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鯉の着ぐるみ

「ぼ、僕はただのクラスメイトです……。はい、本当にただのクラスメイトなんですよ」


「クラスメイトにしては仲がよすぎたような気もするんだが、美羽のあの笑顔も久しぶりに見た。小僧、美羽をたぶらかしているのなら潰すぞ……」


「た、たた、たぶらかしてなんていませんよ……。逆に弄られまくってる方ですから……」


「…………そうか。ところで、いったい何センチあるんだ?」


 マスターの身長は一八〇センチメートルの巨漢だ。僕の方が見下げる形となっており、少々申し訳ない。


「僕の身長は一九二センチメートルです……」


(四月の身体測定で計ったら一九三センチメートルになってしまっていたというのは黙っておこう。一センチくらい誤魔化してもいいよな)


「一九二センチメートル。はぁ~、高いな。だが、見かけからして少し細いぞ。ちゃんと食べているのか?」


 マスターは元料理人と言うのもあって僕の体を気にしてきた。


 僕の母さんは一応管理栄養士なので栄養価は足りているはずだ。線が細いのは僕がランニングをし過ぎなのかもしれない。


「い、一応。人並には食べてますけど」


「高校一年なんて食って筋肉を付けないとひょろひょろのままになっちまうぞ。タンパク質をもっと増やしてもらえ。長距離選手じゃあるまいし、細すぎるといざって時、美羽を守れないだろ」


「いざってどんな時ですか……」


「そりゃあ……、火事とか、地震とか、津波とか……」


 どうやらマスターもよくわかっていないらしい。


「とにかく、筋肉量をもう少し増やせ。そうすれば見かけがもっと良く見える」


「わ、わかりました。考えておきます」


 僕はマスターに一四一四円をお釣り無しで現金を使って払い、レシートを受け取って野村さんを追った。


 駅に戻ると女性の人だかりができていた。


「キャー、牡丹さんだ! 滅茶苦茶可愛い! ヤバー! スタイルよすぎっしょ!」


「隣の子もやばない! まじ、日本人離れしすぎ! ちょ~可愛い!」


「あ~ん、私も写真撮りた~い! 人のせいで全然見えないんですけど~!」


 駅前に加え、ゴールデンウィークと重なり、多くの人が行きかう中、牡丹さんと野村さんが大勢の女子に囲まれてフラッシュの的になっていた。


 その光景を見て僕は鯉が大量にいる池に餌を撒いている光景を思い出す。少々気持ち悪いくらいに寄ってくる鯉のように、女子達が美人の二人に群がっている。


 僕がそんな姿を見て引いていると上着の裾を引っ張ってくる生き物がいた。


「はぁ、はぁ、はぁ……。遅れてすみません」


「こ、鯉……。えっと、誰ですか?」


「だれって……。私ですよ。大原柚希です。顔が見えないからわからないかもしれませんけど、着ぐるみの中に私が入っています」


 上着の裾を引っ張っていたのは鯉の格好をした柚希さんだった。顔は見えず、鯉が口を開けている中をよく見ると黒いネットが付いており、外が見えるようになっていた。


「えっと、柚希さん、その格好はいったいなんですか?」


「どう見ても鯉のコスプレですよ。コスプレ衣装を持ってくるために車で来たんですけど、失敗でしたね」


 柚希さんは藍色っぽい体の鯉の着ぐるみを着ており、魚の顔が結構可愛い……。


「ゆ、柚希さん、写真を撮ってもいいですか?」


「だ、駄目です。恥ずかしすぎて死にそうなんですから、勝手に取らないでください」


「そうですか……。ちょっと残念です」


「はい、これが疋田君用のコスプレ衣装です。身長に合うように直しておきました」


 柚希さんは大きな袋を手渡してきた。重そうだったので僕はすぐに受け取る。


「柚希さんが作ったんですか?」


「いえ。お店にもともとあった衣装を少し直しただけす。私は絵を描くことは下手ですけど手が小さいので裁縫は得意なんです」


 柚希さんは鯉のヒレを伸ばしミトンのような手を差し出してきた。手の大きさが見える訳ではないが、明らかに小さい。それを見たら僕の手の大きさと比べてみたくなり、左手を合わせる。すると布越しから感じる柚希さんの手の平は僕の手の第三関節に差し当たるくらいの大きさしかなかった。


「い、いきなり手を合わせないでくださいよ。ハイタッチをしたかったわけじゃないですからね……」


 柚希さんはなぜか照れていた。特段照れるような行為はないと思うけど……。


「早く着替えにいきますよ。もう、予定より一時間も過ぎちゃっているんですからね。場所代がもったいないじゃないですか。駅前を借りるのは値段が結構高いんですから、もとを少しでも取らないと真理さんに怒られちゃいますよ」


「そ、そうか。場所代が発生しているんですよね。でも、どこで着替えたらいいんですか?」


「お姉ちゃんの車の中で着替えてください。本当は野村さんも来てもらいたいんですけど……、人に囲まれちゃっているので仕方ありません。疋田君だけでも私と同じ目に合ってください!」


「急かしている理由……、柚希さんの仲間が欲しいだけじゃないですか。でも、顔が見えていないんだから別に恥ずかしがる必要がないと思いますけど」


「顔が見えていなくても恥ずかしいに決まっているじゃないですか……。こんな格好で外に出るなんて……」


 柚希さんの声がどもる。別に着ぐるみを着ている人なんて結構いるのだから恥ずかしがる必要ないと思うんだけど……。


 僕は柚希さんの後ろをついていく。柚希さんがチョコチョコと走る度に尾ひれが左右に揺れてお尻を振っているようで可愛い。


 僕と柚希さんは駅の有料駐車場へとやってきた。


 柚希さんに案内によって到着した場所にはトヨタ自動車のプリウスと言う車種が止まっており、傷は一切無く光沢が美しい見た目から、新車っぽい。牡丹さんは結構儲かっているようだ。


柚希さんは車のスマートキーを使い、鍵を開けた。


「着方は後ろのチャックを開けてヒレから手を出し、脚はズボンをはくみたいに二つの穴に通してください。最後は私が背中のチャックを閉めます。えっと疋田君用のスパッツがないのでズボンは脱がなくていいですけど、上の服は脱いだほうがいいと思います。着ぐるみを着ていると中が結構熱いので内着だけにした方が長時間耐えられます」


「わ、わかりました」


 僕は上着を脱ぎ、半袖も脱ぐ。上半身が内着になった僕は着ぐるみを着た。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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