえ短いのに、まだ短くする気ですか……」


「ふっ、あんな変態の相手も出来てやっとプロなのよ」


「なかなか厳しい世界なんですね。僕、スカートめくりなんてした覚えがないんですけど」


「大丈夫、お姉さんが初めての相手になってあげるから……。こんな美人なお姉さんのスカートが捲れるなんてラッキーだね、疋田君……。そっとしてくれないと……、私の厭らしいパンティーが見えちゃうから、慎重にね……」


「うぅ……、色気がすごい……」


 僕は牡丹さんのお尻付近にあるスカートの丈をそっとつかもうとする。だが、着ぐるみのヒレの中に手があるのでスカートの丈が掴みにくい。


 軍手ではなくミトンのようになっており、感覚がわからないのだ。おまけに生地が分厚い、下方向の視界が悪い、抱き着いてくる人の香りが滅茶苦茶良い匂いという三重苦の中、スカートの丈を正確に掴むなんて不可能だった。着ぐるみの短いヒレを目一杯伸ばし、スカートの丈を掴みに行ったら、柔らかい生脚に触れてしまった。


「ひゃっ! も、もぅ~、どこ触ってるのよ~。え? 反応が見たかった? もぅ、エッチなんだから……」


 牡丹さんは僕の失敗を逆に利用して周りの男性たちをドキドキさせる。僕の方は冷や汗だらだら、なのだが、他の男性たちは心臓バクバクだろう。


「もぅ、疋田君、焦りすぎ……。せっかくのチャンスを棒に振っちゃったわね……」


「す、すみません。下方向が見えにくくて……」


「ちなみに、今、疋田君が触った所……、私の太ももじゃなくてお尻だから……。エッチ」


「へ……」


 どうやら僕が先ほど振れたふわふわなさわり心地は牡丹さんのお尻だったらしい。あの美尻に振れたのかと思ったが熱さと疲れであまり良く覚えていない。柚希さんと野村さんが早く帰ってきてほしいとしか思えなかった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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