野村さんと電話
「えっと、単純に走ることの面白さに気付いたからだと思います。今の自分を変えたいと言う気持ちも多少はあると思いますけど、一番は走ることが単純に好きになってしまったんですよ。言うなら、最大の敵が味方になってくれたような感覚だそうです」
「最大の敵が味方に……。はは、なんか赤尾君らしい考え方ですね。私は最大の敵が味方になる瞬間が小説の中で一番好きなんです。強敵が味方になる安心感を得てみたいなと思いながら小説を読んでます。すごく熱い展開ですし、盛上りますし!」
野村さんの文章が段々熱くなってくる。彼女も小説を読むのが好きらしいので、赤尾君と気が合うのではないだろうか。そう思いながら僕はラインのやり取りをしていると、野村さんからライン電話がかかってきた。
「もしもし。野村さん。いきなりどうしたんですか?」
「いや、電話の方が文字を打つより楽かなと思いまして」
「確かにそうですけど……。野村さんもこんな時間まで起きてるんですね。と言うか、柚希さんと話しをしていたんじゃないんですか?」
「柚希さんは今日の話をつらつらと語っていました。先ほど眠たくなったそうで、会話が終わったんです。話は特に面白くもないんですけど、聞けてしまうのがすごいんですよ。柚希さんの話し方が上手なんですかね、なぜか引き込まれるんです」
「わかります。僕も柚希さんの話を聞くときは面白くないなと思っているんですけど、気づいたら一時間と語っているんです。あれも才能なんですかね?」
「そうだと思いますよ。読み聞かせとかすごく上手だと思います。まぁ、柚希さんは寝たいと言う気持ちが強いので、話している最中に眠たくなってきたら寝落ちしてしまうかもしれないですけどね」
僕は野村さんと電話していて気付いた。
(あれ、僕……電話だと普通に話せる。いつも緊張して野村さんとはあまり話せないのに、電話だと眼を合わせなくてもいいからかな)
野村さんとの電話は三○分ほど続いた。
「疋田君も凄く話しやすいですね。柚希さんの気持ちがわかりますよ」
「え? 柚希さんが何か言っていたんですか?」
「疋田君がすごく話しやすいって言っていました。話をしっかりと聞いてくれますし、話の広げ方も上手で、昔からずっと友達だったみたいな感覚になります。ここまで話しやすい方は同性の友達にもいませんよ」
「はは……、そこまで言われると嬉しいですね。まぁ、家には話すのが大好きな妹がいるので話をよく聞くんですよ。そのおかげかもしれません。野村さんにも同性の友達がいたんですね。ちょっと意外です。いつも一人なので、友達がいないのかと思っていました」
「と、友達くらいいますよ。ま、まぁ……最近は仲が良くないですけど」
野村さんの声が急にしおらしくなった。話を聞くと別のクラスにいる陸上部の女性とバチバチなんだそう。
昔からライバル同士で切磋琢磨して来た仲なのに、最近は野村さんのコンプレックスのせいで真面に戦えず、イラだたせてしまうらしい。
「私が悪いんです……。中学生のころ、あなたの胸はぺったんこだから走りやすそうでいいなって言ってしまったんです。イライラしていたので口走ってしまいました。本当は仲直りしたかったのに、変な意地を張ってしまって……、ほんと情けないです」
野村さんは負けず嫌いの性格らしく、加えてとても真面目なせいで色々考え込んでしまうそうだ。真面目なのはいいが、少し行き過ぎてしまうと収拾がつかなくなるのだそう。
(僕が助言をしたとしても野村さんが不快に思うだけだ。ここはなるべく共感して話を進めないとな……)
「そうなんですか。大変ですね。僕も真面目体質なので野村さんの言っていることが何となくわかりますよ。ずっと真面目でいるのは辛いですよね」
「はい。本当そうなんです。たまにははっちゃけてみたいという気持ちがあるんですけど、恥ずかしくてできないんです。家だと全然はっちゃけられるんですけど……」
「多分、皆も野村さんと同じだと思います。馬鹿したり、はっちゃけたりしたいと心の中で思っていても理性が働いて動けなくなるんです。僕だって同じですよ。家ではいつも以上に喋りますし、愚痴も言ったりします。皆、いつもの自分と見せかけの自分との差が激しすぎるんじゃないですかね。だから、辛くなるんだと僕は思っています」
「なるほど……。いつもの自分と見せかけの自分。ほんとその通りですね。えっと、恥ずかしいんですけど、私は家にいるとき、大抵下着姿なんですよね……。もう、学校の私とは全くの別人みたいな感じなんです。これじゃあ、心との差が生まれるのも当然ですよね」
(野村さんの下着姿……)
僕は野村さんの下着姿を不意にも想像してしまった。綺麗な長い黒髪に眼鏡を取った時の美人過ぎる素顔。男の視線を釘付けにする暴力としか言いようがない母性の塊に、ほどよく引き締まった腹筋とくびれ。ふっくらとした安産型のお尻とすらっとした太もも、脹脛が綺麗な長い脚……。綺麗な下着だけでは到底隠し切れない美しき姿。
(や、やばい……。意識したら下半身の血流が増えてしまう。冷静になれ、僕……)
「そ、そうなんですか。意外ですね……。でも、僕も下着姿で家の中を過ごすときは良くありますから、別にいいと思いますよ。家の中くらい自由に生きてもいいじゃないですか」
「そうですよね! 家の中では下着でいてもおかしくないですよね。お父さんやお母さんからは早く服を着なさいとよく怒られるんですけど、家の中なんですから、下着で動いても関係ないですよね!」
野村さんは結構強い口調で話した。僕の共感が欲しいのだろうか……。
「そ、そうですね。あ、でも……。窓際とか、玄関とか、外から見える所では気をつけてくださいね。野村さんは美人過ぎるので、よからぬ男が覗いているかもしれません。最近は超小型カメラとかもあるそうですし、十分注意してください。自分の部屋にいる時とかに限定するのもありかもしれませんね」
「な、なるほど……。確かに最近は物騒ですもんね。疋田君の案を採用させてもらいます」
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