下校が楽しみになった
僕と柚希さんの身長差は五○センチメートルほどあるので、親と子共かと思うくらいだ。いつもなら回りの眼を引くが、今日はいたって普通。皆、ゴールデンウィークが楽しみで、颯爽と帰っていく中、僕と柚希さんは脚が重たかった。
「柚希さんは子供の日に駅前に行くって本当ですか?」
「疋田君もですよね……。はぁ、五月五日は本当に来てほしくないですけど、日給が良いとか、可愛い服が貰えるとか、色々言われて断れませんでした」
「はは……。僕も同じようなものですね。でも、鯉の格好は流石に恥ずかしいです」
「ですよね……」
僕と柚希さんは苦笑いしながら、校門を出る。同じ方向に並んで帰っていると、少々デートっぽいな、なんて思ってしまう。
「疋田君。なに、にやけているんですか。はっきり言って気持ち悪いです」
「ご、ごめんなさい。登下校はいつも一人だったので、柚希さんがいると思うと嬉しくて」
「べ、別に下校くらい一緒に帰ってあげますよ。どうせ私も一人ですし」
柚希さんの表情は斜め上からでは上手く見えなかったが、僕と同じようににやけているように見えたのはなぜだろう。
「ありがとうございます。帰る方向も一緒ですし、不審者に絡まれないよう、時間が合う時は僕が柚希さんに付き添いますよ」
「そうですか、ありがとうございます。別に面白い話とかできませんし、一緒に帰っても楽しいとは思えないですけど、それでもいいんですか?」
「一人で帰ると虚しいだけですし、誰かがいてくれた方が楽しいに決まっていますよ。柚希さんの話が面白くないのは電話で知っているので、気にしないでください」
「そこまではっきり面白くないと言われると結構傷つくんですけど……。普通はオブラートに包んで優しく言うものじゃないですか?」
「そう言われても……、はっきり言った方が気持ちは伝わるじゃないですか。柚希さんの話は特段面白くないですけど、僕は好きです。聞いていると柚希さんの感情が何となくわかるんですよ。それがすごく楽しいので、気にしないでください」
「か、勝手に感情をよまないでください。恥ずかしいじゃないですか」
柚希さんは頬を赤くして怒っていた。感情をよまないで、と言われても、勝手に感じてしまうのでどうしようもない。
柚希さんと並んで歩いていると背が本当に小さいんだな……と思ってしまう。肘置きに丁度いいくらいの高さで、腕を乗せたくなる。でも、そんなことをしたら確実に嫌われるのでやらない。あと、僕の一歩が柚希さんの二歩、三歩と同等なので、僕はなるべくゆっくり歩いた。
柚希さんが疲れてしまわないように、いつもよりゆっくりゆっくり歩いて丁度同じくらいの速度になる。道を曲がるたび、僕が車線側を歩く。少しの気遣いで嫌悪感が薄まればいいなと思っていた。まぁ、レディーファーストは未来に対していつも行っているので、全く苦ではない。
「疋田君は歩く速度を私と合わせていますよね?」
「はい。合わせていますよ。その方が歩きやすいですよね」
「そ、そうですけど、イライラしないんですか? 自分の歩く速度を変えるってストレスがすごく溜まりそうですけど……」
「ストレスなんて全く溜まりません。逆に女性の歩く速度に男の方が合わせるのが普通じゃないんですか?」
「さぁ、そんなことは知らないですけど、結構嬉しいものですね、歩く速度を合わせてもらえるって……。私、お姉ちゃんについていくときは駆け足にならないといけないので、疲れるんですけど、疋田君と歩いていても全然疲れないんです。それが気楽で……」
柚希さんは両手の指を合わせ、口もとに持っていく。
僕は歩く速度を合わせていただけで嬉しがられるとは思っておらず、少し得した気分だった。
自分が普通だと思っていたら相手には好印象だったなんて。
柚希さんに好かれたい訳じゃないが、女性は男の悪い噂があると情報が一瞬で回ると未来が行っていた。いい所を見せようとするのではなく、悪い所をどれだけ隠せるかの方が重要らしい。特に意識していないが、頭の片隅には入れている情報で、自分が悪に見えないように配慮するようにしている。
でも、本当に仲良くなりたい相手には自分の弱点も曝さなければならないと内心思っていた。
僕達は近道をして歩き、四○分で柚希さんの家に到着した。ギリギリ自転車通学じゃない距離なので毎回大変だが、柚希さんと帰れると思うと下校が楽しみになる。
「疋田君、ありがとうございました。じゃあ、子供の日のアルバイト、頑張りましょうね」
「はい、頑張りましょう」
柚希さんは家の中に入って行き、僕に向って頭をペコペコと下げて玄関を閉めた。
僕は走って家まで帰る。
玄関を開けて家の中に入ると、案の定、未来がいた。体操服姿で汗を掻いているのを見ると部活後だとわかる。
「兄貴、今日も遅かったね。部活に入っていないのに帰宅するのがなんで午後七時を過ぎてるの? 部活でヘロヘロの妹を癒すのが兄貴の役目でしょ」
「そんな役職に就いた覚えはないよ」
僕は靴を脱いでしっかりと揃え、下駄箱に入れる。
僕が玄関に上がり、未来の前に立つと、彼女は僕の体におもむろに『ムギュ……』と抱き着いてきた。未来の汗と体操服に使っている柔軟剤の甘いにおいがふわっと香る。
(ハグをするとストレスが減少すると聞くが、本当なのだろうか……)
病み上がりの未来は三分ほどハグをしたあと僕から離れ、穏やかな顔になっている。
「はぁ~、やっぱり落ち着く~。兄貴の温もり、すごく暖かかったよ。ありがとう」
「別に感謝されるようなことはしてないんだけどな……。まぁ、未来が喜んでくれたのなら何よりだよ」
僕は洗面所に向かい、手洗いうがいを行った後、手提げ袋を部屋に持っていき、机の横に掛ける。階段を降りて居間に入り、夕食を得たのち、お風呂場に向う。
今日は未来とお風呂に一緒に入らず、一人でゆっくりと入浴すると決めていた。泡が出る入浴剤を浴槽のお湯に入れて良い匂いが立ち昇って来たら、シャワーからお湯を出して体を清める。その後、足先からお湯に浸かっていき、肩までしっかりと温める。
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