表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/60

自分の好きな所を描く

「えっと……、そうですね……。形はちゃんと描けています。あと、丁寧に描こうとしすぎですね。デッサンがすごく硬い印象があります」


「硬い印象……。確かに硬い気がする」


「柚希さん。全体を一気に上手く描けるようになろうとしていませんか?」


「え……。そうですけど、駄目なんですか?」


「駄目じゃないですけど、いっぺんに行おうとすれば中途半端な絵で終わってしまうと思うんです。少しでも上手くなるためには絵を何個にも分けて自分の苦手な部分や得意な部分を練習することが必要だと思うんですよ」


「そんなにちまちました練習で上手くなるんでしょうか……。不安です」


「今のままデッサンを描いていても、柚希さんはまた途中で止めてしまうと思います。とりあえず、好きな部分を納得がいくまで描いてみましょう」


「好きな部分……。でも、好きな部分だけ描いていたら、他の部分がもっと下手になってしまいそうで怖いんですけど……」


「柚希さんの絵は生憎どの部分も同じ質に見えるので好きな部分から描いていんじゃないですかね。これ以上下手になりようがないと思いますし、成長が感じられると思いますよ」


「疋田君の言い方は所々に棘がありますけど……、的確だと思います。じゃ、じゃあ。手から描いてみますね」


 柚希さんは椅子にもう一度座り、鉛筆とスケッチブックを持って僕のデッサンを描いた。


 今回は手だけを描いたらしく、また見せてもらった。やはり下手だった。線一本一本の自信のなさと手と言う難しい部位を描いていると言う点が、下手に見える原因のような気もする。ただ、一度目なのだから下手なのは当たり前だ。先ほどよりも断然よくなっているのは確かなので、このまま続けてもらおうと思う。


「先ほどよりも全然いいデッサンだと思います。僕の手をここまで綺麗に描けたんですからもっと上手くなりますよ。あとは練習あるのみです」


「わ、わかりました。頑張ります」


 柚希さんは僕の手を何度も何度も何度もデッサンした。途中から、勉強しながらでもいいと言ってくれたので、僕は勉強を再開する。


 僕はヘッドホンを耳に当ててホワイトノイズを流しながら、勉強に集中する。


 柚希さんは隣の席に座り、手の形をしっかりと見てデッサンしていた。


 帰宅部同士なのに、柚希さんはデッサン、僕は勉強をしている。勉強がひと段落したころには午後六時三○分ごろになっており、他の部活に行っていた生徒たちは帰り始めた。


「ふぅ……。集中しながら勉強が出来た。柚希さんはどうですか?」


「私の方も初めに描いたデッサンとは雲泥の差になりましたよ」


 柚希さんは初めに描いたくしゃくしゃの紙に描かれている全身の僕と綺麗な紙に描かれている上手い手を見せてきた。本当に雲泥の差だ。一時間で結構上手くなるものなんだなと思い、僕は感心した。


「はぁ、明日がゴールデンウィークでお休みなのは嬉しいですけど、ちょっと残念です」


「どうしてですか? ゴールデンウィークなんですから、楽しいじゃないですか」


「モデルがいないとデッサンできないじゃないですか……」


「別に、デッサンをするなら人じゃなくてもいいじゃないですか?」


「私は人を描けるようにならないといけないんです。そこから着想を得ないと……」


 柚希さんはいったい何のためにデッサンを練習したいんだろうか。理由を聞いても教えてくれないし、何度も聞かないけど、いつか教えてくれるかな。


 僕は椅子から立ち上がり、薄暗くなってきた外を窓から見る。すると、他の部員は帰り始めているのに、野村さんはグラウンドで未だに走っていた。根をあまり詰めすぎるのもよくない。野村さんに気を取られていたが、もう一人グラウンドを走っている人がいた。


「あの走り方、髪、靴、……赤尾君だ。赤尾君もグラウンドで走ってるよ。まぁ、他の先輩の邪魔にならいこの時間だから、走れるのかもしれないけど、すごい……。本当に走るのが好きになったんだ……」


 昨日も自主トレーニクングをしていた赤尾君は部活が終わってもグラウンドで走っていた。力を早く付けたい気持ちもわかるが、走りすぎだ。


「うわっ!」


 僕の思った通り、赤尾君は脚をもつれさせて盛大にこけた。四つん這いになり、息を整えている。先を走っていた野村さんが赤尾君に近づいていき、様子を窺っていた。


 赤尾君は野村さんを見てあたふたし、きょどっている。その姿を見た野村さんはお腹を抱えていたので、きっと笑っているのだろう。


 野村さんがグラウンドから出て、コールドスプレーを持ってきた。赤尾君の足首に数秒間吹き付け、筋肉の炎症を防ぐ。


 赤尾君は頭を何度も下げて野村さんにお礼を言うと、立ち上がってまた走ろうとした。


 野村さんは赤尾君の手首を握り、叱っている。どうやら僕と同じように走り過ぎだと思っていたらしい。


 赤尾君はグラウンドから潔く出て、水分補給をしていた。


「何を見ているんですか?」


 柚希さんが僕の隣に立ち、背伸びをして窓から外を見る。


「え、ああ。えっと、グラウンドで走っていた赤尾君と野村さんを見ていたんですよ。こんな時間まで自主練をするなんて凄いなと思いまして」


「赤尾君は陸上部に入ったんですか!」


 柚希さんはおでこを窓に押し付け、赤尾君の姿を見つけたのか驚いていた。


「そうらしいですよ。僕も柚希さんと同じくらい驚きました。まさか、自分から未知の部活に飛び込んでいくなんて、すごい勇気ですよね」


「ほんと凄い……。あの胸……」


 柚希さんはすでに野村さんの方を見ており、自分の胸と比較して落ち込んでいた。


 僕は気にしなくてもいいのでは? と言いたかったが、ぐっと我慢する。窓の戸締りと教室の電気を消し、柚希さんと共に出た。校舎の三階から一階まで降りていき、生徒玄関で靴を履き替えて校門に向う。部活が終わった学生の大半は学校をすでに出ており、残っていた意識の高い学生がちらほらいるだけで僕の姿は特に目立たなかった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価をぜひお願いします。


評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすればできます。


毎日更新できるように頑張っていきます。


これからもどうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ