視線を集める避雷針
(なんだ、なんだ、なんだ。野村さんの恰好……。男を殺しにかかってるのか。え、周りの視線が嫌だったのでは……、あと眼鏡じゃない。長距離走で見た、美人な野村さんだ)
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「えっと疋田君、息が荒いけど大丈夫ですか?」
――落ち着け落ち着け。胸を絶対に見るな絶対に見るな。胸に視線を絶対に向けるな!
「は、はい……。大丈夫です。心臓が少し苦しいだけですから、すぐに治ります。でも、よかったです。僕、野村さんが事故にでも巻き込まれたんじゃないかって思っていたので、無事な野村さんの姿が見れて本当に安心しました」
「ご……ごめんなさい、遅れてしまって本当にごめんなさい」
野村さんは頭を何度も下げる。長い髪が前に垂れさがり、綺麗な髪型が乱れていた。
「だ、大丈夫ですよ。僕は気にしてませんから。えっと触れていいのかわかりませんが……いつもと雰囲気が大分違いますね。その……大人っぽいと言うか、何と言うか」
――ヤバイ、目を全然合わせられない。柚希さんに『会話するときは目を見ろ』と言われてたのに日常で会話する女性が母親と妹、最近は柚希さんとちょっとだけ喋るくらいしかいない僕にとっては美人過ぎる野村さん相手だとハードルが高すぎる! 誰か助けて!
「えっと、今日は何とかして男性の視線を克服しようと思って、この服を無理して着たんですけど……、私にはまだハードルが高かったみたいです。待ち合わせ場所に着くまでは人通りの少ない道を通って何とか来れたんですけど、お店の前に来たら人の視線が一気に増えて……」
野村さんの顔はトマトかというくらい熱っていた。どうやら相当恥ずかしいらしい。なんせ、僕ですら恥ずかしいんだから野村さん本人は滅茶苦茶恥ずかしいに決まっている。
――そりゃあ誰だって見るよ。野村さんの顔はすごく綺麗だし、スタイルも抜群だし、大人っぽ過ぎる服装だし……。僕だって見えてない所からだったら絶対にガン見してる。何だったら盗撮しちゃうかもしれない。モデルだと言われてもおかしくない。いや、逆にモデルをしていないんですか? って言いたいくらいだ。こ、ここは出来る男にならなければ。野村さんが少しでも恥をかかないように、僕がエスコートするんだ。
「今日の目的は周りの人の視線を克服することでいいんですか?」
「はい……、そのつもり出来ました。あと、普通に買い物もしたいです……」
野村さんは少しだけ背筋を張り、顔を上げる。化粧をしているのか白い肌にチークが乗っており、可愛らしさが強調されていた。まつ毛も長く眼が大きく見える。唇は少々ピンク色の入ったリップクリームでも塗っているのだろうか、潤い過ぎて……エロすぎる。
僕は心臓の高鳴りを鎮めるために亡くなったお婆ちゃんの優しい顔を無理やり思い出す。
――平常心、平常心。僕なら大丈夫。きっと大丈夫。
「野村さん、今、大分無理してますよね?」
「はい……。でも、これくらいしないと、弱い自分に打ち勝てないと思って」
「無理しないでいいと思いますけど……。いきなりそんな恰好をしなくても、少しずつ慣れていけばいいんじゃないですか?」
「いえ、今日はこのままでいきます。人の視線を克服してしまえば、大会にまだ間に合いますから」
「大会? 陸上部の大会のことですか?」
「はい、そうです。私は一年生ですけど、競技のタイムが良ければ春の大会に出してもらえるはずです。私はまた全力で走りたい。ただそれだけなんです!」
野村さんの視線は僕の瞳を真っすぐ見ている。真剣なまなざしを向けている彼女の瞳を僕も無理なく見れていた。彼女の瞳に一寸の曇りもない。恥ずかしさから、涙で潤っているため、太陽の光を反射させてキラキラと輝いて見えるほどだ。
(野村さんが頑張ろうとしているいるのに僕が応援してあげなくてどうする。出会ってまだ二週間足らずだけど、境遇は同じだ。少しでも支えになれるのなら、力を貸そう)
「わかりました。野村さんのコンプレックスを克服しましょう。僕も手伝います!」
「あ、ありがとうございます! 疋田君」
野村さんは笑顔になって僕に頭を下げてきた。
「えっと、僕は具体的に何をしたらいいんでしょうか?」
「私と一緒に並んで歩いてもらえれば……いいと思います。こんなことを言うと疋田君に失礼かもしれませんが、疋田君の伸長が凄く大きいので私よりも疋田君の方に視線が少しでも向かうんのではないかと……思いまして」
「つまり、僕は周りからの視線を集めるための避雷針……というわけですね」
「は、はい。ごめんなさい。こんなことで時間を使わせてしまって……」
――そういう役目だったのか。確かに僕と一緒に並んだら野村さんの胸は目立ちにくいかもしれない。でも実際どうなるのか全く想像つかないな。まぁ男は胸の方を見る気がする。
「わかりました。とりあえず平和道のフードコーナーまで一緒に歩いてみましょう。もし無理だったらすぐ引き返せばいいだけですし」
「は、はい! お願いします!」
野村さんは大きな声で返事をして頭を深く下げた。
僕たちは公園の入り口に立つ。二五メートル先に平和道の自動ドアが見えた。
(あの自動ドアに入れば、すぐ隣がフードコーナーになっている。でも、入口付近に人が多いんだよな。野村さん、通れるだろうか)
「そ、それじゃあ行きます」
「は、はい」
僕はいつもより背筋を伸ばし、身長を測る時のように自分を出来るだけ大きく見せた。
内心はものすごく嫌だけど、野村さんへの厭らしい視線を思えばまだ耐えられる。
背筋を伸ばすと視点が一気に変わる。一五センチくらい変わっただけで、周りの見え方が全然違うのだ。背筋を伸ばしたときに見える景色は好きだが、見えすぎるのも嫌だ。
――うわ、久々に外で背筋をちゃんと伸ばしたな。これだけでも、景色が全然違う。
野村さんは背筋を普通に保ち、視線を向けられても姿勢を悪くしないようにしている。
僕達は一歩目を踏み出し、ゆっくりともう一歩、前に踏み出す。
(ただ歩くだけなのに凄く疲れる。体が疲れているわけではないけど、見られているだけで心がどんどんすり減っているような感覚だ……。役者の人はすごいな)
僕達が並んで歩いていると、案の定、周りの人達の眼を引いた。
「うわ! 身長でっか……」
「さすがにあの大きさの彼氏はないわ……。キスしにくそうだし」
僕は女性の視線を結構集めた。そのせいで顔が熱り、汗が止まらない。手汗なんて地面に滴りそうなくらいだ。
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