兄貴のせい
「あの……、疋田君。モデルのアルバイトはまた受けるんですか?」
「え。ど、どうでしょう。真理さんはお金が必要になるから稼いでおけと言っていましたから雰囲気に流されてまたやるかもしれません。でも、あまり乗り気にはなれませんね」
「難しい挑戦をして今の気持ちはどうですか?」
「そ、それは……。なんか、清々しいです。挑戦して成功と失敗を経験しました。ちょっとだけ成長出来たような気がします。柚希さんが引っ張ってくれたから経験出来たステージでした。感謝してます」
「そう……、よかったですね。あそこに立てるのは選ばれた人だけなんですよ。身長と顔、体型、何もかも持っていないと立てないんです。真理さんが言ったように疋田君には才能があります。頑張れば雑誌の表紙に乗れるかもしれません。別に強制するわけじゃないですけど、こういう世界もあると知ってもらえてよかったです」
「はは……。柚希さんって結構お節介なんですね」
「お節介……。別にそういうつもりはないですけど、才能を持っているのに使わないのはもったいないなと思っただけです。才能は使ってこそ価値が生まれるんですよ。ただ持って見せびらかしているだけじゃ猫に小判、豚に真珠と同じです。疋田君は自信をもっと持った方がいいと思います」
「僕に自信なんてこれっぽっちもないですからね……。僕の根暗な性格は簡単に変えられませんよ。モデルさん達はほぼ皆、キラキラしてましたし、僕とは正反対です。どう考えても、皆さんのようなキラキラした姿にはなれません」
「別にあんなにキラキラした人たちにならなくてもいいと思います。根暗なモデルがいてもいいじゃないですか。逆に眼を引くかもしれませんよ。今日も注目を集めていましたし」
柚希さんはプププと笑って僕をいじめてきた。
僕は拗ねて視線を外に向ける。またしても会話が途切れ、柚希さんの家の前についた。
「じゃあ、月曜日に学校でまた合いましょう」
「はい。また学校で」
僕は柚希さん宅の前でゆっくりと身をひるがえし、二つの家をまたいだ実家に帰る。
(柚希さんと僕の家、近……。徒歩一分じゃん)
僕が玄関を開けて中に入ると座りながらスマホを眺めている未来がいた。
「未来、ただいま」
「あ、兄貴。お帰りなさい……」
未来にいつもの元気がない。いったいどうしたのだろうか。友達と喧嘩でもしてしまったのかな。女の子の世界は厳しいと今日、何度も痛感した。男っぽい未来が苦労するのも無理はない。悩みくらい、聞いてあげようかな。
「今日はいつもみたいに元気がないね。何か悩み事でもあるの?」
「どうなんだろう……。悩みと言うか、残念と言うか……」
「意味がわからないんだけど、もっと詳しく教えてくれるかな?」
「えっと……。ラインでも送ったけど、兄貴そっくりのモデルさんがいたの。名前がわからないから色々調べたんだけど、見つからなくてさ。写真集を買い込んでいる友達とかに聞いても見た覚えがないって言うし、新人さんなんじゃないかって言ってて……」
「な、なんで未来が写真の人を探す必要があるんだ? 未来はファッションなんかに興味がないはずでしょ。あと、気にするにしても女性の服の方を気にするんじゃないの?」
「別に服はどうでもいいんだけど……。はぁ……」
僕は未来がため息をつくまで落ち込んでいる姿を見た覚えがない。バレーボールクラブの試合で負けても一瞬で切り替えて明るかった未来がここまで落ち込むなんて……。
「兄貴離れがせっかく出来ると思ったのに……」
「ん……。兄貴離れ? そんなことをする必要があるの?」
「普通は必要ないけど私には必要なの。兄がいる友達は皆、兄が嫌いなんだって。私がたまにお風呂も一緒に入るよって言ったら引かれちゃったし、ブラコンとか言われるし……」
「よそはよそ、うちはうちって感じでいいと思うけどな。周りに無理して合わせる必要なんてないんじゃないか。高校生とかになったら未来も僕のことを嫌いになってるって。うざいとか、臭いとか、言われる覚悟はできてるからさ、好きな時に反抗期になっていいよ」
僕は未来の頭を撫でて慰めた。
「うぅ……。どれもこれも兄貴のせいなんだからね。兄貴が優しすぎるのがいけないんだ」
未来は俯いて耳を赤くした後、ハムスターのように頬を膨らませる。
「僕には未来が何を言っているのかよくわからないよ……。簡潔に言うとどういう意味?」
「兄貴の馬鹿! キモイ! 頓珍漢! ムッツリスケベ! うぅ……」
未来は僕に罵詈雑言を吐き捨てて部屋に向かって走っていった。
「うぅ……。実際に言われると結構きついな……。世の中の兄はこんなきつい一撃を毎日食らっているのか……。僕、耐えられるかな」
僕は胸を押さえてその場に跪く。いつか来る未来の予行練習としては上出来だが毎日言われたらさすがに泣きそうだ。
僕は手を洗ってうがいをしたあと紙袋を隠しに部屋に向かう。
「この服、どこに隠そうかな。捨てるのはもったいないし、取っておいても着る気がしない。じゃあ、持っている意味ないんじゃ……。いやいや、僕の成長した証だ。捨てるなんて出来ない」
僕は紙袋を押し入れの奥の方に置いておく。
(服が虫に食われないように防虫剤を入れておいてっと。よし!)
僕は今日の出来事を日記にしたためる。こんな面白い出来事があったのに書かないのはもったいない。将来の僕が読み返したときこんなことあったな~程度に思い出してくれるように残しておく。もちろん誰にも見せる気はないので結構赤裸々に文章を書いた。
(今日みたいな日が高校生の間に何回あるかな……。沢山あっても困るけど、話のタネになるくらいなら起こってもいいかな……)
机の上に置いてあったスマホが少し移動するくらい震える。そのおかげでスマホの機能をマナーモードにしたままだったが、僕はすぐに気づけた。
僕はスマホを手に取り、待ち受け画面に表示されている細長い帯状の見出しを確認する。
『五月五日の子供の日に駅前で客引きをするから来い』と真理さんからのメッセージだった。
「へ? 五月五日……」
(えっと……。頻度早くね? 五月五日はゴールデンウィークなのに……)
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