野村さんの走りかた
「赤尾君、どうかな。さっきよりも走るのが楽になった?」
「うん、さっきよりも全然楽だよ。これなら最後まで走れるかも、ありがとう疋田君」
赤尾君は辛そうなのに、どこか嬉しそうな表情をして僕にお礼を言ってくれた。凄く嬉しかったが、少々照れ臭かったので「いいよいいよ」と言って僕は走りだす。
赤尾君にアドバイスをした後、僕はいつも通りの速度に戻した。先ほど一緒に走ろうと言ったのに約束を破っている訳だが、赤尾君が先に行ってほしいと言ったから仕方がない。
僕は赤尾君の状態を少し気にしながらも、ちゃんと走る彼を見て安心する。
その後、僕は別に疲れることもなく淡々と走り続け、いつの間にか一五○○メートルを走り切っていた。
「もう終わりか……。案外早く終わったな」
僕が走り終えた数分後に赤尾君が走り終えていた。周りの人は走ったあとの疲れで僕のことなど気にも留めていなかった。普段からこれくらいの態度にしてくれたら楽なのにと思わずにはいられない。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……やった、走り切れた……」
「赤尾君、お疲れさま」
僕は赤尾君のもとに向かい、話かけた。
「走り切れたのは疋田君のアドバイスのおかげだよ。アドバイスがなかったら、きっとまた走り切れてなかったと思う」
「僕はただアドバイスしただけだよ、あとは赤尾君の実力なんだ。誇ってもいいんだよ」
「はは……僕の実力か……」
☆☆☆☆
赤尾真は、今まで運動とは全くの無縁だった。小学生の頃から運動が苦手で、ずっと本を読んでいるような少年だった。外で誰かと遊んだ経験など覚えておらず、そもそもそんな経験がなかったかもしれない。
赤尾は昔から走ることがずっと嫌いだった。いつも最後にゴールする、または走り切れずに退場するのが普通だった。だが、今回はにゴールしたが、昔とは全く違う感情が芽生えていた。走り切れてうれしいという感情だ。
小学生、中学生の頃は走り切れて嬉しいなど思った覚えが一度もなかった。どうしてこんな辛いことをしなければいけないんだと、昔から心底思っていた。それでも、今回のマラソンはそうではなかったのだ。
走り終えた後の達成感、息苦しさ、が心地よい。
目の前に広がる青空が走る前よりいっそう綺麗に見える。眼鏡をはずしてみるがその美しさは変わらなかった。
「おーい、眼鏡を持っている男子! 次は女子が走るからグラウンドから出なさい!」
西村が大きな声を出し、赤尾に知らせる。
「す、すみません!」
赤尾はグラウンドから出る。その際、女子達とすれ違った時に柚希が一言声掛けた。
「赤尾君、凄く頑張ってましたね。カッコよかったよですよ。それに加えてあのデカブツは……淡々と走りやがって」
赤尾は初めて褒められた。初めて女子に褒められたのだ。勉強を教えて褒められた時は何度かあった。だが運動をしてほめられた覚えは今回が初めてだった。運動する場面がもともと少ないため、褒められる場面も比例して少なくなる。
「僕が女子に褒められた……。しかも、一番嫌いな長距離走で……」
この日、赤尾真の心は何かが変わった。
☆☆☆☆
「次は女子か……誰が一位になると思う?」
「そりゃ、野村さんだろ! 何たってジュニアオリンピックに出てたんだからさ」
周りの男子がやけに意気揚々と話していた。
(野村さん? 確か僕のクラスにも同じ苗字の人がいたな……。その野村さんだろうか)
僕は野村さんの顔を思い出す。
(え~と、眼鏡をかけていて黒い髪。長さは肩くらいのセミロング、朝の時間に本を読んでたような……、とてもマラソンが得意とは思えないけど)
「なぁ、あそこにいるの野村さんじゃね!」
少々派手な髪型の男子が指さす方向に髪を束ねてポニーテールにしている女子生徒の姿があった。眼鏡はしておらず、野村さんの印象とまるで違う。だが、背丈や綺麗な顔立ちは野村さんそっくりで他の人に言われなければ絶対に気づけなかった。
「うわ~スゲースタイル良いな、胸も大きくて俺好み!」
「うわ、男子……キモい」
「おい! 引くなよ、いいだろ別に。男はおっぱいが大好きなんだよ」
「はぁ~、まじないわ~。きしょいこえて死ね!」
イケイケの男子とギャルが会話し、周りの男子と女子を巻き込んで抗争になっている。僕は距離を置いて野村さんの方を見ていた。
(野村さんは自身の体よりも大きめの制服をいつも着ていて椅子からほとんど立ち上がっていなかったから、体型をまじまじと見た日はなかったな……)
野村さんは周りの男子が眺めるのもわかるほど綺麗な体型をしていた。
身長は一六五センチメートルくらいにも拘らず、小さな顔と長い脚によって身長が高く見える。加えて誰もが目を引いてしまう、豊満な胸と、くびれた腰によって大きさがさらに強調されているお尻。体操服の上からでも出っ張りの大きさが良くわかってしまう。
「…………」
「野村さん! 頑張ろうね!」
柚希さんが野村さんに声を掛けているようだ。何を話しているかはよく聞こえないが柚希さんが一方的に話しているように見える。
「野村さんは脚がすごく速いんですよね。何かコツとかないんですか? 私は走るのがあまり得意じゃないので教えてもらえませんか」
「……コツなんて、何もないですよ」
野村さんは柚希さんのもとを離れていった。
野村さんは別の位置に移動したが、そこでも誰かに話しかけられているようだ。
「ねえ、野村さん! 今日は負けないから。中学の時、大会であなたにいつも負けてきた。ただの体育だからって手は抜かない!」
「……そう」
「それじゃあ、女子の後半組、よーい始め!」
西村先生が手を上げる。すると、女子の後半組は一斉に走り始めた。
先頭を行くのは野村さんに話しかけていた女子生徒だ。名前はわからないが、綺麗な走り方を見る限り、きっと素人ではないだろう。
その後ろを行くのが野村さんだ。冷静に相手を観察しているように見える。ただ、何かぎこちなさを感じる走り方だった。
「うわ~、スゲー野村さん、走ってるだけなのにエロすぎだろ!」
「ほんとほんと、マジやばいわ!」
「胸、揺れすぎじゃね! どんだけデカいんだよ!」
(そんなところを見てるんじゃねえよ)と言ってやりたかったが、僕自身も視線がふと行ってしまう。
僕は自分の顔を殴り、野村さんの走りに注目する。
「やっぱりそうだ。背中が丸い。脚の歩幅が定まってないから、体もブレている。あれじゃきっと前の人に追いつけない」
僕が思った通り、前の人との距離はどんどん広がって行く。
「野村さん……」
野村さんは思いっきり走るわけでもなく、速度を上げず、逆にどんどん下げていった。そのまま中団の中に紛れ込み、綺麗な体は見えなくなる。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価をぜひお願いします。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすればできます。
毎日更新できるように頑張っていきます。
これからもどうぞよろしくお願いします。




