不眠症
「うん……」
「じゃあ、もっていくね。体を拭くときに背中が拭きづらかったら僕か母さんに言って」
「わかった……。何度もありがとうね……、兄貴」
「気にしないで。未来は僕にいつも元気をくれてるんだから、これくらいの世話はさせてよ。感謝してもしきれないくらい、未来には元気づけられているんだからさ」
「もう……。兄貴、私のこと好きすぎでしょ……。シスコンって言われちゃうよ……」
「別にいいよ。だって僕はどう考えてもシスコンなんだから。はっきり言うと僕の方が妹離れできるか不安だよ。未来から元気を貰えなくなったら僕がどうなっちゃうのかって不安になる……」
「兄貴は私がいないと、てんで駄目な男だからね~。兄貴が一人前になるまでしっかりと面倒を見てあげるよ~」
「はは……、僕はそんなに情けない男に見えるのか……。こうなったらちょっとばかし男っぽくなってみようかな。海で見せびらかせるくらいには筋肉をつけてモテモテに……」
「駄目……」
「え、駄目……? 僕が筋肉を付けたらいけないの?」
「あ、兄貴が筋肉を付けちゃったら男っぽく成り過ぎちゃう……。兄貴に自信が付いたらモテモテになって兄貴自身が困るから駄目……」
「そ、そうなの。僕としてはモテモテになるのも悪くないんだけど……」
「だ、駄目なものは駄目なの! 兄貴が今以上にカッコよくなっちゃったら私が困るの! 絶対に今以上カッコよくなったら駄目だからね!」
「別にカッコよくなる気はないから気にしなくてもいいよ。でも、なんで僕がカッコよくなったら未来が困るの?」
「そ、それは……、その……。えっと……。私の心臓が持たない……から」
「?」
(心臓が持たないって、どういう意味だ。苦しいって意味かな。未来は喘息をもっていなかったと思うけど……。恥ずかしすぎるとそう言う感じか?)
「もう! 兄貴! いつまで私の部屋にいる気なの! 見られたくない物だっていっぱいあるんだから早く出て行ってよ!」
「ご、ごめん。そうだね。もう、出ていくよ」
僕は未来の服を持って部屋を出た。少々長居してしまったせいで未来に怒鳴られてしまった。
部屋はプライバシーの塊だもんな。怒鳴るのも無理はないか。
未来はもう中学生だし、距離感を考えないとすぐに嫌われてしまうぞ。もう、小学生じゃないだ。いつまでも兄貴大好きなんて言われない。いつか本当に好きな人が出来て僕を煙たがり、好きな男とにゃんにゃんする時が来る。
未来は僕が言わずもがな可愛く、元気で、一緒にいて楽しい。そんな女の子がモテない訳がない。未来の好みがどんな男かはわからないが、中学の男子たちは未来の明るさに惹かれているに違いない。
僕は未来の服を洗濯籠に持っていき、妹の下着を見たいと言う訳ではないが生理中は汚れが付いている可能性があるので分けておく。出来る限り見ないように配慮し、少々生暖かい布を触っていたという記憶も消す。お湯は明日にでも回収すればいいかと思い、自分の部屋に戻って勉強を開始した。
特に趣味の無い僕にとっては勉強が趣味みたいなものである。まぁ、勉強をしていて損はないはずだ。奨学金を貰って大学に行くと言う目的があるわけでもなく、学年一位を取りたいと言う目標もない。ただ、小学校のころに毎日少しずつ勉強すると決めてから一日一分と言う短い勉強習慣を作った。そうしていたら、高校一年生になるころには机の椅子に難なく座り、勉強を始めてしまえる体質になっていたのだ。
勉強時間はだいたい一時間。時間のある時は三時間とか四時間とか行っている。部活をせず、ゲームや漫画、アニメなどのオタクでもなければ、テレビをずっと見ている訳でもない。しいて言うならランニングが日課で未来に先頭を任されるくらいだ。
未来は一人で走るのが嫌いで誰かの後ろについていきたいと言う変な癖を持っている。僕がいつもトバッチリを受けているが運動不足にはちょうどいい。
今日は土曜日だったので中間テストの勉強を先にしておこうと思い、授業の復習に取り掛かった。夜更かしはしないつもりだったのだが、いつの間にか午後一一時三〇分くらいになってしまい、寝なければならないなと思ってきたころ……。
スマホのバイブレーションが起った。ラインの通知ではなくライン電話がかかって来たらしい。こんな時間に誰が……と思ったら、柚希さんだった。
「もしもし、えっと柚希さん。こんな時間にどうしたんですか?」
「あ、疋田君。こんな時間に電話してすみません。えっと話し相手が欲しくて……」
「話し相手? どうしてですか?」
「私、ちょっとした不眠症で夜にあまり上手く寝付けなくてですね……、病院とかに行ってるんですけど、なかなか治らなくて……。夜に一人はちょっと寂しいと言うか、恐怖心があるともっと寝付けなくなっちゃうんです。なので三〇分だけで良いので話し相手になってもらえないかなと思いまして……」
「不眠症ですか。それは辛いですね。わかりました。三〇分くらいなら僕が話し相手になりますよ」
「本当ですか。ありがとうございます」
「えっと……、なんで僕に話し相手を頼んだんですか?」
「そ、それは……、連絡先を知っているのが野村さんと疋田君しかいないからですよ……。野村さんにこんな時間から電話するのは申し訳ないと思いまして、疋田君ならいいかって」
「はは……。そうでしたね。柚希さんには連絡できる相手がいないんでしたね。じゃあ、友達の少ない柚希さんの話相手に僕がなりますよ。明日は日曜日ですし、特に予定もないので好きなだけ話してください」
「あ、ありがとうございます……。優しいんですね……疋田君って」
「優しいですかね? ただ、柚希さんが困っているのなら力になりたいと思っているだけですよ。今日も柚希さんが僕の手を引いてくれたから僕は成長出来たんです。僕も柚希さんの力になれるよう頑張りますね」
「律儀ですね……。でも、凄く助かります。疋田君の声って聴いてるとなんか安心してくるんですよね。凄い安眠効果がありそうです」
「それはただ、僕の話が面白くないだけじゃないですかね?」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価をぜひお願いします。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすればできます。
毎日更新できるように頑張っていきます。
これからもどうぞよろしくお願いします。




