女子更衣室
「あ~、野村さんのおっぱいが見えなくなっちまったよ……」
「揺れるおっぱいがもっと見たかったのに、残念……」
先頭は変わらず、野村さんに話かけていた僕の知らない女子生徒が一番を取った。その後、一人ずつ続々とゴールしていく。最後の方に団子状になっていた女子達がゴールする。
野村さんは、団子状になっていた女子達に紛れていた。
今日の気温は二八度。春にしては暑い。それにも拘らず、野村さんはグラウンドから駆け足で出て地面に置いてあった長そでを取りに行き、即座に着る。
この暑さの中、長そでを着ているのは野村さんだけだ。目立っているのに彼女は何か安心したような顔をしている。
柚希さんは全力で走っていたのだが準備運動に全力を出し過ぎて後半組の中で最下位になっていた。ヘロヘロになりながら走る姿はどこか愛らしく、最後はバタリと倒れてゴールした。芋虫のように地面を這いつくばいながら移動し、ゾンビみたく苦しそうに立ち上がってペアの女子のもとへ向かって行く。
体育の時間が終わり、女子たちは更衣室に男子は教室に戻る。
「はぁはぁはぁ……。キッツ~、も~無理、一歩も動けない……」
柚希さんは相当疲れた様子だ。地面に座り、襟首の体操服を引っ張ったりして仰ぎ、汗を乾かして体温を下げていた。
「柚希さん、大丈夫ですか?」
僕は屈み、柚希さんに話しかける。
「もぅ、ダメです。体力がゼロになってしまいました。疋田君、私を更衣室まで連れて行ってください……」
「そんなこと……他の女子に頼んでくださいよ」
僕は立ち上がり、柚希さんのもとを離れようとした。
「この前の恥ずかしい行為、みんなに話してもいいんですか?」
僕の脚はピタリと止まり、振り返って騎士のように片膝を地面につけて柚希さんを立ち上がらせる。
「わかりました……。謹んでお受けいたします……」
柚希さんは保健室に一度よってから更衣室に戻ろうと提案してきた。
僕は柚希さんの申し出を了解し、背負って保健室に向う。周りの眼が気になったが、皆、長距離走で疲れ切っていたので、僕達を気にする者はいなかった。
僕達は保健室までやってきて保健室にいる先生から冷えピタを貰い、柚希さんは自分の額にペタリとつける。
「あ~気持ちいいです……。夏じゃないのにこの暑さは厳しいですね……」
(それは同感……)
僕は柚希さんをまたしても背負う、昔の未来を背負っているような感覚だ。だが、小学生の頃の妹より格段に軽い気がする。妹が重たかったわけではなく柚希さんが軽いのだ。
「へ~、これがいつも疋田君の見ている景色ですか。やっぱり高いですね」
柚希さんは恥じらいもなく背負われており、高みの見物状態だ。
「柚希さん……、もう自分で歩けますよね」
「硬いこと言わないでくださいよ。さっきの長距離走を適当に走ったバツです。ほらほら、更衣室にさっさと直行してください! 早くしないと休み時間がなくなってしまいます」
柚希さんは僕の頭をパシパイと叩き、急かしてきた。もう、どこの小学生だ。でも、僕は柚希さんに言い返すと必ず論破されそうだったので口を慎み、受け入れる。
「はいはい……。わかりましたよ」
僕は体育館内に設置されている女子更衣室の目の前まで柚希さんを運んだ。
「はい、更衣室につきましたよ。柚希さん、下りてください」
「え~、更衣室の扉を開けて中の長椅子まで運んでくださいよ~」
「それくらい自分でやってくださいよ……」
「この前の恥ずかしい行動を皆に言いふらしてもいいんですよ……」
「グ……、また脅迫じみたことを……」
「フフフ。さぁ、更衣室の中に入りたまえ。もう休み時間がほぼありません。こんな時間の更衣室に誰もいませんよ」
「はぁ……。僕はベビーシッターじゃないんですけどね……」
「べ、ベビーって……私のことですか!」
僕は柚希さんのお怒りを受ける前に更衣室の扉に手を掛ける。残りの休み時間はすでに一分を切っていたため、僕も更衣室の中には誰もいないと思っていた。
扉を横に『ガラガラガラ……』と動かし、更衣室の中を見た。すると……、僕の知る人が更衣室の中にいた。――下着姿の野村さんだ。
「⁉」
「え……野村さん……。デカ……。ん!」
更衣室の中を見てしまった僕は柚希さんに眼を手で覆われる。
「野村さん、何かを早く着てください!」
柚希さんの美声が僕の耳元で響く。
「は……はい!」
『キーンコーンカーンコーン……』と無骨なチャイムが鳴る。
(あ……次の授業が始まった。それにしても気まずい……)
僕は気まず過ぎて女子更衣室からいち早く逃げ出したかった。でも、何よりも先に野村さんに謝ることにした。
「大変申し訳ございませんでした! まさかこの時間まで更衣室の中にいるとは思わず、大変失礼なことをしてしまいました。謹んでお詫び申し上げます……」
僕は渾身の土下座を行う。こんな事件が他の女子生徒に知られたら、僕の高校生活は一瞬で崩壊する。平穏な学校生活が変態糞野郎のレッテルを貼られて終わってしまう。
「あ……あの、疋田君、顔を上げてください……。えっと私の方こそごめんなさい。他の女子がいなくなるまで着替えてなかったんです。だから別に疋田君は悪くありません。あと、外にいるのは声でわかってましたし……。早く着替えなかった私の自業自得です……」
野村さんは優しかった。どこかの誰かさんと違って。
「あ、ありがとうございます。でもどうしてこの時間まで残っていたんですか?」
「は~、呆れました。ほんと、疋田君は馬鹿ですね……」
柚希さんは大きなため息をつき、自然に僕をディスってきた。
「野村さんは疋田君と同じですよ。多分だけど……」
柚希さんは長椅子に座り、隣に座る野村さんの胸を見て言った。
「へ? どういう意味ですか……」
(野村さんが僕と同じ。訳が分からない。野村さんの身長は他の女子と比べて特段高い訳じゃないと思うけど……)
「疋田君なら気づいてたましたよね。野村さんの走りが何かぎこちないって」
「それはまぁ……、もっと走りやすいフォームがあるのに、とは思ってましたけど」
「はぁ……。どこに目を着けているのやら……」
柚希さんはまたしてもため息をつき、額に掌を当てて天を仰いていた。
「私……あの時、隠していたんです……」
「隠してた?」
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