ランニングコースを走る人
「はぁ……。明日から学校なのに僕はどれだけ走っているんだ」
午後七時を過ぎたころ、日が落ちて街灯の明りに自然公園は照らされている。
この頃になると、人気は減り、疲れ切ったサラリーマンの男性が帰宅の通路としてフラフラと歩いている。
心臓が落ち着いた僕は立ち上がって家に帰ろうとした。その時、未だに走っている人がいることに気が付いた。
「はぁ、はぁ、はぁ……。はぁ、はぁ、はぁ……」
「え? 赤尾君……」
僕が見る限り、同じクラスメイトの赤尾君が黒色のジャージを着たで走っていた。
街灯の光が眼鏡のレンズに反射し、眼が白く見える。
今週の金曜日、赤尾君は前髪が邪魔そうだったのにスポーツ刈りのスッキリとした髪型になっていた。走る速度は遅いが、姿勢は綺麗だった。靴だって新品のランニングシューズを履いている。
(どうしよう。声をかけようか。でも頑張って走ってるし、邪魔しない方がいいかな)
僕が話しかけるかかけないかで迷っていると……。
「うわっ!」
赤尾君がランニングコースでこけた。
僕は話しかけるかどうかなど考える暇もなく、駆け寄っており、手を差し出す。
「大丈夫、赤尾君」
「え? ひ、疋田君……」
赤尾君は両手を地面につけて四つん這いになったあと、僕の手を取って立ち上がった。
「あ、ありがとう。疋田君」
赤尾君は僕に頭を下げてきた。
「髪、切ったんだね。よく似合ってるよ」
「ありがとう。髪をここまで短くするのは初めてだから頭皮が結構スウスウするよ」
「えっと……、赤尾君はよく走ってるの?」
「いや……。最近走り始めたんだよ。僕、陸上部に入ったんだ」
「え? り、陸上部。赤尾君が? あ、ごめん。赤尾君は文系かと思ってたから、つい」
僕は結構失礼な発言をしているとおもい、謝る。
「はは……。そうだよね。僕も文系だと思う。でも、持久走を走り切った時、すごく気持ちよかったんだ。陸上部の大会では勝てないかもしれないけど、頑張ってみたいって思えたから、陸上部に入った。もちろん、今は他の部員にボロカス言われているけどね」
赤尾君は苦笑いしながら頭を掻く。
「じゃあ、今は自主練をしていたの?」
「そうだよ。毎日、自然公園のコースを一周するって目標を立てたんだ」
「ここのコースの長さ、確か三キロメートルくらいあるよね。あと高低差も結構あるし、初心者には結構きついんじゃ……」
「うん。僕にはまだまだ苦しいコースだけど、走り切ったあと、凄く良い気分になるんだ。本を一巻読破したあとに似た感覚で、凄く好きなんだよ……」
「へぇ……。なんかすごいね。嫌いだったマラソンを好きになれたなんて」
「僕も驚いてるよ。嫌いだったものが好きになるなんて思わなかった」
「赤尾君は何で走るのが好きになったの? 持久走を走り切っただけじゃ簡単に気持ちは変わらないと思うんだけど……」
「ん~。何だろう……。僕の場合は周りを気にし過ぎていたから、走れなかったと理解したんだ。誰も気にせず走ってゴールした時、苦しさは一切感じなかった。自主的に走るなんて行動もとった覚えがなかったから、走ると言う行動の見方そのものが変わったんだよ。敵が味方になるって言うのかな。僕は小説の中でこのシチュエーションが一番好きなんだ……。ドキドキワクワクする感じ。敵が強敵であればあるほど、味方になった時、心強いでしょ。今、僕は最強の敵を味方につけている。だから、凄く楽しいんだよ」
「敵が味方に……。そんなうまい話があるのかな」
「現実と小説は違うから、いつ最高のシチュエーションがやって来るかわからない。小説だと大体先の展開が読めちゃうけど、現実は全く読めない。でも、それがすごく楽しい。長距離走は僕に現実は楽しいと気づかせてくれたんだよ。だから、手を貸してくれた疋田君にも凄く感謝してる。ありがとう」
赤尾君は深々と頭を下げて来た。
「はは……。僕は感謝されるような柄じゃないよ。赤尾君の心が強かっただけさ」
「疋田君が何て言おうと僕は疋田君に感謝している。受け取り方は人それぞれだけど、感謝しているということは知っておいてほしい」
「わ、わかった」
「じゃあ、僕はそろそろ帰るよ。妹たちが心配するからさ」
「え、赤尾君にも妹がいるの?」
「え……。と言うと、疋田君にも妹がいるの?」
「うん。中学一年生の妹が一人」
「僕のところは中学三年生と一年生の妹が二人」
「そうだったんだ……。あ、あの。聞いてもいいかな?」
「何を?」
「えっと、その……。妹が生理の時は赤尾君ってどうしてる……?」
「…………」
「ご、ごめん。妹の症状が結構重くて、僕、あんまり知り合いがいないからその……」
「ん~。僕は妹たちに嫌われてるから、そう言った弱い部分を全然見せてくれないんだよ。逆に疋田君の妹さんは疋田君に相当なついているんだね」
「妹が自分からブラコンと言うくらいには仲がいいかと……」
「はは……。そうなんだ。僕の妹たちも昔はよく慕ってくれていたんだけど、最近はてんで駄目。罵詈雑言は当たり前。下着は一緒に洗うな、の大声。運動しろと叫ぶ悪魔達だよ。でも勉強が苦手だから、テスト期間だけは泣き着かれるんだ。調子がいいよね」
「はは、そうなんだ」
「妹は二人いるからさ。僕がいなくても話し合って二人で解決できるんだよ。僕はただ見守るだけって感じ。あんまり干渉するとすぐに怒るからね」
「へぇ。なんか赤尾君が一気にカッコよく見えてきた。妹離れしている立派な兄なんだね」
「立派な兄なんて言われると照れるな。まぁ、兄妹は難しいよね。滅茶苦茶仲が悪いか、無視か、もの凄く仲が良いの三種類くらいだと思う。嫌われていると言うことは存在を一応意識されていると言うことだから、まだ良い方だと思うけど無視はちょっと悲しいよね」
「確かに、妹に無視されたら物凄く悲しい……。でも、そう言う家庭もあるわけだから、兄妹の仲が良いのは珍しいのかな」
「どれくらい仲が良いの?」
「お風呂にたまに一緒に入るくらい……かな」
「まぁ、中学一年生ならまだあるかもしれないけど、あと三年でそう言うことが無くならないと相当やばいかも……」
「そうだよね。僕の方は毎回断ってるんだけど、妹が無理やり入ってくるんだよ。一人でお風呂に入るのが怖いって言ってさ。髪を洗っている時に後ろから刃物で襲われそうだって泣くんだ」
「想像力が豊かだね……。でも、ちょっと羨ましい。僕も妹たちと昔みたいに仲良く出来たらいいなって思うけど、一回疎遠になると中々喋りかけ辛くてさ。一緒に遊んだりできないんだよね」
「じゃあ、一緒に走ればいいんじゃないかな? 僕も妹とよく一緒に走るんだ。赤尾君の妹も運動しろって赤尾君に言ってたんでしょ。なら、一緒に走れば少しくらいは仲が元に戻るかもよ」
「そうか……。確かにそうだね。ありがとう、疋田君。一回誘ってみるよ」
赤尾君は走りながら帰って行った。
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