動けるマネキン
「こ、これが、僕……。な、なんじゃこりゃ……。恥ずかしすぎる。け、消さないと」
僕は自分の容姿が一気に変わってしまったというよくわからない羞恥心に狩られ、すぐに写真を消そうとした。
「だ、駄目駄目! 消しちゃ駄目です! 私のスマホを早く返してください!」
僕は恥ずかしさのあまり、しゃがんでいたので柚希さんにスマホを簡単に奪われてしまった。
「ちょ、柚希さん。さっきの写真は絶対に消してくださいね。あんなの僕じゃないですよ」
「は、はい。もちろん消しますよ。こんな写真、消すに決まっているじゃないですか」
「それなら良いんですけど……。はぁ……、僕はなんでこんな姿に……」
僕が着替え終わってから五分後、野村さんも着替え終わったらしく、女性モデルさん達の方がワイワイキャーキャー言っていた。カーテンのような敷居で見えないようにされており、僕自身はホールの方にいたので柚希さんに写真を撮られてしまったわけだ。
女性の皆さんが着替え終わったらしく、カーテンのような敷居が折りたたまれ、七名程度の女性モデルが現れた。皆、背が高く、綺麗な恰好をしており、眼を引く。ただ、目を一番引かれたのは少々縮こまっている野村さんだった。彼女の服装は春物のワンピースで、春の妖精かと思うほど白い布地だ。
スカートの丈がひざ下まで伸びているため、さっきまでの厭らしさは感じないものの、胸の出っ張りと引き締まった腰、大きなお尻の体形がとても綺麗で完璧に着こなしていた。
首元にはネックレス、耳タブには穴を開けず、挟んで固定するイヤリングを着け、ナチュラルメイクを施された顔がより一層際立っている。長い髪も櫛とヘアアイロンで綺麗にまとめられており、男性陣が息をのむほどの美貌だった。
ダーク系お姉さんが手を『パンッ!』と叩くと男全員がハッとして動き始める。
僕がソワソワしていると、柚希さんが僕の手を取り、引っ張ってきた。
「疋田君の番号は七番です。今疋田君の着ている服が一番の目玉商品なんだそうです。周りの人にしっかりと見られるように背筋を伸ばして歩いてください」
「え、えぇ。ど、どういう意味ですか。僕はいったい何をさせられるんですか……」
「ちょっとしたファッションショーですよ。お店の新商品を宣伝するんです。今、お姉ちゃんは支店を回っている途中なんだそうです。ここにいるモデルさん達も同じですね。疋田君が着ている服を着る予定だったモデルさんが急遽これなくなったそうなので、代行をお願いしているそうですよ。ちゃんとアルバイト代が出るそうなので、しっかりと見せびらかしてきてください!」
「えぇ、えぇぇぇっ!」
僕は柚希さんに手を引かれ、モデルさん達のいる空間へと連れていかれる。大きな板で仕切られた場所で、板脇から外を少し覗くと大勢のお客さんの姿が見える。
階段を上がって小さなステージに立ち、ポーズを決めて反対側の板へ履けていくだけだと言われたが……、ド素人にやらせるなよ。
畳八枚分くらいの小さなステージだが、一人ずつ服を見せるそうだから十分広い……。
お客さんはもうキャーキャー言っていた。すでに牡丹さんが下着姿でステージに立っていたのだ。綺麗な長い脚と腕、顔が美人なのでとんでもなくエロイ。だが、牡丹さんの顔は真剣そのもの。まるでマネキンのように冷たい心でステージに立っている。動けるマネキン。それが僕の見た初めてのモデルの姿だった。
「今、お姉ちゃんは新作の下着を宣伝しているんです。お姉ちゃん、ああ見えて結構人気のモデルなんですよ。女性雑誌とか毎回乗るくらいです」
「す、すごい……。え、エロいのにエロくない……。何ですかあれ……」
「お姉ちゃんいわく、心が無いから破廉恥に見えないそうです。マネキンが下着を着けていても何も感じないじゃないですか。あれと同じだそうです」
「た、確かに……。だからか……」
僕は無意識に大きな胸と綺麗なふっくらとしたお尻を見る。
「ふっつ!」
柚希さんの蹴りが僕の脛に当てられる。
「いたっつ! ちょ、柚希さん、何をするんですか!」
「おっぱいとお尻ばっかり見すぎです! 男子の視線なんて女子はすぐにわかるんですからね! ムッツリスケベの疋田君!」
「ぐ、ぐうぅ……」
僕は柚希さんに全てを見透かされ、ぐうの声しか出せなかった。
「ちょっと、二人共、静かにしようか……」
ダーク系お姉さんに僕は背中を摘ままれ、柚希さんは肩に手を置かれている。
「す、すみません……」×祐介、柚希。
「疋田君だっけ? 君は初めてだからできるだけ自分の心を押し殺して男性モデルの六人のどれかと同じポージングを取ればいい。恥ずかしがっては駄目だ。わかったかい?」
「こ、この状況で恥ずかしがるなと言うんですか……」
「そうだ。牡丹さんを見てみろ。氷のような表情だろ。そのおかげで下着が映えている。モデルはマネキンと同じだ。服を買わせるために動くマネキンになり切れ」
「僕に出来ますかね……。出来る気がしないんですけど……」
「マネキンに心なんて必要ない。だから、出来る気がするしないは関係ない。動いて立って出ていくだけだ」
「うぅ……。僕はマネキンじゃなくて人間なんですよ……」
「服を映えさせればいい。人間味が出てしまうのならどう生かすか考えろ。恥ずかしがらずに完璧な場面を作り出すんだ」
「そんな無茶な……」
「助言はした。あとは他の人を見てぶっつけ本番で挑め。写真を撮られたら少し長い間停止だ。すぐに履けるなよ。写真を取られなければすぐに退出すればいい。わかったな」
「うぅ……」
「返事は?」
ダーク系お姉さんの真っ黒な瞳が僕を押しつぶさんばかりの威圧感を放ってくる。
「は、はい!」
僕は威圧に負けて返事を思わずしてしまった。もう、逃げられない……。
「よろしい。じゃあ、私はもう一人の方にも同じことを言ってくる。男女交互に服をお披露目だ。実際のカップルを想定しているからな。疋田君の相手はあのナイスバディの美少女だ。彼女を本物の彼女だと思って本番に臨め。だが心は面に出すなよ。内心に止めておくだけだ」
「わ、わかりました……」
ダーク系お姉さんは野村さんの方に歩いて行った。
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