すごくラッキーなこと
「未来、ごめんね。死ぬなんて言葉を使った僕が悪かったよ。僕は未来がお嫁に行くまで見守るから、安心して。絶対死んだりしないよ」
「絶対だからね……。絶対の絶対だからね……」
「うん、絶対の絶対。だから、安心して」
「じゃぁ……。約束のキスをしてよ……」
僕は未来のおでこにデコピンを『デシッツ!』と食らわせる。
「痛っ!」
「約束と言ったら指切りげんまんでしょ。何で結婚式みたいなことをしないといけないの」
「うぅ……。兄貴の指が長いからデコピンが痛すぎる……。ちょっとからかっただけじゃん。本気にしないでよ」
「本気にしてない。と言うか、未来は、いつまでもくっ付いてないで離れてよ」
「えぇ~、いいじゃん。たまにはこうやって裸の付き合いって言うのもいいでしょ~」
「よくない。よくない。どこに裸で抱き合ってお風呂に入り合う兄妹がいるんだよ」
「ここにいるじゃん……」
「未来が抱き着いてくるから仕方なく抱き着いてるの。ほら、離れて。一〇秒以内に放れないと擽るよ」
「むぅ~。仕方ないな。じゃあ、一〇秒後に離れるね」
未来は一〇秒と言う短い時間なのにむぎゅむぎゅと抱き着いてきて僕自身も耐えるのが厳しい。妹で立つわけにはいかないのだ。精神を安定させろ。下半身へ血を巡らせるな。
「すぅ……ふぅ……。すぅ……ふぅ……」
「兄貴~。何、複式呼吸してるの~。妹に抱き着かれて興奮しちゃったのかな? も~兄貴はやっぱりムッツリスケベだね~」
「一〇秒……」
「あ……」
僕は一〇秒経ったことを小声でつぶやき、未だに抱き着いている未来の横腹を両手で擽る。
未来は擽りにめっぽう弱いので、ゲラゲラと笑いながら半泣きになって許しを請う。だが、僕を煽ってきたんだ。擽られても文句は言えない。未来と僕は楽しいお風呂の時間を終え、共に脱衣所に出る。体をバスタオルで拭き、下着とパジャマを着る。
「たく……。未来と一緒にお風呂に入ると体を癒すどころか逆に疲れるんだ……」
「でもでも、兄貴は可愛い妹と一緒にお風呂に入れるんだよ。すっごくラッキーなんだよ」
「だとしても、お風呂は疲れを癒すところでしょ。未来はあんなにゲラゲラ笑っていたのに疲れていないの?」
「全然疲れてないよ。逆に兄貴と一杯喋れて疲れが拭き飛んじゃった。お風呂にまた一緒に入ろうね~」
「はいはい……わかったよ」
僕は未来の髪についている水分をバスタオルでグシャグシャと拭き取り、そのままドライアーを使って乾かしていく。髪が結構長いので、一五分ほど時間をかけて乾かした。乾いた後はトリートメントを両手に出して髪に馴染ませたあと、櫛を使って解いていく。未来の髪は艶々になり、照明の光を反射して、つむじ付近に天使の輪が出来ている。
「はい、終了」
「まだ、顔の化粧水と乳液が終わってないよ~」
「それくらい自分でしなさい。僕はお腹が空いたから、先に居間に行ってるよ」
「は~い」
未来は間の抜けた返事をしながら化粧水を左手にパシャパシャと出し、顔に適当に着ける。実際、妹は面倒だと思いながら肌のケアをしているようだ。
母さんに厳しく言われているらしい。男はいいけど、女は肌のケアをしなきゃダメと口癖のように言うのだ。
顔の保湿以外にも日焼け止めやリップクリーム、ハンドクリーム、爪の手入れなど、結構厳しい。
未来は男っぽい性格なのでどれもこれも面倒臭いと言って母さんに怒られている。まぁ、母さんなりの愛情表現なのだと思うが妹はまだうまく感じ取れていないようだ。
僕は居間に戻り、椅子に座る。テーブルには肉ジャガとご飯、味噌汁に野菜サラダ、魚の煮つけが人数分並び、これぞ日本の夕食と言ってもいいくらい健康志向の高い料理だった。
母さんの職業が管理栄養士なので仕方がない。僕と未来の身長が高いのも、栄養学から導きだされた食事による恩恵もあるのかも……。まぁ、僕と未来はよく寝ていたというので睡眠のおかげかもしれないが……、十中八九、遺伝子だろう。
僕は両手を合わせて夕食をいただく。五分後に未来も居間にやって来た。
未来は僕の隣に座り、両手を合わせて食事を進める。
未来が来ると居間は会話で溢れかえった。妹が喋り上手なのか、テンションが高いのかわからないが、とにかく未来には場の雰囲気を変えられるだけの力を持っている。
僕にはないコミュニケーション能力でとても羨ましい。学校でもあっという間に空気を自分の物にしてしまうんだろうなとかってに想像している。
僕は夕食を終え、食器をキッチンに持っていき、ささっと水洗いしたあとに食洗器に入れておく。特に見たいテレビ番組もないので部屋に戻り、スマホでユーチューブに公開されている音楽を聴き、意欲を高めてから勉強机に向かい、集中して勉強の復習を始める。
夜の勉強を始めた時間は午後九時。今日勉強した内容を復習して終わるので一時間で十分だ。設定しておいたスマホの陽気なアラームが鳴り、一時間を知らせてくれたと同時に、柚希さんからライン電話がかかってくる。
「はい。疋田ですけど。柚希さんですか?」
「あ、疋田君、こんばんわ。今、時間いいですか?」
「勉強が丁度終わったところなので大丈夫ですよ」
「よかったです。えっと……、また話に付き合ってもらってもいいですか?」
「はい。僕でよければ話相手になりますよ」
柚希さんは今日の出来事をつらつらと話していく。
朝の八時に起きて久しぶりにすっきり目覚められたとか、昼までユーチューブを見て過ごしたとか、午後から宿題をやっていないことに気が付いて急いで終わらせたとか、他愛のない話しばかりだったが、僕は普通に楽しかった。なんて言うのだろうか。気を使わなくても話が出来る。電話の相手が野村さんだったら緊張して上手く合いの手を入れられないかもしれない。
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